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流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

下町ロケット

2011-08-09 | 読書
 池井戸潤著「下町ロケット」を読んだ。ご存知、第145回直木賞受賞作である。
 最近の私は何を見ても読んでも身が入らず、映画もアートも芝居も読書ももうどうでもよいような、骨の髄まで怠惰が身についたような生活を送っている体たらくなのだが、この本を手にして、久々に頁を繰るのももどかしいような、一気に400頁を読み切るという疾走感を味わうことができた。
 その読後感はこのうえない爽快感とやる気に満たされる。
 まさにエンターテインメント小説かくあるべしの見本のような小説で、先の展開が読めてしまうといえばそれまでだが、それがまたとてつもなく気持ちよいのだ。水戸黄門だって、遠山の金さんだって、憎まれ役はこのうえなく悪辣であり、主人公たちはこれでもかとばかりに窮地に追いやられる。そうであればこそ、最後の大どんでん返しに私たちはこのうえなく溜飲を下げるのではないか。

 おおよそのあらすじは以下のとおり。(一部、小学館のHPから引用加筆。陳謝&ネタばれ注意)

 「主人公・佃航平は宇宙工学研究の道をあきらめざるを得なかった過去を持つ。東京・大田区にある実家の佃製作所を継いでいたが、同じ研究者だった妻とは生き方の違いから離婚し、引き取った娘からは敬遠されるような日々の暮らしを送っている。そこへ大口の取引先から突然取引停止の通告を受け、さらに大手のナカシマ工業からは特許侵害の疑いで訴えられる。大企業に翻弄され、資金繰りも危うくなって、会社は倒産の危機に瀕してしまう。ナカシマ工業は、そうして佃製作所を兵糧攻めにしながら、最後には佃らの技術もろとも会社を乗っ取り、自分たちのものにしようと目論んでいたのだ。そうしたなか、馴れない法廷闘争で窮地に陥った佃を救ったのは、別れた妻からの何気ないアドバイスだった。妻から紹介された、知財関係では国内トップの凄腕という弁護士・神谷の力もあって、法廷闘争は思わぬ展開に……。」

 と、ここまでが前半の山場なのだが、これだけでも十分に読み応えがある。さだめし米国の作家ジョン・グリシャムあたりだったら、上下2巻ものの長編小説に仕立てたに違いないような内容だ。
 以下、2段ロケットの噴射よろしく後半へとなだれ込んでいく。

 「一方、政府から大型ロケットの製造開発を委託されていた帝国重工では、百億円を投じて新型水素エンジンを開発。しかし、世界最先端の技術だと自負していたバルブシステムは、すでに佃製作所により特許が出願されていた。これは、神谷弁護士のアドバイスが功を奏したものだった。
 宇宙開発グループ部長の財前道生は、佃製作所の経営状況を見定めながら、特許を20億円で譲ってほしいと申し出る。資金繰りが苦しい佃製作所だったが、企業としての根幹にかかわるとこの申し出を断り、逆にエンジンそのものを供給させてくれないかと申し出る。
 帝国重工では下町の名も知れぬ中小企業の強気な姿勢に困惑と憤りを隠せなかったが、結局、佃製作所の企業調査を行い、その結果で供給を受けるかどうか判断するということになった。
 一方、佃製作所内部でも、特に若手社員を中心に、特許を譲渡してその分を自分たちに還元してほしいという声や、佃社長の夢を追うという独断的な姿勢に対する不満の声が高まり、あわや組織分裂の危機に瀕する状況に陥りつつあった。
 そうした中、企業調査がスタートする。厳しく冷徹な目を向け、上から目線で見下した態度をとる帝国重工社員に対し、佃製作所の若手社員も日本のものづくりを担ってきた町工場のプライドから意地を見せはじめ、その結束は大きな力となっていく……。」

 こうして見ると、この小説にはドラマを劇的に盛り上げていくための法則がぎっしりと詰め込まれていることがよく分かる。

 「『ニッポンを元気に!!』ってこういうことです。」というのが、この本のキャッチコピーで、先日、神保町の地下鉄の駅を出たら、目の前の小学館ビルに大きな垂れ幕が下がっていて思わずニンマリしてしまったのだが、確かにこの小説には、そうしたメッセージが込められている。
 震災後のこの時期に読まれるべく選ばれた本なのだろう。
 企業の倫理とは何か、企業の目的とは何か、中小企業のプライドとは何か、ものづくりの誇りとは何か、働くことの意味とは何か、夢とは何か、そんなことを考えさせられる。
 おそらくは、かのドラッカー先生も絶賛したに違いない企業小説の傑作である。


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