ロック探偵のMY GENERATION

ミステリー作家(?)が、作品の内容や活動を紹介。
『ホテル・カリフォルニアの殺人』(宝島社文庫)発売中です!

小平奈緒さん金メダル

2018-02-19 16:08:54 | 時事
平昌オリンピックの女子スピードスケートで小平選手が金メダルを獲得しました。

私は普段あまりスポーツをみませんが、今回のレースには拍手を送りたいと思います。

小平さんが最初にオリンピックに出場したのは、2010年のバンクーバー。
ちょうど私が小説を書き始めたぐらいの頃で、それからこうしてエースになるまでの姿を、勝手に自分に重ね合わせてみてしまったのです。
なかなか思うような結果を出せない中で、フォーム改造などいろんなことにトライして力をつけていくという……まあ、私ごときものがそこに自分を重ね合わせるというのも不遜な話ではありますが。

レース前に小平さんは、メダル云々ではなく、自分の滑りができたらいい……というようなことをいっておられたそうですが、まさにそのとおりだと思います。

ここで、このブログで以前紹介した忌野清志郎さんの『サイクリング・ブルース』の一節を引用しましょう。


勝ち負けにこだわって、頑張りすぎると息切れする。
どんな険しい坂道も長い道のりも、いつかは着くだろうと、ゆるい気持ちで走ることが大切だ。
これは、人生にもいえること。
いくら頑張っても、世間の評価とかはそう簡単にはついてこない。
そんな経験を僕なんかずっとしてきたから、そういう価値観にはしばられたくない。
なによりも大事なことは、自己満足。
自分の走りに納得できれば、それでいい。


まさにこれです。
日本を背負う必要なんてないんですよ。
ただ、自分の納得できる走りができればいい。結果はそこについてくるものでしょう。
今回のレースでは、2位となった韓国の李相花選手を小平選手が抱きかかえる姿も注目を集めましたが、やはり、その道の頂点を究めたもの同士だからこそ、国籍も勝ち負けも関係ない戦友のような意識があったのでしょう。
道を究めるというのは、そういうことだと思います。
それは、スピードスケートでも、自転車でも、音楽でも小説でも同じでしょう。私も、その高みに達したいものです。

忌野清志郎「オーティスが教えてくれた」(Kiyoshiro Imawano, Otis Taught Me)

2018-02-17 15:22:56 | 音楽批評
先日、自転車を盗まれた記事で、忌野清志郎のことを書きました。

せっかくなので、忌野清志郎についてもう少し書こうと思います。

清志郎は、がんとの闘いの末に2009年にこの世を去りましたが、その最後のオリジナルアルバムとなったのが、2006年発表の『夢助』です。

 

このアルバムで清志郎は、自身のルーツの一つであるソウルの方向に回帰しています。

MG'sのギタリストであるスティーヴ・クロッパーをプロデューサーに迎え、ナッシュビルでレコーディングしたということで、このあたりにもこだわりが感じられます。


そんな清志郎のソウルへの思いを歌ったのが、「オーティスが教えてくれた」です。

オーティスとは、いうまでもなくオーティス・レディングのこと。
清志郎も大きく影響を受けた伝説のソウルシンガーです。スティーヴ・クロッパーが所属するブッカーT& the MG′sはオーティスのバックなんかも務めていて、オーティスの代表曲「ドック・オブ・ベイ」はスティーヴ・クロッパーとの共作……そして、清志郎の「オーティスが教えてくれた」は、スティーヴ・クロッパーの作った曲なのです。
その曲に清志郎が載せた歌詞を、一部抜粋して紹介しましょう。


  オーティスが教えてくれた
  遠い国の やせっぽちの少年に
  オーティスが そっと教えてくれた
  歌うこと 恋に落ちること

  愛し合うこと
  君と歩くこと
  笑うこと
  涙を拭くこと
  しゃべること
  信じること
  抱きしめること
  旅に出ること
  叫ぶこと
  愛し合うこと
  戦争をやめること

どうでしょう。
清志郎が歌ってきたことのすべてが詰まったような歌詞じゃないでしょうか。
「愛し合ってるかい?」という清志郎の問いかけが聞こえてくるようです。あの、武道館完全復活祭での、魂の「愛し合ってるかい?」が……

はたしていま私たちは、その問いかけに正面から「YEAH!」と答えられるんでしょうか。
この歌を聴いていると、そんなことを思わされます。

最後に同じく『夢助』に収録されている「激しい雨」という歌も紹介しておきましょう。
こちらは、RCサクセションでギターを弾いていた清志郎の盟友“チャボ”仲井戸麗市さんとの共作曲です。

