むじな@金沢よろず批評ブログ

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陳水扁「国家統一委員会廃止」に反対する米国の傲慢と偏見

2006-02-08 22:42:34 | 台湾政治
やや旧聞になって申し訳ないが、陳水扁総統(大統領)が、新正月元旦の談話に続き、旧正月元旦(新暦1月29日)、行事のため訪れた台南県で、中台統一目標を掲げた国民党政権時代の指針「国家統一綱領」と諮問機関「国家統一委員会」の廃止を検討していることを明らかにした。
これはちょうど旧正月休みだったこともあって、私自身が発言の事実や背景などの確認が遅れたために評論を出すのが今日にまでずれこんでしまった。
これは当初報道では「廃止検討」だったが、その後外交部長、大陸委員会主任委員、民進党主席など、政府・与党高官の補足発言が相次ぐ中で、徐々にわかってきたことは、廃止検討ではなくて、廃止することが政府部内でほぼ確定している;政府・与党内ではかなり周到に準備してきた発言だったーーことである。
 もちろん、私は賛成である。台湾の将来を「統一」それもフィリピンでも沖縄でもない、中国との統一だけを前提にして組み立てた綱領や委員会を廃止するのは当然のことである。

 これに対して、例によって中国は反対に決まっているから、この際はどうでもいいとして、許しがたいのは米国の反応である。
 米国務省は早速翌30日に、(1)米国は台湾の独立を支持しない、(2)「一つの中国」政策には変更はない、(3)台湾、中国両政府による現状の一方的な変更に反対する、との声明を発表した。
 そして、陳総統が00年の就任演説で明らかにした「四不一没有」(5つのない)のうち一没有にあたる「国家統一綱領と委員会の廃止という問題はない」という「公約」に違反するのではないかという疑念を呈しているという。
さらにその後の台湾紙の報道では、国務省筋は「米国政府は事前に聞いていない」と主張、ブッシュ大統領も不快感を示したという話も漏れ伝わった。予想以上に厳しい反応を示している()。
 これに対して、台湾の緑系新聞には、「米国が現状についての解釈権を持つ」との見出しで、米国の横暴に不快感を示す報道や、「米国は台湾人の民意を無視するな」という投書が見られた()。
 また、「米国は事前に聞いていない」というのは、どうも嘘くさい。というのもこの廃止問題については、すでに1月23日に姚嘉文監察院長が民進党本部忘年会の席で「先日訪米して在米台湾人の集まりで、国家統一委員会を廃止することを宣言して喝采を浴びた。陳総統にもそれを報告した。今年はぜひそれをやろう」と種あかしをしているし、その後政府・与党高官の発言でも、民進党政権にしては珍しく口裏が合っており、周到に打ち合わせをしたことがわかる。完全に確認できたわけではないが、米国にも通達しているはずである。つまり、米国は嘘をついていることになる。まあ、米国の嘘は今に始まったことではないが。

 米国が嘘をつく一方で、冷たい反応をした理由や背景は、いくつか考えられる。
 ひとつは国民党などの反対で進まない米国からの武器購入予算案審議を進めるための圧力。案の定、7日の台湾各紙の報道によれば、馬英九国民党主席が王金平立法院長に対して国民党として武器購入予算案通過に協力するよう要請したという。なぜ武器購入が関係するかといえば、台湾の独立傾斜を米国がたたけば、台湾の地位は不安定となり、それは軍事力・米国依存を促進することにつながるからである。
 ふたつめは、映画「シリアナ」とその原作などでも描かれているように、米政府機関の官僚主義、ことなかれ主義である。米国は民間セクターが発達していてフレキシブルな社会だと見られているが、政府機関はなかなか官僚的で、かつてのライバルソ連と変わらないレベルの硬直化、事なかれ主義が蔓延している。それが「現状の変更に反対する」というまさに事なかれ主義の言辞に表れる。
 みっつめは、緑系各紙の識者評論や投書でも指摘されていたが()、米国の首都がワシントンDCという東海岸にあって、極東情勢に関していまひとつ鈍感だという点である。これには、911以降、アフガンやイラクなど中東情勢にかかりきりになって、極東問題が疎かになったことも背景として指摘できるだろう(米国が極東に疎くなった経緯について、詳しくは「中台激震」、中央公論新社、2005年を参考)。
 よっつめとして、上記官僚主義と極東との疎遠化と関連して、独立シフトが強まる台湾が中国に併呑されることはないし、米中衝突も中国人が臆病である以上回避されるだろうから、台湾が独立シフトという「面倒な仕事」を増やさないように、台湾「独立」傾斜をたたくだけでよい、と米国はタカをくくっているのではないか。

