ロック探偵のMY GENERATION

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谷崎潤一郎「白昼鬼語」

2022-07-30 21:06:01 | 小説


今日7月30日は、「谷崎忌」。

谷崎潤一郎の命日……ということで、今回は小説記事として谷崎潤一郎について書こうと思います。

谷崎といえば、耽美派の筆頭というふうにいわれるわけですが、ミステリー風味の作品をいくつか書いてもいます。で、そういう傾向の作品を集めた『谷崎潤一郎犯罪小説集』というものがありました。


小説カテゴリ記事では、だいぶ前に坂口安吾の推理小説論というのを紹介しましたが、そこで安吾も言及しているように、案外昭和初期ぐらいの作家はミステリーっぽいものを書いている人が少なくないようです。谷崎潤一郎や佐藤春夫といった人たちもミステリー的な作品を書いていて、それらは安吾にも影響を与えたといいます。

安吾の場合は“ブンガク”的要素を完全に切り離すことで、むしろ本職の推理作家以上の純度で純・推理小説を書いた……と、このブログで私は評しました。
では、谷崎の場合はどうか。
彼の場合は、あくまでも自身のホームグラウンドである耽美主義文学の方向からアプローチしているように思われます。この小説集に収められている一編目「柳湯の事件」がまさにそうでしょう。ここに描出されているのは、まさに谷崎の世界です。
ただそれゆえに、“推理小説”では決してありません。
書く側にも、読者の探偵小説的興味を満足させようという意図はないでしょう。もしこの事件がミステリー的に解決されていたならミステリー史上に残る傑作となったことは疑いありませんが、残念ながらそういう話ではないのです。
ほかの三篇もおおむねそんな感じで、謎が提示されてそれを解決するという筋立てには必ずしもなっていません。そうであるがゆえに、逆に推理小説としてみるとちょっとひねりのある作品というふうに見える部分もあり……案外新鮮な感覚を楽しめるかもしれません。

感覚としては、江戸川乱歩に近いものを感じます。
妖艶・耽美・猟奇……しかし、その奥底にひそむ冷徹な理性。これはまさに、乱歩の世界でしょう。谷崎は乱歩にも大きな影響を与えているといいますが、なるほどそれもうなずけます。


「白昼鬼語」は、この短編集の中で最長の作品です。

これはまさに、乱歩の世界と私には思えました。乱歩の作品を、もう少しミステリー性を薄めて耽美主義文学のほうに寄せたというか……黒蜥蜴をほうふつとさせる女賊や、節穴から室内をのぞきこむという窃視趣味、そして、ここでは探偵小説ふうの推理も展開されます。ポーの「黄金虫」をもとにした有名な暗号解読なんかが出てきますが、乱歩からさらにポーに踏み込んでいるわけです。
物語の結末部分でも、乱歩がよく使った手法が用いられています。それは乱歩が自身の悪癖とみなしていたものなのですが……この作品においては、むしろそれが深い余韻を生み出しているようにも感じられます。乱歩がこの手法を使うとき、それは耽美主義の暴走を理性が押しとどめたというイメージですが、この作品においては逆に、この結末によって耽美主義が理性の世界を浸食しているように思われるのです。

めくるめく狂気の美――その一端が表れた箇所を、以下に引用してみます。
(私の読んだ版は現代仮名遣いですが、そっちのほうが雰囲気が出るんじゃないかということで旧仮名遣いに変換してみました)

…昨夜節穴から覗き込んだ室内の様子は、たしかに殺人の光景でありながら、それが一向物凄い 印象や忌まはしい記憶を留めてはゐない。其処には人が殺されてゐたにも拘らず、一滴の血も 流れてはゐず、一度の格闘も演ぜられず、微かな呻き声すらも聞えたのではない。その犯罪はひそやかになまめかしく、まるで恋の睦言のやうに優しく成し遂げられたのだ。僕は少しも寝覚めの悪い心地がしないで却つて反対に、眩い明るい、極彩色の絵のやうにチラチラした綺麗なものを、ぢつと視詰めてゐたやう な気持ちがする。恐ろしい物はすべて美しい、悪魔は神様と同じやうに荘厳な姿を持つてゐると云つた彼女の言葉は、単にあの宝玉に似た色を湛へた薬液の形容ばかりでなく、彼女自身をも形容してゐる。あの女こそ生きた探偵小説のヒロインであり、真に悪魔の化身であるやうに感ぜられる。あの女こそ、長い間僕の頭の中の妄想の世界に巣を喰つてゐた鬼なのだ。僕の絶え間なく恋ひ焦れてゐた幻が、かりにこの世に姿を現はして、僕の孤独を慰めてくれるのではないだらうかと、云ふやうにさへ思はれてならない。あの女は僕のために、結局僕と出で会ふために、この世に存在してゐるのではないだらうか。

実際、このせりふを語る人物は「生きた探偵小説のヒロイン」に近づいていき、そこから痴人の愛みたいなことになっていくわけです。
痴人の愛に展開していくのが、純粋にミステリーではないところであり、逆にミステリーとしてみると斬新な部分ということになるでしょう。その倒錯……江戸川乱歩という大河に流れ込んでいく一つの支流を、たしかにここに見て取れることができるのです。




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