名塩御坊 教行寺

西宮市北部にある蓮如上人創建の寺 名塩御坊教行寺のブログ
〒669-1147 兵庫県西宮市名塩1丁目20番16号

月命日に書庫を整理(追記有り6/25)

2023年06月24日 19時47分00秒 | 名塩・周辺地域関連

住職の娘です。

祖父の書庫を整理しています。
既に祖父が亡くなって10年以上経ちますが、未だに大量の本や資料(医学・歴史関連率99パーセント)を前にして、途方に暮れています。

そんな中、今日は祖父の月命日ということで、住職と一緒に少し整理しました。
個人的に探している資料があったのですが…以下のような御文章が発掘されたりして、どんどん時間はとけていきました。

御文章(ごぶんしょう)とは、蓮如上人が全国のご門徒に宛てて、真宗の教えについて平易な文章で書かれた「お手紙」を、のちになって各地から集め編纂されたものです。
ご門主の代替わりなどを機に開版、活版印刷によって大量生産されて、ご本山から全国の寺院やご門徒に下付されました。
ちなみに、浄土真宗本願寺派(西)では「御文章(ごぶんしょう)」と呼び、真宗大谷派では「御文(おふみ)」と呼ばれます。


この御文章は、広如(こうにょ)上人の時代、文政十年(1827)のもののようです。
昨年ご往生された名塩和紙の人間国宝・谷野武信氏が、この御文章を名塩雁皮紙に印刷されたものであると認定したことが、祖父の字で記されています。

ただ、この名塩雁皮紙鑑別の着目点に関しては、素人目にはまったく理解できません。

住職補足
 紙漉きには漉簾(すきす)が使われます。この漉簾は、軒先に吊すすだれ同様、細い竹を糸で繋いで作られています。そして、漉簾の竹と糸の形が漉かれた紙に残ります。この竹の太さや糸と糸の幅は、各地の和紙でそれぞれ伝統的に決まっているので、和紙に詳しい人なら、産地を判別できるのです。

いずれ、この御文章をもって、紙漉き技術を継承しておられるご子息のもとを訪ねようかと考えています。

余談
このカバーは祖父の手作りです。
勝手な私の想像ですが、谷野氏から紙を頂戴した祖父は、この記載内容の証として、谷野氏の和紙をそのままブックカバーにしたのだろうと思います。
人間国宝のブックカバー…なんとも有り難いものです。

すでにご往生された先達に思いを致しつつ、いろいろ確認作業をしています。
祖父が調べていたさまざまな痕跡をたどり、その足跡をたずねる月命日でした。

南無阿弥陀仏


谷野氏の製紙所はこちらです↓

祖父は教行寺の前住職で、法名は医明院釈沃観です。
ご親切にどなたかがWikipediaで祖父のことを書いてくれていますので、よければ参考にしてください。

遺作が以下の本です。


この本の発刊日は2012/3/1。
お世話になった方々に、献本とともに感謝の気持ちを込めて手紙を認め、電話をかけて今生別れの挨拶を続ける日々。
私たち夫婦の結婚式(神戸別院)は5/3。
緩和ケア病棟入院が5/21。
2012/5/24に往生しました。

合掌





『親鸞と高田本山』と専修寺に行ってきました

2023年06月15日 18時13分00秒 | 仏教・宗門関連

住職の娘です。

先日、三重県で一人旅をしてきました。
一番の目的は『親鸞と高田本山』という三重県総合博物館の企画展です。

これは、浄土真宗の開祖である親鸞聖人の生誕850年・立教開宗800年の企画展であり、真宗の宗派に関連するものです。

現在、親鸞聖人を開祖とする「浄土真宗」には10の宗派あり、まとめて「真宗十派」と呼んだりします。
その十派のひとつに「真宗高田(たかだ)派」があり、現在、高田派本山「専修寺(せんじゅじ)」が三重県津市にあります。

三重県津市
一身田(いっしんでん・いしんでん)








専修寺は、JR紀勢線津駅から一駅、駅からお寺まで徒歩5~10分ほどです。
「伊勢別街道」とよばれる「いせみち」沿いにあります。





↑伊勢木綿のお店です。

路地と古い建物が残っています。


※伊勢別街道についてネットで検索していると、地図付きで簡潔な記事がありましたのでリンクを張っておきます。
興味がある方はどうぞ↓

この専修寺の建築物と寺宝は素晴らしいです。
現在、如来堂(にょらいどう)と御影堂(みえいどう)は国宝となっています。
おそらく、西本願寺よりも彫刻は豪華です。



ご覧頂いたとおり、平日とはいえ、静かな場所です。

この静謐さが大変有り難く感じました。


この通天橋は、何かの撮影現場として使用されたそうですね。





※専修寺でいう「如来堂」は、本願寺などの「阿弥陀堂」に相当し、安置されているご本尊は阿弥陀如来立像です。

宗派に関することですが、真宗高田派は、開祖の親鸞聖人から直接教えを受けた関東の弟子たち、特に真仏(しんぶつ)上人、顕智(けんち)上人という2人の有力な直弟子によって教団を形成していきました。

