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むらぎものロココ

見たもの、聴いたもの、読んだものの記録

ブルーについての哲学的考察

2005-03-17 02:35:30 | 本と雑誌
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Wassily Kandinsky
「黄・赤・青」1925
Gelb-Rot-Blau


ウィリアム・H・ギャス「ブルーについての哲学的考察」(論創社)

このエッセイは、ブルーへのオマージュである。
ブルーな言葉が列挙され、次々と連結しながらイメージの奔流となってほとばしるさまに圧倒される。また、それと同時に「セックスが文学に入り込む5つの方法」について書かれたものでもあり、その5つの方法とは次のようなものである。

1.性的な素材を―性的な思考、行動、願望を―直接に描写する
2.さまざまな種類の性的な言葉を使用する
3.間接的な表現の中心である、芸術家のわざの精髄としての置き換え
4.空のように青い目
5.恋人のように言葉を使うこと

6.ブルーな言葉の3つの機能(色としてのブルー、語としてのブルー、プラトン的イデーとしてのブルー)

文学におけるセクシャリティは場面や主題でもなく、野卑な言葉にでもない、うまくつくられた愛のページの上にある。ここでは従来のリアリズム文学の限界が示されてもいるのだが、ギャスが思うところの文学というのは、現実や自然を超えて、読者の前に新しい世界を言葉によって創造する(作品を愛撫する)ということである。
誰よりもそうすることができたヘンリー・ジェイムズを讃えながら彼は次のように書いている。

「もし私たちが彼の文章であったら、たとえ私たちが死のうとしていて、絶滅に瀕していても、私たちはみずから歌を歌うだろう。なぜならば、私たちが去ったあとの沈黙は、騒々しい列車があとに残す静止とはちがうからだ。それは記念碑となるだろう。」

哲学的考察ということでは、これまでの哲学が感覚を理性の支配下に置き、色彩を見せかけのものとして、非本質的なものとしてきたことへの批判的な言及がなされており、このあたり、ミメーシスとファンタジア、あるいは表層と深層といった問題とクロスさせてみると面白いかもしれない。

さらに「ブラウエ・ライター」カンディンスキーの「抽象芸術論」が引用される。

「ブルーは内部の生命の色としてもっともふさわしい」
「(ブルーは)ほとんど人間的なものを越えた嘆きをこだまする」
 
あらゆるものから遠く離れ、卑俗なものから高貴なものまで、全てを吸い込むブルー。
この本はブルーの国の住人、すなわち「恋人のように言葉を使うこと……愛を表現する言葉ではなく、言葉を愛すること」ができる人間や作品とともに自ら歌う読者のために向けて書かれたものである。

「物ではなく意味、舌が触れるものではなく、舌が形づくるもの、唇や乳首ではなく名詞や動詞だ。」
  
ブルーな言葉のために、ブルーな物事を棄てること。


カーペンターズ・ゴシック

2005-03-16 20:23:27 | 本と雑誌
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William Gaddis(1922-1998)

ウィリアム・ギャディス「カーペンターズ・ゴシック」(本の友社)

カーペンターズ・ゴシックというのはアメリカ独自の建築様式で、新大陸で身近に手に入る材料と技術を使ってより貴族的なヨーロッパのゴシック様式を修正したものである。
<ahref="http://muragimo.blogzine.jp/muragimo/images/carp-goth.html" onclick="window.open('http://muragimo.blogzine.jp/muragimo/images/carp-goth.html','popup','width=204,height=165,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false">carp-goth「彼らが利用できたのは素朴だがたよりになる材料―つまり、木材とハンマーとノコギリと自分たちの荒けずりな創意工夫だけであった。彼らはこれらを用いて名匠が達した壮大なヴィジョンに自分たちのささやかな独自性を加えて、それを人間らしい規模にまで縮小させたのだった。要するに、奇想と借用と嘘の寄せ集めだった」
 
