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志情(しなさき)の海へ

かなたとこなた、どこにいてもつながりあう21世紀!世界は劇場、この島も心も劇場!貴方も私も劇場の主人公!

蓙の上で演じられた組踊や琉球舞踊はどんな風情だったのだろう?再現を!

2014-10-18 02:46:53 | 身体・身体論・身体性

すり足は不可能で、多良間の組踊の足の運びがどうも王府時代の組踊の足使いだと想定できる。1838年の戌の御冠船でそうだから、寅の御冠船でも同じパターンの踏襲だとすると、モデルがいないからどうなの?と疑問を発した板谷徹先生の疑念もわかりますね。

近代以降に「花風」の思い入れに先導されて古典女踊りもまた一人踊りの思い入れに変化していったことが確かなのだろう。(板谷論〉現在の古典女踊りなど、まったくオリジナルからかけ離れてしまった形でこれが古典化なんですね。近代の芝居役者による(大衆の目線に晒されて)変容していった琉球の踊りをもっとたどる必要があるのだろう。

現在の琉球舞踊なり組踊への疑問、どこまで原初の形態をたどるのだろうか?継承の鍵?

国立劇場おきなわの張り出し舞台に蓙を敷いてその上で組踊や古典踊りを踊ってみせてほしい。すり足が不可能な身体表現がどんなものか見てみたい。多良間や他の村踊りに類似するだろうか?

 


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