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流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

NINE

2010-04-05 | 映画
 今週はまさに花見のピークなのだが、いささか寒すぎるのが難点である。
 日曜のテレビニュースでも各地の花見の様子を映し出していたが、私は冬物のコートを着込んで駒込辺りから西巣鴨まで道々サクラを愛でながらぶらぶらと彷徨い歩いた。もう少し太陽の光があればと思わないでもなかったけれど、まずは気持ちのよい一日である。
 駒込では「ソメイヨシノ発祥の地」ということで商店街をはじめ地元の人々が売り出しに懸命だが、実はそれを立証する文献は見つかっていないのだそうである。
 ところが昨日のニュースでは、千葉大学の研究チームがサクラの遺伝子を分析した結果、ソメイヨシノは上野公園あるいは今は駒込となっているかつての染井村辺りで生まれたであろうということがほぼ確実と思われるとのことだ。まずはめでたい。

 外を歩いているうちに映画館の暗がりが恋しくなって、ロブ・マーシャル監督のミュージカル映画「NINE」を観に行った。
 ご存知のとおり、1982年にブロードウェイで初演されたミュージカルの映画化であるが、もともとは1963年にアカデミー賞を受賞したイタリアの巨匠フェデリコ・フェリーニ監督の傑作映画「81/2」にインスパイアされたものだ。
 錚々たる女優陣のむんむんするような官能美と迫力に気圧されながらも十分に楽しめたが、反面、ダニエル・デイ=ルイス演じる主人公の映画監督グイドはいささか繊細に描かれすぎて弱々しい。
 ほぼラスト近く、さながらカーテンコールのように居並ぶ出演者の最後に登場するソフィア・ローレンの存在感は際立って他を圧倒する。
 家に帰ってから、昔録画しておいたフェリーニの「81/2」を観直したのだが、グイドを演じるマルチェロ・マストロヤンニの素晴らしさを再認識した。
 かつて、このソフィア・ローレンとマストロヤンニのコンビがイタリア映画の黄金時代を築き上げたのもむべなるかなと思われる。
 同時に、「NINE」を観たことで、それまではあまり感じられなかった、あるいは見逃していた「81/2」の新しい魅力を発見するということもあったのである。
 それは、一つの芸術作品が時代を経てその影響力が次々に伝播しながら新しいものを生み出すということの素晴らしさでもあるだろう。

 こじつけめくけれど、これはサクラが花開いた途端あっという間に散りながら、種子を次の時代に着実に伝え、時に変容しつつ新たな花を咲かせるということとどこか似てはいないだろうか。


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