複雑化する社会と過剰な情報によって世界の全体像が把握できなくなってしまった。こうした状況のなかで、個人の主体性などあり得るのか、あり得るとしたらどんなかたちでなのかというのが、60年代くらいからのアメリカ文学の大きなテーマの一つだろう。無垢な状態への回帰を願い、秩序やモラルの回復を願ったりして、もう一度最初からやり直せたらどんなにいいだろうと不可能な夢を見たり、あるいは複数の自己といい、主体なき相互変換を地でいってみたりもするわけだが、いずれもさしたる有効性を持つとは思えないほどに現実は厄介なものだ。無垢な状態への回帰を志向することが、例えば原理主義的な狂信によるテロ行為と隣り合わせだったり、カメレオンのようにうまく泳いでいるつもりが泳がされているだけだったりということもあるだろう。ここで思考停止に陥らず、安易な答を求めることもなく、パラノイアックにありもしないものを捏造し、様々な陰謀説を実体化することもないバランス感覚が必要になるのだが、その基準自体が揺らいでしまっている。
小説はこうした複雑な社会をとらえようとするためにどんどん読み難いものになっていく。それはとらえがたい現実社会のアナロジーであり、謎が解決されない推理小説のようでもある。ただ、安易に答を与えないという点において、作家の誠実さがそこに担保されていると言えるだろう。
この「カーペンターズ・ゴシック」においても、噛み合わない会話がえんえんと織り成されることによって一義的に処理できないノイズめいたものがどんどん膨れあがり、何が正しくて何が虚偽であるかの判断も容易につかない事態に読む者も巻き込まれていく。

→マルカム・ブラッドベリ「現代アメリカ小説」(彩流社)
  第三章 レイト・ポストモダニズム


ジェラルドのパーティ

2005-03-15 02:50:12 | 本と雑誌
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Robert Coover(1932- )


ロバート・クーヴァー「ジェラルドのパーティ」(講談社)

「パロディとは形式あるいは死の生への侵入である」

きれぎれの会話の断片がつぎあわされ、脈絡もなく(ときには絶妙に絡み合い)次々にたちあらわれては泡沫のように消えていく。誰にでも身体を開き、誰もがその交わりを人生の至上の時と感じているような女優ロスの死から始まるパーティは、特権化された主人公が活躍する物語の死であり、そのような物語の解体、分散化であり、また推理小説のパロディでもあって、最後まで事件の謎が解かれることもなく、誰一人納得できない犯人の確定によってなしくずしに「解決」されてしまう。死はありきたりの事柄のように放置され、パーティは続いていく。ホストであるジェラルド夫妻はそうした状況にあって、もはやパーティを仕切れず、せいぜい料理のことを心配するくらいだし、次々に起こる出来事を受け入れることしかしない。個人の持ち物はいつのまにか区別なく複数の人間に共有され、人違いを誘発する。パーティの参加者は仮面をつけた道化のように(あるいは日常の仮面をはがされて)それぞれの役柄を演じ、カメラの前で醜態を晒したりもするが、この祝祭的な空間においては、日常の生活では隠蔽される性や死、排泄物、そして様々な欲望が顕在化し、そのことが当然のことのように受け入れられるのだ。

自分のことを事細かに語り尽くす語り手の存在もなく、登場人物に確固たる性格を与え、効果的に配置しながらドラマを構成していく作者の存在もないこの猥雑な小説に対しては、それを腑分けし、ノイズの中から主旋律を取り出すような読み方にこだわることもない(例えば「ジェラルドのパーティ」を演劇と恋愛をめぐる小説として読むことは、従来の小説が扱ってきたテーマである恋愛とハイ・カルチャーとしての演劇を特権的なものとして見ているに過ぎないのではないかということはあるし、「物語の死」や「作者の死」をことさらに強調することもないのだろう)。すべては等価で(あるだろう)、何を読みとればいいのか、読者に手がかりは与えられていない。 

