ロック探偵のMY GENERATION

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江戸川乱歩「芋虫」

2018-04-08 17:06:55 | 小説
今回は、小説レビューです。
テーマは、おそれおおくも江戸川乱歩。
以前、横溝正史について書いたので、その流れで、横溝にとって友人でありライバルでもあった乱歩御大についても書こうというわけです。

紹介するのは、「芋虫」という短編です。

 

以下、この作品が発表されるまでの経緯を簡単に書いておきましょう。

江戸川乱歩は大正末から昭和にかけて、『一寸法師』という作品を書いていました。
この作品は、世間的にはなかなか評判がよかったようですが、乱歩自身にとっては非常に納得のいかないものでした。この作品のことで自己嫌悪に陥った乱歩は、執筆活動をいったん休止し、放浪の旅に出ます。
そうして一年半が経った頃のことです。
『改造』という雑誌から依頼を受けて、乱歩は新作を書き始めました。しかしながらこの作品が、書いているうちにページ数がふくれあがり、以来枚数の4倍にもなってしまいます。そこで、『新青年』というべつの雑誌にまわすことに。
こうして発表されたのが、「陰獣」です。
そのとき、『新青年』の編集長をやっていたのが、横溝正史でした。横溝はこの作品をたいへん高く評価し、彼がプッシュしたこともあって、「陰獣」は大ヒットしました。

ちなみに、休筆の時期に横溝はたびたび乱歩に復帰を働きかけていたそうで、根負けした乱歩も一度作品を書いています。その作品は失敗作としていったん破棄されましたが、その後、それをもとにした別作品として『新青年』に発表されました。これが、“幻想文学の傑作”と評される「押絵と旅する男」です。

さて……「陰獣」と同様、『改造』の依頼で書いたものの結局は『新青年』に掲載することになったもう一つの作品があります。

それが、「芋虫」です。

「芋虫」は、乱歩の代表作の一つといっていいでしょう。
読んだことがあるかどうかは別としても、中身について知っている人は結構多いんじゃないでしょうか。戦地での負傷によって手足を失って帰国した男と、その妻との生活を描いた作品です。いかにも乱歩らしい奇怪なモチーフで、好きと嫌いとにかかわらず、読者にいいしれぬ印象を残すことはまず請け合いでしょう。

昭和4年にこの作品が発表されると、その内容が“反戦的”とみられたことで、左派系の人たちから評価を得たようです。これからもこういう反戦的な作品を書けといったような手紙が、乱歩のもとに何通も届いたということです。

乱歩自身は、この作品のイデオロギー性を明確に否定しています。
いわく、「この作品は極端な苦痛と、快楽と、惨劇とを書こうとしたもので、人間にひそむ獣性のみにくさと、怖さと、物のあわれともいうべきものが主題で」あり、「反戦的な事件を取り入れたのは、偶然それが最もこの悲惨を語るのに好都合な材料だったからにすぎない」。

しかし、多くの読者は、いやおうなしにそこに“反・戦争”をかぎとらずにいられないでしょう。(イデオロギー臭を避けるために、あえて“反戦”という言葉を使わずに“反・戦争”といっておきます)

“芋虫”と表現される須永中尉は、その武勲によって勲章を授けられ、はじめは名誉、名誉と騒がれていました。しかし、一時の興奮が冷めると、世間は見向きもしなくなり、縁者たちも、その芋虫のような姿を気味悪がって近寄らなくなります。そうして、世間から隔絶された暮らしをしていた夫妻に、悲劇が訪れる……「芋虫」は、そういう話です。

これはやはり、たとえ本人のそんな意図がなかったとしても、戦争のもつ非人間性を告発しているように読めるわけです。
先ほどの乱歩自身の言ですが、「人間にひそむ獣性のみにくさと、怖さ」を描くために戦争を題材にしたというのなら、それはもう立派な“反戦”ストーリーでしょう。

私は、江戸川乱歩という人は本質的に戦争というものと相いれない人だと思うんですね。

彼は、“ストレート”ではありません。

窃視趣味や、自意識の過剰、倒錯的傾向……およそ、戦争というものが求める豪胆や勇壮といったこととは正反対にあるのです。そしてそれゆに、イデオロギーといったこととは無関係に、戦争への反対者とならざるをえないのです。

乱歩作品の多くが戦時中にはそのまま発表できなくなっていたという事実が、そのことを物語っています。
乱歩の作品の多くは、戦時中は「一部削除」というかたちになっており、そして、「芋虫」にいたっては、全文発売禁止となっていました。
はじめのほうに、この作品は『改造』の依頼で書いたものの『新青年』に掲載された……と書きましたがそれも、この作品が“反・戦争”性を色濃く備えていたためです。
『改造』という雑誌は、当時“その筋の人たち”からにらまれていたそうで、その状況でこの作品を掲載することはとでもできないというので、乱歩に原稿を突っ返したのです。娯楽雑誌ならばそういう心配はあまりしなくてもいい……ということで『新青年』に発表されたわけですが、それでもタイトルを「悪夢」とあらため、中身のかなりの部分を伏字にするという“配慮”がなされました。それが、太平洋戦争というところにいたって、とうとう全文発売禁止となったのです。
これも、江戸川乱歩という作家が本質的に持つ“反・戦争”のゆえであろうと思います。
本人の意図がどうであろうと、乱歩作品は、軍事優先のマッチョ国家が国民に求める“道徳”を根本から否定する危険な書なのです。そして……だからこそ、私は乱歩が大好きなのです。


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2 コメント

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こんばんは! (トロ)
2018-04-08 17:42:53
僕も江戸川乱歩は大好きです。
そして特に「芋虫」は傑作中の傑作だと思います。
海外でも、同じようなテーマといいますか、
反戦的なメッセージ性があるものとしては、
ダルトン・トランボの「ジョニーは戦場へ行った」がありますね。
僕はこの作品も好きですが、村上さんはいかがですか。
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恥ずかしながら…… (村上暢)
2018-04-09 00:27:13
トロさん、いつもありがとうございます。

「ジョニーは戦場へ行った」ですが、恥ずかしながら私は読んでないんですね……

有名な作品であらすじも聞かされていたりすると、なかなか実際には読まないというケースが、私の場合多々ありまして……「ジョニーは戦場へ行った」も、そんな作品の一つになってしまってます。そんなことではいかんのですが。
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