
是非読みたいですね!近未来ディストピア小説」だと紹介されています!カフカの小説のように、時代の空気を読み、予見する力が小説にあるのでしょうか?
多和田葉子さん新刊「献灯使」 震災後、鎖国の苦悩と希望…現代社会への重い問いかけ
「パスポートの審査を通るときに、世界的な緊張を感じる。その瞬間に小説の題材を考えたりしますね」と話す多和田葉子さん (宮崎瑞穂撮影)
作家の多和田葉子さん(54)が作品集『献灯使(けんとうし)』(講談社)を出した。震災後の近未来を想起させるディストピア(反理想郷)を、強度のある言葉で紡いだ5編を収める。明るいユーモアをちりばめた寓話的世界に、現代社会への重い問いかけが潜む。(海老沢類)
◆静かでつらい社会
「珍しいですよね、近未来なんて」。災厄の後をモチーフにした作品集に、当の多和田さんも意外そうな顔をみせる。「でもとくに3年前の3月以降『これまでの何かが間違っていた』という危機感を抱いた人は多い。『このまま行けば世界はどうなる?』と想像せずにいられなかった」
表題作の舞台は、大災厄に見舞われた後で鎖国を敷いた日本。政府や警察は民営化され、外来語も車もインターネットもない。そんな荒涼とした世界で、100歳を過ぎた作家・義郎は身体が弱く美しいひ孫の無名(むめい)の世話をしている。老人たちはみな元気で、短命となり満足に立って歩けない子供たちを常に気にかける-といういびつな未来。作家の問題意識を先鋭化させた超現実的な設定に、不思議と真実味がある。
「医学は人を長生きさせる方向に発達していて老後の苦しみは現実になっているし、自然が減り外で遊ばなくなれば子供の体力も低下していく」。「鎖国」といっても壁は物理的なものに限らない。「震災後に流れる情報も日本とドイツのものでは全然違った。グローバル社会でも言語による壁は厳然としてある。もしそれらの情報を操作する人がいたら鎖国状態になってしまう。それに日本ではいろんな問題について『言ってはいけない』と自主的に“内面統制”する傾向がある。今は繊細さというトゲが個人の内面をチクチクと刺し続ける、静かでつらい社会だと感じますね」
過ちを犯した旧世代から次世代への贖罪(しょくざい)というテーマも底を流れるが、既成の価値観から解き放たれ、自分の肉体的な実感を頼りに世界をとらえる少年、無名には老人にはないしなやかな強さが宿る。そんな無名が、「献灯使」として海外へ旅立とうとする姿が印象的だ。「情報も人も互いの行き来が大切。昔の『遣唐使(けんとうし)』と同じように、鎖国はしているけれど大陸とのつながりを希望として灯し続ける…そんなイメージから途中でタイトルが浮かんできた」
◆福島に身を寄せて
生活の拠点を置くドイツで震災の報に接し、収録された短編「不死の島」(平成24年)では原発事故の余波で周囲と隔てられていく日本を果敢に描いた。昨夏には福島の仮設住宅を訪問。避難生活を送る人たちに「身を寄せる感じ」で、その短編に連なる表題作を紡いだ。全収録作を貫くユーモアもそんな経験と無縁ではない。
表題作ではインターネットがなくなった祝日は「御婦裸淫(オフライン)の日」とされ、「韋駄天どこまでも」ではともに被災した〈東田一子〉〈束田十子〉が名前を絡めるように体を重ね合い快楽を味わう。響きや形といった言葉の物質性を押しだすコミカルな調子がシリアスな世界を軽やかに包む。
「大変なことと取り組むときこそ笑いが重要ですよね。福島でお会いした人も結構笑っていて、悲しみを乗り越え、自分がつくった物語の世界に入っていたりした。そのイマジネーション力としたたかさに、私も負けてはいられない」
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【プロフィル】多和田葉子
たわだ・ようこ 昭和35年、東京生まれ。早稲田大第一文学部卒。ハンブルク大大学院修士課程修了。57年からドイツに移り住み、日本語とドイツ語両言語で創作を続ける。平成5年に「犬婿入り」で芥川賞、15年に『容疑者の夜行列車』で谷崎潤一郎賞、23年に『雪の練習生』で野間文芸賞。25年には『雲をつかむ話』で読売文学賞を受賞。