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流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

メモリー

2010-12-22 | 舞台芸術
 今週の「エコノミスト」誌に中国人ジャーナリスト、安替(アンティ)氏のインタビュー記事が載っている。 
 安替氏は中国語ツイッターにおける影響力測定で4位にランキングされているジャーナリストで、国際交流基金の招きで10月から12月にかけて日本を訪れていたそうだ。
 彼によれば、中国のニュースサイトやブログは政府の検閲下にあるので、しばしば言葉を削除されるが、ツイッターは運営会社が米国にサーバーを置いているため、言葉を削除されることがないという。
 そのため、特に社会的にセンシティブな問題について発言する時に有効なのだとのこと。

 4億人いるという中国のネット利用者に比して、ツイッターを介して情報発信したり、アクセスしたりする人は10万人ほどだということだ。
 この数字は驚くほど小さいが、彼らは情報に極めて敏感であり、ネット利用者のなかでも精鋭であることから、議論を構築する力を持っているのである。
 安替氏自身も反日教育を受けて育ったため、中国で起きている悪いことはすべて日本による侵略のせいだと信じ込んでいたが、ネットでさまざまな情報に触れ、詳細な文書や裏付け資料を読むうちに情報のバランスがとれてきたのだという。

 必要なのは情報である。なのに、日本から中国に向けて発信される情報のほとんどがそれを必要とする人のもとには届いていないという現実がある。
 文化としての情報戦略をもっと本気で考え直す必要があるのだろう。

 そんな雑誌の記事を読みながら、すでに3週間ほども前に観た舞台のことが忘れられないでいる。
 フェスティバル/トーキョーの演目の一つ、生活舞踏工作室の「メモリー」である。振付:ウェン・ホイ(文慧)、ドラマトゥルク・映像:ウー・ウェングアン(呉文光)。会場:にしすがも創造舎。
 演劇とドキュメンタリー映像をクロスさせた作品で、舞台上に張られた薄い布地の天幕の中で母と娘の会話が交わされる。
 天幕をスクリーンとして、文化大革命をめぐるニュース映像やアニメーションが映し出される。と同時に、母と娘はゆったりとしたトーンで60年代、70年代の記憶をたどりながら、その時代を回想する会話を重ねていく。
 その間、母親はミシンで繕いものをしたり、洗い桶で衣服を洗濯したりする。その水音が舞台に響き渡る。そのなかを娘は極めて緩慢というか、極度にスローモーにデフォルメされた動きで舞台を縦断するのだ。
 まるで長い時を刻んで滴り落ちる水滴を遡ることで記憶の闇を辿るかのようにそれは思える。

 この舞台には、上演時間の長短で2種類のバージョンがある。私が観たのは1時間のショートバージョンだったのだが、もう一つ、8時間のロングバージョンも上演されていた。彼ら自身の体験したことを十全に表現するにはそれだけの時間が必要ということなのだろう。
 私自身の言葉が鈍磨しているために、この舞台の感想やら印象やらを的確に書くことができない。
 そのため今日まで何も書けないままにきたような気もするけれど、あの空気感、水音、ささやくような二人の会話、その緩慢な動きのリズム、挿入される映像は今も私の脳裏にありありと残っている。
 この作品を記憶するということと、歴史を記憶し回想するという行為の重なりの部分にこの舞台の魅力や意味合いがあるのかも知れない。

 生活舞踏工作室は、ウェン・ホイ、ウー・ウェングアンらが主宰するインディペンデントのカンパニーであるが、彼らはまた創作・発表の拠点として北京の草場地という村に「草場地(ツァチャンディー)ワークステーション」を設立し活動している。
 国内外のアーティストの交流の場でもあるこのワークステーションでは、春と秋の年2回、コンテンポラリーダンスとフィジカルシアターのフェスティバルが開催され、海外の関係者との交流も密に行われるという。
 中国という超巨大な国の中における、まことに小さな微小とさえいえる場所ではあるが、受発信する情報の深さにおいて、広さにおいて、その鋭敏さにおいて突出しているということなのだろう。
 それは小さなつぶやきこそが力を持ち得るという、この国におけるツイッターの位置づけと共通しているのかも知れない。

 内閣府が18日に発表した「外交に関する世論調査」で、中国に親しみを感じないとした回答が77.8%にのぼり、対中国感情が過去最悪になったとのことだ。
 この結果には、例の尖閣諸島をめぐる問題の数々や北朝鮮への対応など、様々な要素があると思われるが、一方で、経済的にも社会的にも、中国という国の存在はわが国にとってすでに不可欠のものになっているという現実がある。
 「メモリー」はまことに小さな作品ではあるが、いま私たちが感知しなければならない声の在り処というものを教えてくれる重要な舞台であったと言えるだろう。


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