スージーQ
おお、スージーQ
おお、スージーQ
ベイビー、アイラブユー、
オレのスージーQ
お前の歩き方が好きだ
お前の話し方が好きだ
お前の歩き方が好きだ
お前の話し方が好きだ
スージーQ
オレだけだって言ってくれ
オレだけだって言ってくれ
オレをブルーにしないと言ってくれ
スージーQ
オレの彼女になってくれるんだろ
オレの彼女になってくれるんだろ
ベイビー、いつだってさ
スージーQ
黒人ブルース・レーベルのチェス・レコード所属だった白人ロッカーのデイル・ホーキンスが1957年にリリースした「スージーQ」は、一度聴いたら耳に残るイカすギター・リフが多くのバンドに好んでカバーされ、ロックン・ロールの定番曲となっている。
このギター・リフを編み出したのが17歳の天才ギター少年、ジェームズ・バートンと言われていて、後年彼はエルヴィス・プレスリーのバックバンドのリーダーとなった。
そのバートンだが、1987年11月、エルヴィス・コステロのバックバンドとして来日する。
このツアーには前年、初来日公演が中止となりファンを大いに失望させたニック・ロウも帯同していた。
ステージ中盤、コステロがニック・ロウに花を持たせる形で彼の代表曲「(What's So Funny 'Bout) Peace Love and Understanding」を二人でデュエットした。
この時のバートンの流れるようなギター・ソロは本当に素敵だった。
そしてエンディングの一音まで、丁寧に丁寧に奏でている。
やはりすごいギタリストだったのだ。
観客から大きな声援を浴びてにっこり笑顔のロウ。最高にキュートだった。
市川崑監督による「こころ」(1955年)の映画化作品は、お嬢さんの現在と過去を演じ分けた新珠三千代も、インテリ森雅之もいいのだけれど、目ヂカラを消したニヒルな三橋達也が全部持って行く。
K(三橋達也)とお嬢さん(新珠)。
奥さん(未亡人、田村秋子)と若き先生(森雅之)、お嬢さん。
「精神的に向上心のないものは馬鹿だ。」
「馬鹿だ。僕は馬鹿だ。」
少し前に書いた川島雄三監督の「風船」は翌1956年の作品。
Kと先生が親子、Kとお嬢さんが愛人関係って。
川島の次回作で、彼の代表作となった「洲崎パラダイス 赤信号」(1956年)も、三橋と新珠のコンビで撮られている。
駆け落ちしたダメ男(三橋)と元娼妓。
初めて観た時(国立フィルムセンターでの川島雄三特集)は、三橋のダメっぷりに驚愕した。
そば屋の店員(芦川)と洲崎に流れ戻った元娼妓(新珠)。
同じ年の「乳母車」(田坂具隆監督)。いい映画だった。
女子大生(芦川いづみ)、父親の愛人(新珠)、その子、その弟(石原裕次郎)。ちなみに父親は宇野重吉が演じている。
「死の十字路」(1956年、井上梅次監督)。
江戸川乱歩原作で、時々思い出したようにリメイクされている。
この作品を最後に新珠は東宝へ移籍する。
想像でしかないが、愛人役ばかりで嫌になったのかもしれない。
時の権力者も美女とのツーショットに破顔一笑?
