seishiroめもらんど

流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

逆走するシマウマではなく

2010-06-09 | 言葉
 今週のはじめ、株式会社セルコの代表取締役社長小林延行氏の講演を聴講する機会があった。巣鴨信用金庫がメンバーシップ向けに開催する特別講演会なのだが、ひょんなご縁でご招待いただいたのだ。
 「立ち上がれ中小企業・・・時代は俺たちのものだ!!」という演題とともに「倒産の危機から世界一のコイル技術の会社へ」という惹句が目を引く。
 定員300人のホールは多くの中小企業経営者や起業を目指す人々でいっぱいの熱気に満ちていた。

 小林社長は長野県小諸でセルコというコイル製造会社を経営しているのだが、そのほかに農業経営、普通の人のエッセイクラブ副編集長、オヤジロックバンド「セルパップブラザース」リーダーなど多彩な顔を持つバイタリティにあふれた人だ。
 経営理念は「Harmony and prosperity in Self-controlled people(自らをコントロールし調和と繁栄をもたらす)」とのことで、会社名の「セルコ」は、このセルフコントロールを略した言葉なのだ。

 2時間の講演はあっという間に過ぎたが、私が特に関心を持ったのは、完全なる秘密保持と創造のためのコラボレーションのバランスである。
 秘密保持を危機管理と捉える考え方には、自社で開発したどのように独創的なアイデアも大企業相手に気を許したその一瞬にノウハウは盗まれるという苦い経験があるのだ。
 一方で自社製品の開発には、異分野で同様の志を持ちアイデアを共有できるパートナーとのコラボレーションが欠かせない。その見極めが生命線といえるのだろう。
 セルコでは、コラボによって、磁気を使って金属の状態を調べるセンサーの開発や、セルパップコイルという痛みや凝りをほぐすコイルの開発に成功している。こうした話には興味が尽きない。

 講演の最後に小林社長は中小零細企業の社長の生き方・考え方について話をした。
 ライオンに食べられてしまうシマウマはどんなシマウマか、というのである。それは足の遅いシマウマだろうか。体力のないシマウマだろうか・・・。
 答えは、襲われたことでパニックを起こし、ライオンの群れに向かって逆走してしまうシマウマなのだそうである。
 そうならないために、悩みや不安に打ち勝つ方法として小林社長は次の4点を挙げている。
 A,悩んでいる、不安になっている対象をはっきり突き止めること。
 B,その対象となっている事象を徹底的に調べること。
 C,その事象の実態がはっきりしたら、それを解決するための解決策を考えること。
 D,それに向かって、でき得る限りの努力をすべく行動に移すこと。

 上記の考え方は、デカルトの「方法序説」第2部に書かれている4つの規則と共通している。
 その第2、第3の規則として、デカルトはこう言っている。
 「わたしが検討する難問の一つ一つを、できるだけ多くの、しかも問題をよりよく解くために必要なだけの小部分に分割すること」
 「わたしの思考を順序にしたがって導くこと。そこでは、もっとも単純でもっとも認識しやすいものから始めて、少しずつ、階段を昇るようにして、もっとも複雑なものの認識にまで昇っていき、自然のままでは互いに前後の順序がつかないものの間にさえも順序を想定して進むこと」

 これらの言葉は私たちに多くのことを教えてくれる。

 最後にもう一つ、小林社長は、終戦後にシベリアに抑留されながら無事帰還した人から聞いたという話をした。
 飢えと寒さで次々に倒れていく同僚たちの骸を目にして、その人は芝居をすることを思いついたという。仲間とともに台本を考え、楽しい芝居を演じて見せ合い、希望の灯をつなぐことで彼らは生き抜いたのだ。
 芝居や音楽、芸術には力がある・・・、それはたしかなことである、はずだ。