料理を手に取るのは自由。パーティの混乱に乗じて壁にかかっている絵を盗んだり、クローゼットの中にある衣裳を盗むのも自由。読者それぞれの関心に応じて気ままに参加し、せいぜい楽しめばいいのであって、関心のないところまで立ち入る必要もないが、何か話しかけでもしない限り、ぽつねんと心もとなく取り残されるだけだろう。速やかに立ち去るか、せめてボトルでも手に持って、タイミングをとらえて会話の輪の中に入ること。そこには芸術についての会話があり、奇妙な殺人事件の話もあり、数多のゴシップにも事欠かない。面白いパーティだったと思えば、今度は自分がホストになってパーティを開いてみるのも一興だが、つまらないと思えば途中で抜け出してしまってもかまわない。パーティなんてそんなもの、文学なんてそんなもの。ポストモダンの最初で最後のパーティにカタルシス(オルガスムと言うべきか)はない。


梶井基次郎覚え書き

2005-03-14 21:11:27 | 本と雑誌
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梶井基次郎(1901-1932)
  
梶井基次郎「若き詩人の手紙」(角川文庫)

1920年(大正9年)9月9日畠田敏夫宛書簡
「元来身体が悪いので四六時中安静にしていることができない、机の前にすわっても不自然だし(不自由と訂正すこの自由という要件はすわっていてもすわっているというような気のしないこと、まったく足のやり場などの無心にありうること、心が肉体の苦痛によりその甘き想像を犯されざること)横になっても本が読めないゆえに大根の種をまくために兄さんが耕しておいた畑の土の上へ、身体を横たえて、夜露のちゅるちゅる啼くのをききたいのは必然なんだ、ちょうど海を見て飛びこみたくなるのと同じところだ。それに俺は空の星を見ると無際限という気がすーっと頭へしみて本当に聖い想像に身を狂わせることに悦楽を感じるんだ。」

梶井基次郎のこの書簡の文章で注目に値するのは、自己の身体を常に意識せざるを得ず、そのことを不自由と感じていることだ。病により、自己の身体が自己とは別の何かのように思えるということはよくあることだが、このような身体の分裂は梶井の中に大きな影を落とすことになる。このような不自由さを感じるということは、対象を常に異化していくことと結びつく。つまり梶井のこの病が、彼の感受性の身体的根拠となっているのである。分裂から再融合へ向かう欲求も強くあらわれる。それは自然との直接的な接触を通じて胎内回帰願望にも似た全的な連関が求められているし、それが大いなるエロスという、プラトン的な調子で表されている。

1922年(大正11年)4月14日近藤直人宛書簡
「私は近ごろ詩を作ります。みな未成品ばかりです。音楽および絵画のような効果をもたらす詩です。いろいろな色彩的な文字でデコボコに塗って、シンフォニーだと言ってやるつもりです。」

ここでは創作についての考え方を読み取ることができるが、視覚的なイメージを強調している。しかし、ある意味では、色彩のトーンや配色の様々な組み合わせに音楽を聴き取ろうとしていることがうかがえる。梶井が文学において文字のもたらす効果や、言葉の音楽性、そして手法を意識化することの重要性に気づいているのは興味深い。音を見ること、色彩を聴き取ること、このような感覚の錯綜は、あらゆる領域へと広がっていくだろう。
イメージの置換、アナロジー。

1922年(大正11年)7月7日宇賀康宛書簡
「俺は刻々と偉大になってゆく。考えてみると俺の結晶は素敵に長くかかるような気がする。それだけコンパクトな麗しいものが光を放つようになると思っている。混沌(カーオス)はだんだん広がってゆく、すなわち偉大なる宇宙(コスモス)を造るために。」
 
この文章は、梶井基次郎の代表作「檸檬」を予言しているようでさえある。そして、彼の思考のパターンを示す一つの例でもある。結晶化、そして混沌から宇宙へというような、プリゴジーヌ的生成。シュトルム・ウント・ドランクとしての彼の生活から色鮮やかなレモンが生成する。

1923年(大正12年)1月28日宇賀康宛書簡
「この間病者孤独論を草して君に捧げようと思ったが、論旨をデベロープするのにこじれてしまって、可惜、名論文は堕胎されてしまったが、この一端をここに言えば。結論は病人は彼の苦痛においてユニークなアインザムなものでそれを看護する人や慰める人の愛が素直に受け入れられないというのである。……感覚の記憶ということが、ただ概念としてしまい込まれているだけで、記憶を再現する時に如実に感覚の上に再現できないことであると思う。……人間が登りうるまでの精神的の高嶺に達し得られない最も悲劇的なものは短命だと自分は思う。……自分はファウストの貯積せられた知識が欲しくって仕方がない。」
 
