「猿顔のコウジ」と呼ばれるその男は、大きな街の小さな裏路地で息を潜めていました。冬の冷たい風が暗い路地を吹き抜けます。コウジは体を極限まで丸め、何とかそれに耐えようとしていました。
明るい通りの方を見ると、そこは幸せそうなカップルで溢れかえっています。今日はクリスマスです。
急にサイレンの音がして、コウジは怯えるように更に体を小さくしました。
コウジは一週間前に人を殺しました。指名手配をかけられ、現在逃走中です。
自分が属している組の先輩を殺してしまったのです。しかしそれは予想外だったのです。あの時あそこに現れるのは、先輩ではなくコウジが長年恨んでいた男のはずでした。
その男とは、コウジの家族を不幸に陥れた人物で、しかも自分の組と対立している組の幹部です。頻繁に「エイジア」と言う名の喫茶店に出入りしていることを突き止めたコウジは、その日ついに行動に移しました。
外から「エイジア」の店内を眺めると、それらしき男の背中が見えたので、奴が店を出るのを待ち伏せていたのです。
だが・・・・。
彼は違う人間を、この世界に入って以来ずっと世話になってきていた感謝すべき人を刺してしまった。この手で。
今でもあの時の感触が残っています。夢であったらどんなにいいかとコウジは四六時中思います。
風が止み耳を澄ますと、どこからともなく流れてくるクリスマスソング。
あの人も聴いているのだろうか。
コウジには想いを寄せる人がいます。ツグミといって、女子大生です。
街で見かけて以来、コウジは彼女のことを追い続けています。ほとんどストーカーです。
コウジは知っています。彼女の住んでいる家、通っている学校、仲のいい友達、前髪をいじる癖、好きな香水、犬の散歩の時フンをちゃんと処理しないのも知っています。正真正銘のストーカーです。
しかし声をかけたことは一度もありません。
この世界の人間にとって、堅気の女に本気で恋をするのはご法度です。
しかもコウジは自分の背が低くて猿みたいな顔をしていることにコンプレックスを抱いてました。だから彼女に声をかける勇気などありませんでした。決してストーカーだからではありません。
そしてコウジは今も、彼女のことを遠くから想っています。
ていうか今すぐそばにいます。
通りの向かい側。彼女は寒さに耐えながらクリスマスデコレーションの街を眺めています。
それをコウジは狭い路地裏からゴミ箱の陰に隠れて眺めています。ストーカーの基本です。
もう、彼女を見ることはできないかもしれない。自分は指名手配の身。シャバの空気を吸っていられる時間もそう長くないかもしれない。
ふと、彼女がこちらを向いているような気がしました。
初めて真正面から彼女を見たコウジは、思わずその美貌に見惚れます。
「彼女が自分を見てくれている!」コウジは胸の中で確信しました。
そしてなんと、彼女はこちらを向きながら笑顔を作り右手を振ったのです。その笑顔はサンタさんからのプレゼントです。
コウジは戸惑いながらも立ち上がり、一歩ずつゆっくりと彼女に近づいていきました。もはやコウジにはアレのことしか頭にありません。
しかし、先に彼女の元にたどり着いたのは他の男でした。
二人は一言二言言葉を交わした後、手を繋いで自分とは反対の方向へ歩き出しました。
そしてクリスマスの街の中へと消えていきました。
コウジはその場に呆然と立ち尽くしました。
「君、通りの真ん中で何突っ立ってるの?」肩をポンと叩かれました。警官です。
振り返るなり、コウジは思い切り警官を殴りました。その目には涙が浮かんでいました。
そしてコウジは走ります。聖夜の街をどこまでもどこまでも走り続けます。寒さのせいで鼻水が出ても、顔がこわばって本当に猿みたいでも、コウジは全然かまいません。
3時間くらいコウジは走りました。
警官などすでに追ってきていません。
どこかも分からない高架線の下で、コウジは一人のクリスマスを過ごそうとしています。
今頃彼女は何をしているのだろうか。アレだろうか。
彼女は今、幸せだろうか。
クリスマスの夜。全ての人が平等に幸せとは決していえないかもしれません。でもサンタさんはきっと、全ての人に平等にプレゼントを与えてくれるはずです。生きる希望を。
今は彼女の笑顔だけを胸に、コウジは生きようと思います。
メリークリスマス、コウジ。メリークリスマス、世界のみんな。
「メリークリスマス・・・・」
