なんかの調べによると、「私立大学に通う学生の2割の国語力が中学生以下」だという結果が得られたそうな。なんじゃそりゃ。
そもそも国語力ってなんじゃらほい(死語)?
「国語力とは」でぐぐってみたところ、トップに「文部科学省文化審議会国語分科会」という大そうな名前が出てきたので、ここより以下抜粋させていただきます。
「国語力とは単なるスキルではなく,話す・聞く・書く・読むが複雑に絡み合った思考力そのものである」
だそうです。おおなるほど。
つまりコミュニケーション。人と円滑な付き合いを行うために、話したり書いたり聞いて理解したり、読んで誰かに伝えられるような力が生きる上ではとても大切なのだ。
でもそういう力って、中学生や小学生にも十分備わっています。最低限、中学生レベルの国語力があれば、コミュニケーションは、少なくとも同年代とは円滑に運べるように思えますね。んまぁ2割がそういうノリの人間でもいいじゃない。
しかしここで絶対に認識しておかなければいけないことは、「国語力」という言葉は多分に相対的な要素を含んでいることなのです。
日本語以外の言語がなかったら、国語なんて言葉生まれないっしょ。英語やフランス語や中国語があればこそ、日本語というわが国特有の言語は存在するわけです。
ここからが大事ね。
もし、本気で国語力を付けたいと思うなら、まずは英語などの外国語を勉強するのが一番の近道だと思います。
それらと比較した上での国語、つまり日本語を知るのがめちゃくちゃ効率いいような気がするなぁ。
まぁ自分も自慢できるほど国語力あるとは思っていないけれど、少なくとも中学レベルはクリアしていると思いたい。じゃなきゃ塾講師とか生徒にナメられてやってられん。
最初に挙げた「中学生以下」というのは、恐らく、語彙力といった知識として積み上げたものではなく、助詞や敬語の使い方や品詞の活用において、中学生並の力しか有してないという意味ではないだろうか。
いやこれね、正直自分も現役時代適わんかったわぁ。
特に敬語と品詞の種類がダメでした。形容詞と副詞の違いや活用法についてちんぷんかんぷんだった。
これがどうだろう、今では結構理解できている。
なぜできるようになったかって、英語を勉強したからだ。外様の言葉を学ぶことで、自分の国の言葉の特徴を知ることができた。大事に受け継がなくてはいけないものを掴むことができた。謙譲語なんてね、中々他の国では見受けられませんよ。大和魂ならではの素敵な言葉です。いや自分英語くらいしか知らんけどさ。
多分例の2割は、英語力も弱いのではないかと勝手に考察してしまう、そんな次第です。
んまぁ国語できて英語できないって人もたくさんいるしね。一概に言えたわけじゃあないですけれど。僕のケースではそうだったんです。
比較対象があることはとてもいいことだと思います。自分の力を他のと比較する、それが定期テストでして、競争化社会とはイコール他の人と円滑にお付き合いができる住みよい社会かもしれません。順位があるからこそ、上下があるからこそ、日本らしさは活き続けるように思えます。
以上、偉そうなこと言いましたが、僕からのアドバイスとして、日本語と外国語の違いを探ることは大変勉強になることだと考えたまでです。
そもそも国語力ってなんじゃらほい(死語)?
「国語力とは」でぐぐってみたところ、トップに「文部科学省文化審議会国語分科会」という大そうな名前が出てきたので、ここより以下抜粋させていただきます。
「国語力とは単なるスキルではなく,話す・聞く・書く・読むが複雑に絡み合った思考力そのものである」
だそうです。おおなるほど。
つまりコミュニケーション。人と円滑な付き合いを行うために、話したり書いたり聞いて理解したり、読んで誰かに伝えられるような力が生きる上ではとても大切なのだ。
でもそういう力って、中学生や小学生にも十分備わっています。最低限、中学生レベルの国語力があれば、コミュニケーションは、少なくとも同年代とは円滑に運べるように思えますね。んまぁ2割がそういうノリの人間でもいいじゃない。
しかしここで絶対に認識しておかなければいけないことは、「国語力」という言葉は多分に相対的な要素を含んでいることなのです。
日本語以外の言語がなかったら、国語なんて言葉生まれないっしょ。英語やフランス語や中国語があればこそ、日本語というわが国特有の言語は存在するわけです。
ここからが大事ね。
もし、本気で国語力を付けたいと思うなら、まずは英語などの外国語を勉強するのが一番の近道だと思います。
それらと比較した上での国語、つまり日本語を知るのがめちゃくちゃ効率いいような気がするなぁ。
まぁ自分も自慢できるほど国語力あるとは思っていないけれど、少なくとも中学レベルはクリアしていると思いたい。じゃなきゃ塾講師とか生徒にナメられてやってられん。
最初に挙げた「中学生以下」というのは、恐らく、語彙力といった知識として積み上げたものではなく、助詞や敬語の使い方や品詞の活用において、中学生並の力しか有してないという意味ではないだろうか。
いやこれね、正直自分も現役時代適わんかったわぁ。
特に敬語と品詞の種類がダメでした。形容詞と副詞の違いや活用法についてちんぷんかんぷんだった。
これがどうだろう、今では結構理解できている。
なぜできるようになったかって、英語を勉強したからだ。外様の言葉を学ぶことで、自分の国の言葉の特徴を知ることができた。大事に受け継がなくてはいけないものを掴むことができた。謙譲語なんてね、中々他の国では見受けられませんよ。大和魂ならではの素敵な言葉です。いや自分英語くらいしか知らんけどさ。
多分例の2割は、英語力も弱いのではないかと勝手に考察してしまう、そんな次第です。
んまぁ国語できて英語できないって人もたくさんいるしね。一概に言えたわけじゃあないですけれど。僕のケースではそうだったんです。
比較対象があることはとてもいいことだと思います。自分の力を他のと比較する、それが定期テストでして、競争化社会とはイコール他の人と円滑にお付き合いができる住みよい社会かもしれません。順位があるからこそ、上下があるからこそ、日本らしさは活き続けるように思えます。
以上、偉そうなこと言いましたが、僕からのアドバイスとして、日本語と外国語の違いを探ることは大変勉強になることだと考えたまでです。