病者孤独論とは、他者と共有しえないものを持っているがゆえ孤独を感じてしまうことを言っているのであり、それが病気であろうと詩的感受性であろうと同じことだ。このように梶井基次郎の場合は、病と才能が同義的にとらえられていることがわかる文章が多く、ここからも「感受性の身体的根拠としての病」の機能が見て取れる。
病んでいるという自覚から、自分に残されている時間がわずかしかないことを特に思い知らざるを得ないとき、しかし学ばなければならない知識や高めていくべき人格といった理想とするものとの距離に絶望せざるを得ない。この落差がアイロニーを生み、その落差が横滑り式にずれていく。すると、ファウスト的知性への憧憬といったものが、いつのまにか、無為な生活に甘んじてしまうことにすりかわっていく。
梶井基次郎にとって表現行為とは、概念としてしまいこまれてしまったものに具体的な感覚を付与し、再び生き生きとしたものにすることだろう。

1927年(昭和2年)5月6日淀野隆三宛書簡
「僕はだんだん意識して静的なものを書いてゆくつもりだ。このごろは誰も動的Dynamicということを心がけているようだが、僕は反対にますますStaticなものを書いてゆこうと思っている。」
 
湯ヶ島での療養生活で、梶井基次郎は病を克服するというよりは、病と共存するとでもいった境地に至ったのではないか。それから彼は、自己を無にして、一つの分光器のように対象をありのままに観察していくようになる。しかし、このことによって、病に閉じこめられていた彼の自我は、驚くべき自由度を獲得し、視点は様々な対象へと転化されていき、そのような複数の視点の交錯する場所としてのテクストが展開されていく。これはいわば「静中の動」といったもので、ここから梶井基次郎と西田幾多郎の「場所」とのつながりを見ることができるように思う。

1927年(昭和2年)11月11日淀野隆三宛書簡
「『器楽的幻想』とは自分かってな言葉だが器楽が達者に弾かれると下手がやればいかにも楽器でその音を作っているような気がするのと反対に音がその動作と遊離し動作がまた音とは遊離しているような幻想が起こる。」
 
楽器を操作していると意識することもまた不自由ということで、病のために自己の身体を意識せざるを得ない梶井の不自由と重なることは言うまでもない。反対に、自由に演奏された音楽は、まさにイデアのように天から降ってくる。弾いているのに弾いていないようなそして音楽の表情が演奏の狂いによって少しも乱されないということ。このようなイデアを梶井基次郎は求め続けていたのではないか。技術・手法を意識することなしにそれをこえた何かを彼は求め、受け入れようとした。「器楽的幻想」という彼の短編はコンサートホールの観客席で不意に自己の孤独を自覚する男の話だ。これはつまり、音楽に陶酔している間は、それによって自己と身体の分裂、他者との乖離などを忘却することができるということで、さきの「病者孤独論」とも関係してくる作品だと言える。

1927年(昭和2年)12月14日北川冬彦宛書簡
「心に生じた徴候は生きるよりもむしろ死へ突入しようとする傾向だ(しかし、これは現実的にというよりも観念的であるから現実的な心配はいらない)僕の観念は愛を拒否しはじめ社会共存から脱しようとし、日光より闇を嬉(ママ)ぼうとしている。僕はこのごろになって『冬の日』の完結が書けるようになったことを感じている。しかしこんなことは人性の本然に反した矛盾で、対症療法的である。特殊な心の状態にしか価値を持たぬことだ。しかし僕はそういった思考を続け作を書くことを続ける決心をしている。」

生から死へ。しかしこれは死から生へという運動に転換する。日光より闇。しかしそれは再び日光と向き合うための運動なのだ。カオスからコスモスへと生成する運動なのだ。特殊な心の状態にしか価値を持たないことを知りながらも彼はなぜ言うところの「対症療法的な作品」を書こうと決心したのだろうか。「病者孤独論」を思い出そう。他者から理解されないゆえに孤立してしまう存在は書くことで他者と関係しようとする。
 
