長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

猫の町 2

2011年10月27日 15時55分30秒 | ネコに又旅・歴史紀行
 失敗しない一枚目の着物を選ぶには?…とかいうようなマニュアル本の、賢人たちのおすすめを、ついぞ聞いたことのない私は、
(ほんなもん、義務的な仕事とかではない、自分の好き嫌いの問題なんだから、失敗したっていいじゃないの…無難なきものって、結局一度も着ないで箪笥の肥やしになるよね~おしゃれはTPOを踏まえるのは当然ですが、それ以外のチョイスの原点は自分が好きかどうか、着ていて愉しいかが、第一義ではないかと…)
 松山空港に降り立ったとき、松山城に行かずに、愛媛県西南方面を目指していた。

 愛媛県宇和島地方は、獅子文六『大番』の主人公・ギューちゃんが生まれ育ったところである。
 二十代後半、まじめな文学小説に飽きた私は、ユーモア小説に蜜の味を見出し、獅子文六の本を制覇しつつあった。この時すでに、獅子文六の諸作品は多くが絶版になっていて、文庫本ですら探し出すのに苦労したものだった。
 『大番』は昭和時代前半、兜町の株屋になってのし上がっていく、痛快無比の男の一代記である。加東大介が主演、マドンナ役が原節子の映画化作品は、三十代になってからフィルムセンターで観た。織田作『夫婦善哉』で惚れた男に尽くすキャラだった淡島千景が、この作品でもいい味を出している。
 あのバイタリティの塊のような男は、どのような天然のもとで醸成されたのであろう。
 何かを理解したいと思ったら、それらのものが生み出された現場に赴くのが一番だ。

 そしてまた、持ったが病の、城めぐり。現存十二天守のうち、宇和島城。
 仙台藩・伊達政宗の長子ながら、元和元年に宇和島に入府した伊達秀宗を藩祖として、明治維新まで九代。
 時代がついた建造物のみが持ち得る、何とも言えない味わいのある空間。狭間から洩れる南予の温い日差しを浴びて、感慨にふけっていた私は、江戸から平安時代へ急ぐべく、天守閣から仰いだ、ご城下のみなとへ向かった。

 伊予国、日振島。1000飛んで70年前、承平天慶の乱。
 東の平将門…そして!西の藤原純友が根城にした島である。海賊…と聞くだけで血沸き肉躍る。そのワルどもの夢のあとを周遊できる船便が出ているのである。
 やっぱり、なんてったって、交通の王者は、船だねっ!!
 ところが、あいにく、その日のフェリー最終便が五分前に出たところだった。
 ……舟は出てゆく、カモメは残る。船旅は、こんな時が切ない。

 気を取り直して、宇和島名物・闘牛場へ向かう。
 とはいえ、お城下のご町内掲示板ですでに分かっていたことだったが、つい昨日、年に5回ほど開催される闘牛、そのうちの1回が、終わったところだったのだ。
 大相撲の場所のように、何日間か興行しているものと思っていた私は、落胆した。
 こたびの旅程は、どうも後手後手。

 昨日までの、はなやいだ興奮の余韻を残して、闘牛場は丘の上にあった。
 スタジアムの入り口は人っ子一人おらぬ。茶と利休鼠の、似たような虎猫が4匹、うずくまっている。じっと見つめても、ピクリともしない。
 ……そして、猫の前足が、どうも、ヘンだ。

 天神さまの牛の像に、そっくりなのだが、手首(つまり足首)から前を、身体の中の内側に折り曲げているのだ。これは、偶蹄目とか奇蹄目とか、ひづめのある動物たちの座り方じゃなかったっけ??
 前足が自由に動かせるように、手(つまり足先)を前に出して座るのが、正しい猫の在りようだ。…そうじゃないと、食肉目のネコちゃんは、獲物をいたぶることができませんからね。

 そうそう、この座り方には、私は身をもって感じ入ったことがあった。
 昭和のころ、わが家族は夏休みになると、那須高原の南ヶ丘牧場へ行く。母がとてもこの牧場を好きだったのだ。
 初めて行ったとき、放牧されていた羊の前脚を見た母が「あっ!大変!! このヒツジ、足が折れちゃってるんじゃないの?!」と叫んだ。
 まったくもって、うちの母親は太平楽で困る。人が善いばかりで愚かしいものだから、子どものころ、冬、桶の水中で蛙が泳いでるのを、寒くて可哀想だなーと思い、熱湯を注いで暖かくしてあげたそうである。幸福感きわまったのか、カエルはきゅーっと伸びた。
 …自分だけが正しいと思っている者はまこと扱いに困る。そして、罪の意識のないものの残酷なことといったら。お蔭で、親の因果が子に報い…私が斯様にカエルに執着するのも、母の悪業の祟りに違いない。

 …こやつたち、自分をウシだと思っているのだな。
 「迫熱の激突!」と迫力あるレタリングで描かれた、入場券売場窓口の、閉ざされたシャッターの前で、4匹の猫は微動だにせず、じっとコンクリ敷きのスタジアムのエントランスに座っている。
 闘牛場だけに、狛犬もウシ風。
 天神さま……菅原道真公も、以って、瞑すべし。
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