そのため、今回の『親鸞聖人と高田本山』は、主に親鸞聖人とその直弟子である真仏上人、顕智上人という3人の関係の深さが感じられる書物が多く展示されていました。

また、親鸞聖人から現在に至るまで、どのように法灯が継承されてきたかという点に焦点をあてていたので、展示品もきらびやかな「宝物」というよりも、歴史的史料の「寺宝」というべきものが多かったです。

貴重な八百年前の直筆の書物を、一般人が拝見できる滅多にない貴重な機会でした。

個人的なことですが、古い巻物の『親鸞伝絵(しんらんでんね)』については、僧侶になるための勉強で習います。
ここは先生が説明してくれた場面だ!とか思いながら、楽しく拝見できました。
まさに学生気分です。



『親鸞と高田本山』6月18日(日)が最終日で、私は開催期間ぎりぎりの16日に行きました。

お察しの通りマニアックな企画展だったので、拝観者は僧侶らしき人が多かったです。
さぁ帰ろう!というところで、大阪本町にある浄土真宗本願寺派津村別院(北御堂)でお見かけする方が、私と入れ違いで入館されていくのを目撃…
この業界の狭さを実感しました。

専門性が高い史料はさておき、専修寺さんは宗派関係なく文化財としてぜひとも拝観したい寺院です。

ご縁がありましたら、真宗高田派本山・専修寺にお参りください。

合掌




仏さまのお部屋でスイーツやお茶などをいただけます。
私はコンニャクの味噌田楽、焼きおにぎりのお茶漬けを注文しました。
とても美味しかったです!
額に書かれた
「響流十方(こうるじっぽう)」













↓新しい宝物館で「燈炬殿(とうこでん)」といいます。


3D映像で御影堂の中を拝見することができました。
この部屋だけは撮影が許可され、職員さんからネットへの投稿が推奨されます!笑






Googleマップのように上から敷地全体を把握したり、高い位置にある装飾を間近で見ることができるのはとても有意義です。
新時代ですね。



余談
浄土真宗のなかでの宗派に関して

名塩の教行寺は「浄土真宗本願寺派」に属する寺院です。
浄土真宗本願寺派の本山は「本願寺」で、よく「西本願寺」とも言いますが通称です。

同様に、「真宗大谷派」があります。
こちらの本山の正式名称は「真宗本廟(しんしゅうほんびょう)」です。
一般的に、真宗大谷派の本山・真宗本廟の通称が(本願寺の西に位置するので)「東本願寺」になります。

ちなみに、真宗大谷派にも「教行寺」があります。
それは、東西に分裂する以前、祖を同じくする名塩の兄寺にあたる大きな寺院でした。


真宗十派の寺院数は以下の通りです。
1、浄土真宗本願寺派 約10,100
2、真宗大谷派 約7,000
3、真宗高田派 約620
となっています。
(↑ネット上の情報による概算であり、正確な数字ではありませんのでご了承下さい)

高田派の親鸞聖人に関する企画展に行き、浄土真宗本願寺派の僧侶と遭遇してしまう理由をご理解いただけると思います。
絶対数が多いので、仕方ないのです。

ちなみに、るるぶの表紙にも書いてありますが、真宗十派は以下の通りです。
  • 浄土真宗本願寺(ほんがんじ)派 
  • 真宗大谷(おおたに)派 
  • 真宗高田(たかだ)派 
  • 真宗佛光寺(ぶっこうじ)
  • 真宗興正(こうしょう)派 
  • 真宗木辺(きべ)派 
  • 真宗出雲路(いずもじ)派 
  • 真宗誠照寺(じょうしょうじ)
  • 真宗三門徒(さんもんと)
  • 真宗山元(やまもと)派 
それぞれに本山があります。
時の流れの中で訳あって分派していますが、別に喧嘩をしているわけでもなく、互いに優劣を競うものでもありません。
ともに開祖である親鸞聖人を仰ぎ、お念仏申させて頂くお同行です。

南無阿弥陀仏
 



個人的なオススメ書籍
るるぶ『親鸞ゆかりの地』