梶井基次郎は、自己の心身の分裂を自覚すると同時に自我と宇宙の分裂にも気づいていた。それを再統合するため当初はファウスト的に、つまり自我によって全てを支配しようとする傾向を持っていたが、やがて、自己を無にすることで対象をありのままにとらえうるような境地に至る。これは主客未分といった非対象的な思惟へと向かうわけだが、しかし、自己と対象がなしくずしに癒着してしまうのではない。西田幾多郎の言う「場所」において、自己も対象も包まれて連関しているのである。これは病を克服しようとすることから病とたわむれ、共存しようとするプロセスなのだ。すなわち病と自己との絶対矛盾的自己同一。


ワインズバーグ・オハイオ

2005-03-13 16:42:02 | 本と雑誌
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Sherwood Anderson(1876-1941)

「ワインズバーグ・オハイオ」(新潮文庫、講談社文芸文庫)

この小説の舞台となっているのはアメリカ中西部にあるワインズバーグという架空の田舎町である。アンダスンはそこに生活する人々を25の連作短篇で描き、そこにジョージ・ウィラードという、作家志望でローカル紙の新聞記者をやっている若者を登場させて諸短篇を貫く有機的な紐帯としている。
時代から取り残されたような閉鎖的な田舎町の、どうにもならない痛ましさを描いていくアンダスンの筆致はストイックなものだ。架空の町を舞台にした連作というアンダスンの手法はフォークナーに影響を与え、その乾いた文体はヘミングウェイに影響を与えたと言われている。
どの話にも誰からもまともに相手にされないような、孤独で、重い過去を引きずり、理解に苦しむ考えを持った偏屈な人物が出てくる。「ワインズバーグ・オハイオ」は因習に満ちた社会の中で、そのような人物たちが心の中に抱えている抑圧されたものをコントロールすることができなくなって爆発させる瞬間を劇的に結晶化したことによる強いインパクトを持っていて、読んでいるうちに偏屈な人物たちの暗い話に人生の真実みたいなものが垣間見え、「売り物にならないひしゃげた林檎の味のよさ」に思わず引き込まれていく。
ohioアンダスンは、都市化が進み、マスメディアが発達することによって、みんなが同じ記事を読み、同じように物事を考えるようになり、個人がどんどん均質化していくことに危惧を抱いていた。この小説の序章的なものである「グロテスクなものについての書」には、「世界が若かった頃は至る所に真理があり、それらは全て美しかった」とある。ところが、人間がそのうちのどれか一つを自分の真理と呼び、それに従って生きるようになると真理は虚偽と化し、グロテスクなものになると言う。アンダスンはそうしたグロテスクな人間の姿を冷徹に見つめながらも告発するようなことはせずに(なぜなら、そうすることは自らもグロテスクになることだから)この小説を書くことによって再び美しいものへと、真理へとかえしていくのだ。
ちなみに、新潮文庫の表紙は夏の終わり、思い出がゆらゆらと輪郭を失い、かすんでいくようなイメージがとても美しい。


探偵小説の光と闇

2005-03-03 01:02:18 | 本と雑誌
野崎六助「北米探偵小説論」 インスクリプト(河出書房新社)

原稿用紙3千枚を費やして書かれたこの本はミステリ評論家としての著者の実存を賭けた畢生のライフワークと言っていいと思う。すべてをこの1冊に投入しようとする狂おしいまでの情熱がひしひしと伝わる。