白い息は雪のように心を和らげ、そして冷たい夜に溶けていきました。
おしまい
明るい通りの方を見ると、そこは幸せそうなカップルで溢れかえっています。今日はクリスマスです。
急にサイレンの音がして、コウジは怯えるように更に体を小さくしました。
コウジは一週間前に人を殺しました。指名手配をかけられ、現在逃走中です。
自分が属している組の先輩を殺してしまったのです。しかしそれは予想外だったのです。あの時あそこに現れるのは、先輩ではなくコウジが長年恨んでいた男のはずでした。
その男とは、コウジの家族を不幸に陥れた人物で、しかも自分の組と対立している組の幹部です。頻繁に「エイジア」と言う名の喫茶店に出入りしていることを突き止めたコウジは、その日ついに行動に移しました。
外から「エイジア」の店内を眺めると、それらしき男の背中が見えたので、奴が店を出るのを待ち伏せていたのです。
だが・・・・。
彼は違う人間を、この世界に入って以来ずっと世話になってきていた感謝すべき人を刺してしまった。この手で。
今でもあの時の感触が残っています。夢であったらどんなにいいかとコウジは四六時中思います。
風が止み耳を澄ますと、どこからともなく流れてくるクリスマスソング。
あの人も聴いているのだろうか。
コウジには想いを寄せる人がいます。ツグミといって、女子大生です。
街で見かけて以来、コウジは彼女のことを追い続けています。ほとんどストーカーです。
コウジは知っています。彼女の住んでいる家、通っている学校、仲のいい友達、前髪をいじる癖、好きな香水、犬の散歩の時フンをちゃんと処理しないのも知っています。正真正銘のストーカーです。
しかし声をかけたことは一度もありません。
この世界の人間にとって、堅気の女に本気で恋をするのはご法度です。
しかもコウジは自分の背が低くて猿みたいな顔をしていることにコンプレックスを抱いてました。だから彼女に声をかける勇気などありませんでした。決してストーカーだからではありません。
そしてコウジは今も、彼女のことを遠くから想っています。
ていうか今すぐそばにいます。
通りの向かい側。彼女は寒さに耐えながらクリスマスデコレーションの街を眺めています。
それをコウジは狭い路地裏からゴミ箱の陰に隠れて眺めています。ストーカーの基本です。
もう、彼女を見ることはできないかもしれない。自分は指名手配の身。シャバの空気を吸っていられる時間もそう長くないかもしれない。
ふと、彼女がこちらを向いているような気がしました。
初めて真正面から彼女を見たコウジは、思わずその美貌に見惚れます。
「彼女が自分を見てくれている!」コウジは胸の中で確信しました。
そしてなんと、彼女はこちらを向きながら笑顔を作り右手を振ったのです。その笑顔はサンタさんからのプレゼントです。
コウジは戸惑いながらも立ち上がり、一歩ずつゆっくりと彼女に近づいていきました。もはやコウジにはアレのことしか頭にありません。
しかし、先に彼女の元にたどり着いたのは他の男でした。
二人は一言二言言葉を交わした後、手を繋いで自分とは反対の方向へ歩き出しました。
そしてクリスマスの街の中へと消えていきました。
コウジはその場に呆然と立ち尽くしました。
「君、通りの真ん中で何突っ立ってるの?」肩をポンと叩かれました。警官です。
振り返るなり、コウジは思い切り警官を殴りました。その目には涙が浮かんでいました。
そしてコウジは走ります。聖夜の街をどこまでもどこまでも走り続けます。寒さのせいで鼻水が出ても、顔がこわばって本当に猿みたいでも、コウジは全然かまいません。
3時間くらいコウジは走りました。
警官などすでに追ってきていません。
どこかも分からない高架線の下で、コウジは一人のクリスマスを過ごそうとしています。
今頃彼女は何をしているのだろうか。アレだろうか。
彼女は今、幸せだろうか。
クリスマスの夜。全ての人が平等に幸せとは決していえないかもしれません。でもサンタさんはきっと、全ての人に平等にプレゼントを与えてくれるはずです。生きる希望を。
今は彼女の笑顔だけを胸に、コウジは生きようと思います。
メリークリスマス、コウジ。メリークリスマス、世界のみんな。
「メリークリスマス・・・・」
白い息は雪のように心を和らげ、そして冷たい夜に溶けていきました。
おしまい
まだあるのかな?w