「みなさん、こんにちは。ただいまご紹介にあずかりました、けせもい市・M町介護人材確保協議会会長の井浦です。
入職おめでとうございます。ようこそ介護福祉の世界へ。
この会は、合同入職式という名目ではありますが、みなさんの入職を祝うのはもちろんのこと、ここにいるすべての方々が、この世界に希望と勇気を持って飛び込んできてくれたみなさんを歓迎するとともに、心からの感謝の念を伝える場だと私は考えています。
本当にありがとう。
私からは、社会人としての第一歩を踏み出したみなさんへのエールとして、特にこの場でお話ししたいことがいくつかあります。
まず、利用者様・ご家族様の信頼にこたえることが大切です。私たちのサービスを利用いただけるのは、相手の信頼があってこそです。誠実に仕事に励み、利用者様・ご家族様に対してストレスフリーなサービスを提供して行きましょう。
次に、仲間からの信頼です。組織の中で働く以上、上司、部下、仲間からの信頼を得ることも、同じように大切です。
そのためには、「相手の立場になって考える」ことです。この仕事は、すべて、人との関わり合いの中から産み出されます。自分の考えを理解してもらうために、相手が何を感じ、何を求めているのか、先回りして対応出来るほどに相手を理解する。そのためには、日頃から公私ともに密なコミュニケーションを心掛け、柔軟な思考能力を磨くことが大切ですし、相手を尊重し、常に「相手の立場になって考える」ことが重要です。
そして最後に、心身共に健康であることが大事です。自分自身の健康に向き合い、学生時代とは違う次元での自己管理を実践してください。
それぞれの会社はみなさんの成長と成功を全力で支援します。みなさんが、仕事を通じて経験を積み、教養を深め、人格を磨いてこのM県、けせもい市、M町の未来を担う、立派な社会人となることをわれわれは期待してやみません。本日は誠におめでとうございます。」
リンカーン・コンチネンタル
「日本でアメリカ車が一台も走っていない」と強い不満を示すアメリカ大統領。
統計によれば、1990年代には最大年間15万台のアメリカ車が日本に輸入されたそうだが、近年は低迷しており、昨年、日本からアメリカへの輸出台数が約140万台だったのに対し、アメリカからの輸入は約1万6000台だったという。
確かに、1990年代前半はフォード・トーラスがちょっとしたブームだった。
僕も1993年に国産車からトーラスに買い換える予定が、何を血迷ったか、リンカーン・コンチネンタルを買ってしまった。
フォルムは最高だった。
ガレージに出るたび、うっとりした。
しかしその高揚感も、度重なる故障修理の見積書の束によって急速に摩耗して行った。
4年後、キャデラック・コンコースに乗り換えた。
5.5メートル超の黒光りする車が積載車で自宅に届いた時は、ああ、果たしてオレはこんな最高級車に乗っていいのだろうか、と背筋がうすら寒くなった。
ところがこのキャデラック、所有していた5年のうちの半分以上、ヤナセの修理工場に入っている、ニートな車だった。
最期に大きなトラブルを起こし、ヤナセの営業マンから高額な見積書を手渡された僕はさすがに癇癪を起した。
「大統領も乗っている最高級車がこんな体たらくって、どうなんでしょうね?」
すると相手は苦悩の表情を浮かべながら、ぽつんと言った、
「日本の風土に合わないんです。」
その一言に、あきれるより怒るより、なんだか妙に腑に落ちた。これまでの胸のつかえがすとんと落ちたような気がした。
修理をあきらめた僕は工場に入ったままの車を二束三文で売り払い、10年近くに及んだ出費続きのアメ車生活に終止符を打った。
デ・ニーロとアル・パチーノが初めて共演して話題となった映画「ヒート」(1995年)は、美しいアメリカ車のオン・パレードでもある。
強盗団のリーダー、デ・ニーロの愛車は黒のキャデラックSTSだ。
大きな見せ場の一つ、銀行強盗シーンで一味が乗り合わせるのはフルサイズのリンカーン・タウンカー。
現場へ急行するパチーノの警察車両はフォード・クラウン・ビクトリア。
ヴァル・キルマーに蜂の巣にされる警察車両はマーキュリー・グランドマーキーやシボレー・カプリスなど。
そしてデ・ニーロがスーパーの駐車場で強奪する車が、フォード・トーラスだ。
キャデラック・コンコース
当法人の新聞広告用に、また在京の漫画家先生からイラストを描いていただきました。
とっても素敵です。
アーウィン・ショーの短編小説に「愁いを含んで、ほのかに甘く」というタイトルがあるのですが、それを思い起こしました。