本のタイトルは「北米探偵小説論」だが、例えばフォークナーやフィッツジェラルドといった作家も論じているし、スタージョンやP・K・ディックといったSF作家を論じたりもしている。また、サム・ペキンパーの映画「ワイルド・バンチ」についても論じられている。そもそも、この本は1910年代から80年代にかけてのアメリカ社会のなかでミステリがどのように書かれてきたかを問うもので、ジャズ・エイジの未曾有の繁栄から大恐慌、第二次世界大戦、世界の覇権を握って以降のベトナムでの失敗、経済的な落ち込みといった流れのなかでミステリは社会の病んだ部分と向き合ってきたとする。そこには社会の矛盾を一身に背負わされたマイノリティの存在があった。アメリカの左翼の政治的な闘争と挫折、黒人やその他の移民たちが受けた差別、社会復帰できないベトナム帰還兵、そしてフリークスやジャンキーといった存在。
こうした視点からミステリを読むと、ヴァンダインのファイロ・ヴァンスは知識人の挫折の物語となり、エラリー・クイーンは成熟に失敗した天才少年の成れの果てになり、ハメットの「血の収穫」の背景にはピンカートン探偵社がスト破りを請け負っていたことが改めて強調されていく。
これらはヒーローとして登場した探偵の没落を意味する。ハードボイルドはヒーローとしてのアイデンティティを守るために行動するタフな主人公を持ったが、社会が複雑化していき、闇が深くなればなるほどヒーローは無力な存在にならざるを得ないのだ。
そこに左翼的なセンチメンタリズムを感じないわけではないが、著者がアメリカの探偵小説から聞き取るものは挫折した者の悲しみであり、無力な者たちのうめき声だ。そしてこの本もまた「虚無への供物」なのだろう。社会の病んだ部分に触れながらもそれをエンターテインメントとしてのみ消費する出版界と読者の存在に対するものとしての。


電子音楽の歴史

2005-02-25 22:16:00 | 本と雑誌
田中雄二「電子音楽 in Japan」(アスペクト)

以前、「電子音楽インジャパン」というタイトルでアスキーから出版されたものの増補改訂版。付録にCDがついて実際に音も聴けるようになった。
この本は1950年代なかば、NHKに電子音楽スタジオが設立されてから現在に至るまでの日本の電子音楽の歴史を、作曲家やその制作を支えた技師、またレコード会社の人間や楽器の販売などを手がけた人たちへのインタビューを中心に構成し、たどっていくもので、細かい文字がほとんど余白のない状態でびっしりと並びそれが600ページ近くにも及ぶという大変な労作である。
moog12音技法とセリー音楽の流れを汲むシュトックハウゼンらの電子音楽とイタリアの未来派を源流とする、ピエール・シェフェールが始めたミュージック・コンクレートを先駆として、日本でも諸井誠や黛敏郎らによって電子音楽が制作されるようになるが、そうした現代音楽のエリートたちによる電子音楽の制作とその一方で映画、ラジオなどの効果音として電子音が使用されるようになっていく。電源や温度など、環境の影響を受けやすい当時の電子機器を使いこなすため、様々な工夫が技師たちによってなされていくが、それら職人技はまさに技術立国ニッポンならではといったところで、こうした部分は「プロジェクトX」的な感じで読める。
また、YMOと当時のテクノ・ポップについてはかなりのページが割かれており、YMO世代には興味の尽きないところだろう。
この本には電子音楽50年の歴史における、芸術的な営為とテクノロジーの発展との関係といったことや一部のエリートによる独占から大衆的に広がっていく過程があますところなく記述されている。未知なる音楽の可能性を追求するツールであったサイン波を発振するオシレーターに鍵盤がつき、鍵盤楽器のようになったかと思うと、プリセットされた音源も備えるようになって、誰もが同じように扱えるものになっていく。こうした流れは、極めて前衛的な芸術であった電子音楽がテクノ・ポップとなり、それが歌謡曲に波及してキッチュ化していくということにもつながるのだが、電子音楽のなれの果てとして、携帯電話の着信音が無機質に鳴ったところでこの本は終わる。もちろん新たな電子音楽の可能性や方向性を見出す作業は今も様々なところで行われているだろう。一時期のクセナキス再評価という動きなどもそのひとつで、いったん原点に回帰して、ありえたはずの方向性を再び見出すということだったと思う。



マーラーの物語批判序説

2005-02-24 01:39:09 | 本と雑誌
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ナターリエ・バウアー=レヒナー「グスタフ・マーラーの思い出」(音楽之友社)

