志情(しなさき)の海へ

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エコ・フェミニズムは上野千鶴子に敗退したというが、真実のありかはどうなっているの?

2013-12-05 11:05:41 | ジェンダー&フェミニズム
 
想像力は取り締まれない!ーーと上野千鶴子は書く。同感!
                          (薄いピンクの光が見える朝)中古本として取り寄せた「女ぎらい」ーニッポンのミソジニーはとても読み応えがあった。ホモソーシャル...
 

母親であること、の論理化がなされているはずで、意識的にむきあってはこなかった。世界の半分を占める女性たち、子供を産み育てた、産み育てている多くの女性たちの論理化は今後もっと深められていくのだろう。女=男の独身の女性たちの論理化が目立つ。世界のperforming理論の中心の女性たちが実はレズである、という在り様も、論理化の過程で、ヘテロセクシュアリティが、それでは疎外要因になるのか、と、そこで立ち止まってしまう。

アドリエンヌ・リッチ女性論『女から生まれる』は以前読んだが、「暴力、闇をかかえる母性」「おわり」を、また読み直してみた。著者は3人の男児の母親であってやがて離婚している。

引用

「女はこれまであまりに長く、何世紀にもわたって。地球や太陽系のように純粋に自然そのものとして見られ、搾取され、レイプされてきた。もうそろそろ文化に、精神に、心になりたいと思ってもふしぎではない。しかし、女を文化やその政治的制度から切り離していたのは、まさに文化そのものだった。そうすることによって、文化はみずから生命を失い、量だけで計られる死んだ文化に、抽象に、今世紀でもっとも洗練された破壊性をもつ権力志向になった。女たちはそういう抽象的な文化や政治を変えたい、人間の言葉で説明できるものにしたいと叫んでいる。」

「女が自分のからだを取りもどせば、それは労働者たちが生産手段を手中にいれるよりはるかに本質的な変化を人間社会にもたらすだろう。女のからだは領地であり、機械だった。開拓を待つ広漠たる処女地であり、生命を生み出す流れ作業の列だった。私たちはひとりひとりの女が自分自身のからだをつかさどる天才となるような世界を思い描かなくてはならない。そのような世界で女たちは真に新しい生命を創造し、子供だけではなく、ヴィジョンをも生み、人間の存在を支え、慰め、変えるために必要な考え方をもたらすだろう。宇宙には新しい関係がうまれ、性感覚、政治、知性、権力、母性、仕事、コミュニティー、親密さなどが新しい意味をもつようになる。考えること自体が変わる。私たちはここからはじめなければならない」

父権制家族制度を軸に国家システムが築き上げられている社会が多である。制度化された母性は家父長制に取込まれている。そのなかで女性たちの自立がどうなされていくか、個々のシステム内部の伝統と現在、規範・倫理が問われるのだろう。個としての母性、女の自立のありようが問われるのだろう。妊娠、出産、育児は女性の人生スパンの中で一時期である。自立していく子供の成長があり、個としての人生が問われていく。パートナーシップもまた親であり個であり、パートナー(対)としての関係性の在り様が問われていく。婚姻制度はもっとゆるやかにオープンになっていくのだろう。離婚が増加する勢いがあり、その中で制度としての婚姻制度の負の部分を埋め合わせる条項が登場してきた。婚外婚で出生した子供もまた嫡出子と同様な恩恵を受けられるようになった。フランスのように婚姻届を出していないカップルから出生した子供もまた同様な福利を授与できるようになると、強いて婚姻届をだす必要のない男女の共生(住)がどんどん可能になっていく。そこには離婚はありえない。個と個が結びついているからだ。同棲カップルから生まれる子供もまた差別化されることはなく、一個の自立する子(個)として社会制度の恩恵を受けられることは未来志向になりえるだろうか?←まだ日本では実施されていない。フランスなどでは受け入れられている制度で出生率があがったという。


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