  海は街を呑み込んで ますます荒れ狂ってる
  築き上げた文明が 音を立てて崩れてる
  お前を忘れられず 世界はこのありさま
  
  季節外れの 激しい雨が降ってる
  歩き出した未来は 冷たく濡れたままでも
  誰もが見守ってる
  世界は愛し合うのか

  Oh 何度でも 夢を見せてやる
  Oh この世界が平和だったころの夢

  RCサクセションがきこえる
  RCサクセションが流れてる

サイクリング・ブルース ~自転車を盗まれ~

2018-02-14 22:46:07 | 日記
本日、福岡県南部の久留米市というところに行ってきました。

撤去されていた自転車を引き取りに行くためです。

といっても、私が駐車違反をしていたわけではありません。

もう半年ほども前に自転車にカギをかけ忘れて盗まれてたんですが、その自転車が放置自転車として撤去され、その連絡が私のところにきたのです。

盗難届を出していれば警察が返してくれたんでしょうが……

あいにく、どうせもう戻ってこないだろうとあきらめて盗難届を出していませんでした。

そのため、撤去費用1560円を私が払わなければならない羽目に。


なんで自転車を盗まれた上にこっちが撤去費用を払わねばならんのだ、と。
怒り心頭、はらわたが煮えくり返る気持ちで久留米に向かいました。

保管場所にいってみると、私の自転車は犯人のやつめによってカスタマイズされていました。
自転車のサドルがありえないぐらい高い位置にあげられており、ビニル傘まで差し込まれ、すっかり「私の自転車ですけどなにか?」という顔をしているのです。そうして盗んだ自転車を乗り回してるんですから、憎らしいじゃありませんか。

しかも、被害はそれだけではおさまりません。

犯人は、しっかり自転車に鍵をかけていました。
いっぽう私は鍵がないために、錠を切断しなければいけなかったのです。

こういう事態はよくあるのか、そのために「錠切断依頼書」というものがあって、名前や住所を記入して切ってもらいます。
これに費用はかかりませんが、新しく鍵をつけるのはもちろん自腹。
さらには、後輪がパンクしており、その修理費用までこちらが負担することに。


総額4,630円……

これだけあれば、俺の本が6冊も買えるじゃねえか。

盗んだ奴は、とりあえず『ホテル・カリフォルニアの殺人』を6冊買え。
それでチャラにしてやるから。
そう思いました。

自転車を盗まれていた間の不自由や、引き取った自転車をこいで自宅まで帰る労力も考えれば、とてもそれでは引き合わないんですがね……


そういえば、今は亡き忌野清志郎も自転車を盗まれたことがあったなあ……そんなことも思い出しました。

自転車にはまっていた清志郎はかなり高級な自転車を持ってましたが、それを盗まれ、そのことを歌に歌ったりもしています。


せっかくなんで、忌野清志郎の話をもう少し。
清志郎の自転車愛は、彼に「サイクリング・ブルース」という歌を作らせ、また同じタイトルの本も出ています。

 

  自転車はブルースだ

と、本の中で清志郎はいいます。

  クルマや観光バスではわからない。走る道すべてにブルースが
  あふれている。楽しくて、つらくて、かっこいい。
  憂うつで陽気で踊り出したくなるような
  リズム。子供にはわからない本物の音楽。
  ブルースにはすべての可能性がふくまれている。
  自転車はブルースだ。底ぬけに明るく目的地
  まで運んでくれるぜ。
                     (忌野清志郎『サイクリング・ブルース』より)


結局、盗まれた清志郎の自転車は、清志郎のもとに戻ってきました。

盗まれた自転車は、意外と戻ってくるものみたいです。
思い返せば、私は中学生か高校生ぐらいの頃にも自転車を盗まれたことがありますが、その自転車も戻ってきました。そして、今回も戻ってきました。

しかし、そこからが一苦労です。

自転車を盗んで使っていた人は、私の行動範囲からだいぶ離れたところで放置していたようです。そのため、自宅からかなり離れた久留米で保管されており、そこから一時間ほどもかけて自転車をこいで帰らなければならなかったのです。

その自転車で帰る途上、私は歌のほうの「サイクリング・ブルース」を思い起こしていました。


  愛してるよ 愛が必要だ
  ベッドの中に溢れてるはずだ
  今夜も愛が溢れているはずだ

と、清志郎は歌っています。
うっかり鍵をかけ忘れるともう自転車を盗まれるこんな世の中……
本当に愛が必要だなあ、と思いました。

『The Beatles 音源徹底分析』

2018-02-13 16:13:47 | 日記
こんな本が出ているそうです。


 
 

ブートレグ音源まで含めて、ビートルズの音源を詳細に分析しているとのこと。

ビートルズの曲を一曲ずつすべて分析した本というのはすでに世の中に存在していて私も読んだことがありますが、ブートレグまで含めてというところがすごいですね。しかも、音楽的にかなりディープな分析をしているようです。
これは興味をひかれますね。