グスタフ・マーラーがアルマ・シントラーと婚約するまで、彼と親しくしていたナターリエがマーラーとの対話を詳細に記録したこの本は、エッカーマンの「ゲーテとの対話」に匹敵するものとされていて、マーラーの音楽観や自然観から、さらには膨大な仕事に追われる毎日に対するボヤキまでも記録されている。
ウィーン宮廷歌劇場の音楽監督として歌劇の上演に様々な改革をし、オーケストラをしごきまくる厳格さと、どこか間が抜けた日常生活のエピソードのミスマッチぶりはなかなか滑稽なものである。滑稽と言えば、しばしばカリカチュアライズされた彼の指揮ぶりだが、それがリハーサル不足の演奏にあって、楽団員に自分の意図を伝えるために身体のあらゆる部位、身振りを利用しなければならなかったという事情があったことを知った。(それゆえに彼はヒゲを剃っていた。唇の動きさえも意図の伝達に利用するために!)
マーラーは休暇中に作曲をした。そのとき雑音を排除するために、彼の傍にいる人たちがさせられる苦労については、ケン・ラッセルの映画「マーラー」にも描かれている。

マーラーは悪しき伝統に毒されたオーケストラや音楽ジャーナリズムを嫌悪していたし、かといって大衆を信頼してもいなかった。彼の音楽は俗っぽい素材を扱うことで伝統の破壊者として現れ、そうした素材をグロテスクなまでに歪めてみることで、ポピュラリティを獲得することもなかった。一楽章だけで、古典派の交響曲全楽章よりも長いとか、増強されたオーケストラが放つ大音響や特異な楽器法が、当時の一般的な聴衆の聴取能力を超えていたということもあるだろう。まさにエクストラヴァガンスといった趣きは、ヴィクトリア朝のむやみに長くなっていった小説と比較するのも面白いかもしれない。そのピクチャレスクな倒錯ぶりや全体をこわす細部への耽溺。そうとらえられてしまうことにマーラー自身は侮辱を感じていたとしても。
むしろドストエフスキーのようなポリフォニックな構造を持っていると言うべきだろうか。ポリフォニーについては興味深い発言をマーラーはしているのである。ある意味、ミュージック・コンクレートやサウンド・コラージュといったものを示唆していると言えなくもない。(ルチアーノ・ベリオの「シンフォニア」にはマーラーの交響曲第2番からの引用がある)。
または、アドルノが指摘したように「ボヴァリー夫人」を持ち出すならば、フローベール=蓮實の戦略、「紋切り型辞典」による「多数者の側にたって多数者の物語を模倣しながら、しかも多数者の説話論的な欲望にしたがって平等かつ民主的な多数者を攻撃することで多数者から身を守る」こと、あるいは「細部に淫することで生じてしまう小説の物語機能の失調状態」といったものになる。物語とは、葛藤・対立しながら最終的に勝利する英雄(芸術家)の物語であり、ソナタ形式である。この物語が調性の崩壊とともに失われていく。もちろん、今では誰もこのような物語を信じてはいないのである。


カネッティ「眩暈」

2005-02-22 18:54:10 | 本と雑誌
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Elias Canetti(1905-1994) 
  
エリアス・カネッティ「眩暈」(法政大学出版局)

人類の失ったものに思いを馳せると、言い様もなく悲しみを覚える。築き上げることの困難と、失うことの容易さ。しかし、その悲しみにいつまでもとどまることはつまらないことだろう。「この全体の秩序は、神や人の誰かがこれをつくったというものではない。むしろいつもあったのだ。そしていまもあり、これからもあるだろう。いつも生きている火として、きまっただけ燃え、きまっただけ消えながら」とヘラクレイトスは言った。

この小説は、最高の中国学者であり、読んだ本の内容は一字一句間違うことなく記憶することができるキーンの話だ。彼はたくさんの本に囲まれ、規則正しい生活をし、すべてを研究に捧げることができた。このような理想的な生活が結婚を機にたちまち崩壊する。妻とのいさかいは絶えず、たまらずに家を飛び出すと、汚辱に満ちた世界が彼を待っていた。弟の尽力でどうにか家に戻ることができ、再び研究に没頭することができるかと思われたが、そうはいかなかった。「このうえなくすぐれた魂は乾燥している」とヘラクレイトスは言った。

独我論的に構築された世界が他者との関わりにおいてあっけなく崩壊するものであること、またそれゆえにたやすく狂気に陥ってしまうことを残酷なまでに示したのがこの「眩暈」ではないだろうか。「ひとりよがりは気違い」とヘラクレイトスは言っている。(もっともこれは彼の言葉ではないと言う人もいる)。
貨幣が支配する世界と対極にある世界では火が支配する。「火は万物の代物」とヘラクレイトスは言った。

「文学空間とは一つの文明が火へと委ね、破壊へ、空虚へ、灰燼へと帰せしめるものであり、図書館こそはその永遠の火災現場である、文学作品はすでに燃え尽きたものとして生まれてくる」とフーコーは言った。


ファウスト博士

2005-02-21 18:41:00 | 本と雑誌
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Thomas Mann(1875-1955) 
 
 
トーマス・マン「ファウスト博士」(岩波文庫他)

この小説は粘菌の記述から始まる。こうした変態する生物に対する関心はトーマス・マンを語るうえでは重要だろう。「詐欺師フェリックス・クルルの告白」でも、昆虫の擬態のようにして自己を危険から守ることが語られていて、そこでは真の自己を見い出すといったビルドゥングス・ロマンがパロディー化され、様々な仮面をかぶり、複数の自己を使い分け、比喩として生きる術が示されてもいた。

「ファウスト博士」の主人公レーヴァキューンは、ニーチェをモデルとして造形された。彼は悪魔に魂を売ったことで新しい音楽理論を手に入れる。(そのほとんどはアドルノ経由のシェーンベルクに負っている)レーヴァキューンが「デューラーの木版画による黙示録」を作曲しているときの、病に犯されながらも、いや、それゆえにこそ溢れる楽想に翻弄され書かされている場面は、ニーチェが「ツァラトゥストラ」を一気呵成に書き上げたというエピソードを髣髴とさせるし、当然のことながら、「病者の光学」という言葉を思い出させもする。

この小説には、芸術がもはや芸術として機能せず、商業主義に取り込まれていく、あるいはキッチュ化する時代の中での芸術家の悲劇が書かれている。孤独か、さもなければ大衆に消費されるか。しかし、問題はそれだけではないだろう。文化、伝統を守ろうという意志が、民族主義、国家主義的イデオロギーに加担し、ひいては芸術から自由を奪い、芸術そのものを抑圧してしまうといった事態をドイツは経験してしまったのだ。

クライストの「マリオネット芝居について」からの引用がある。

 「私たちは無垢の状態に立ち返るためには、もう一度認識の樹の
 木の実を食べなければならないのですね?」
 「さよう」と彼は答えた、「それが世界史の最終章なのです」

原始状態に戻るか、神となるか。ドイツは野蛮化し、レーヴァキューンは悪魔に魂を売った。再び優美さを取り戻すための試みは、誤った結果を生んだ。第三の道は、無垢であることを欲することなく、批評性を研ぎすまし、ぎこちない状態を甘受すること。「交響曲第9番」の、そして「ファウスト」の取り消し。シニカルなパロディーとしてではなく、誠実に取り消すこと。調子はずれな歌が垣間見せるだろう一瞬の輝きをもって。

登場人物のそれぞれがたどる悲劇的な結末が、ドイツの終末に重ね合わされることで、失われたものの大きさがひしひしと伝わってくる。初めの方に書かれた神学論議で、善と悪が論じられ、その関係性が述べられるが、それと同様に、絶望と希望の関係性がとらえられる。人間は神から離れ悪に堕す。しかし、罪を告白し、回心することで神からゆるしを与えられると言ったアウグスティヌスを踏まえ、犯した罪を告白し、回心することで、絶望から希望を見い出そうとする、レーヴァキューンの告白から結末までのなんという厳粛さ。