上下巻に分かれていて、上巻は、ビートルズがライブバンドであった時代を、下巻は、ライブ活動をやめて実験的な音作りに取り組んでいた時代について書いているそうです。

この分け方については、なるほどと思わされます。
ロック探偵として、その点について少し私なりに解説をくわえておきましょう。

ビートルズは、それほど長く活動していたわけではありませんが、前半と後半では音楽性が相当に変化していることで知られます。
前半はジョン・レノンが中心で、ライブ・パフォーマンスを重視していましたが、後半はポール・マッカートニーの存在感が増していき、スタジオでの活動に専念するようになりました。逆回転のように、ライブでは再現できないような手法を多用し、レコーディングもパートごとにわかれてやるようになっていきました。前半では、スタジオでみんなで演奏してそれを録音していたんですが、後半では、ドラムはドラムだけ、ベースはベースだけ……というふうにレコーディングして後で重ねるという形になります。多重録音や事後的な加工も施されるようになり、Revolution 9 のような奇妙な作品が生まれる土壌ともなりました。このようなスタイルの一つの到達点と目されているのが、かの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』であり、ビートルズのこのような変化はロックの変遷の反映でもあります。

……というわけで、ビートルズの活動を前半と後半に分けて記述するというのは、理にかなっているわけです。
価格は、上下巻あわせて1万円ぐらいで、決して安いとはいえませんが、しかし興味をそそられます。ビートルズファンの方なら、読んでおいて損はないんじゃないでしょうか。

《追記》
こんなこと書いておいてなんですが、私は実際にこの本を読んではいません。
ではなぜこのような記事を書いているのかというと、ぶっちゃけたところ、著者ご本人から営業(?)の連絡をいただいたからです。

本を出した以上は、できるだけたくさんの人に手にとってもらいたい。その気持ちは、痛いほどわかります。なので、ご紹介させていただきました。

菜の花忌 この国はいま坂道のどこに?

2018-02-12 12:55:37 | 日記
今日2月12日は、菜の花忌。

歴史作家・司馬遼太郎の命日です。

私も、大学生ぐらいの頃にはよく司馬作品を読んでました。
その後歴史ものからはちょっと遠ざかってしまったのでそれほど熱心な読者でもありませんが、「菜の花忌」という言葉の由来となった『菜の花の沖』も読みました。

 

乱世の英雄的な人物を多く描いたシバリョウではありますが、『菜の花の沖』では商人が主人公で、大阪出身の彼は、やっぱりそういう大阪商人的な気質が根っこにあるのかとも思いました。

そんな「菜の花忌」なんですが、数日前、これに関連してちょっと残念なニュースがありました。

大阪にある司馬遼太郎記念館で菜の花忌にあわせて植えられていた菜の花およそ800本が、切り取られていたというのです。つぼみ状態のものばかりが狙われていて、食用にされた疑いがあるといいます。

このニュースを聞いて私は、なんだかいまの日本を戯画的に象徴しているような事件じゃないかと思いました。

司馬遼太郎といえば『坂の上の雲』なんかも有名ですが、あの作品に描かれていたのは、坂の上を目指して登ってゆく日本でした。

ところが、いまの日本はもう坂を転がり落ちていっているのではないか。

このあいだ白菜を畑丸ごとぶん盗まれたという話もありましたが、いまの日本は貧困が相当に広がり、畑に植えてあるものを根こそぎ盗んで食べるというところまで人心を荒廃させているんじゃないか。

そしてそれが、上昇していく日本を描いた司馬遼太郎の記念館で起きたとしたら、なんとも皮肉なことだと思えたのです。

なんだか最近こんな記事ばかり書いているような気がしますが……
しかし、これも、この国のおかれた現状をまず直視しなければならないと思うがゆえです。
日本が衰退しつつあるというのは、かなり広範に共有されている認識だと思われます。鳴り物入りで作られた「下町ボブスレー」が結局平昌オリンピックで使用されないなどという話もありましたが、“技術立国日本”という看板が名ばかりのものになりつつあるのは否定しえないところでしょう。
過去の栄光にすがってみてもどうしようもありません。
もう、日本の技術的優位というのも幻想にすぎないという現実を踏まえたうえで、じゃあどうするかということを考えなければならない段階にきていると思います。へたに「日本はこんなにすごい」というようなことばかりいって自らを慰めるだけでは、本当に坂道を転がり落ちていってしまうでしょう。

ここで、例によって名曲を一曲。
ボブ・ディランの Like a Rolling Stone です。

  昔きみは素敵に着飾って
  物乞いたちに小銭をめぐんでいたね
  みんなはいった
  “気をつけな、そのうち転落しちまうぞ”と
  君はそんな言葉をつまらない冗談だと思っていた

  うろつきまわる連中を君は笑っていたけれど
  いま君は、大きな声で話さない
  誇らしげにもみえない
  次の食事をごまかさなけりゃならないことに
  
  どんな気持ちだい ひとりきりでいるのは
  どんな気持ちだい 帰る家がないのは
  どんな気持ちだい 石のように転がり落ちていくのは……

以上、菜の花忌からの雑感でした。
司馬遼太郎の話だったのに、なぜか最後はボブ・ディランになるという……