今回の米国政府の主張で明らかになったのは、しょせん米国にとって、一番かわいいのはイスラエルであり、石油がほしいから中東にかかりっきりになっている一方、対テロ戦争、企業進出の点で与しやすく、しかも日本と台湾以外に対しては極力平和友好戦略をとっている中国は敵ではないし、台湾などどうでもいい、というつもりではないか。
ところが、台湾にとってみれば、近年の中国の台頭、急速な軍拡、それに昨年の「反国家分裂法」による武力行使オプションの明言などは、台湾の生存と台湾2300万人の生命を脅やかす脅威以外の何者でもない。台湾政府高官もそういう説明を行っている。
つまり、大国で中国からはるか離れている米国にとっては、中国は脅威ではないかもしれないが、小国で中国に隣接する台湾にとっては確実に脅威である。その立場性、立地条件の違いを無視して、米国が台湾の主張に反対するというのでは、やはり米国は帝国主義大国として傲慢だということである。

そもそも「四不一没有」を米国側が「陳政権の公約」だと主張しているところは笑止というしかない。そもそもこの「公約」は台湾側が主体的に考えたものではなく、米国側が押し付けたものである。私自身確認したところでは、00年の就任演説の草稿を米国はAITを通じて事前に検閲し、こと細かく指示し、さらに「四不一没有」を無理やり入れさせたのである。
 また、「ひとつの中国」も実は米国が作り出した虚構であることに注意する必要がある。多くの台湾独立派は「ひとつの中国」が中国が作り出したものだと考えているが、そんなことはない。中国人にそんな妙案が浮かぶわけがない。これは米中関係正常化の際にキッシンジャーらが提案したアフォリズムである。
 つまり、「四不一没有」にしろ「ひとつの中国」にしろ、そもそも台湾人や台湾政府が言い出した原則ではなく、米国が勝手にでっち上げ、それを押し付けている虚構やスローガンに過ぎない。自分で押し付けたものを、押し付けられたほうが「要らない」といっているのに、なおも「要らないとは何事か」などといってすごむ。そして「事前に聞いていない」と白を切る。これでは完全に悪徳商法を平然と行うヤクザ同然である。
 米国はそうやって、何をたくらんでいるかといえば、台湾の地位の不安定化であり、台湾はつまり米国から割高の武器をせっせと買い続けて、米国に物乞いをして、米国に服従しろということである。米国にとっては、台湾とは、中古で一世代前の武器を割高に売りつけられるところという認識でしかないのだろう。

 それなら、いっそのこと、台湾は米国と事を構えるくらいしたほうがいい。
 それは米国の主張を逆手に取ることである。
おそらく台湾にとっては中国が一番嫌いだから、中国との対抗上米国とは切っても切れないとタカをくくっているのだろう。
ところが、そうやって相手の尊厳を傷つける真似をしていると、そのうちしっぺい返しにあうことは、80年代までは米国の中庭で米国の忠実な奴隷とみられていたベネズエラの今日を見ればわかることである。事実、特にブッシュ政権登場以降、世界では反米勢力や国が増える傾向になる。
もちろん台湾人には、チャベスほど極端に走る性質はないかもしれないし、私自身もチャベスほど狂信的で感情的な反米論には与することはできない。だが、ラテンアメリカ人ももともとはそれほど極端に流れるとは予想されていなかったのになった事実がある。
米国が台湾人の好意に甘えて、このまま不義理と理不尽を続けていたら、台湾人ですら数年後には反米になっていないという断定はできない。南米ですら反米基調になっている今日、米国の友人は実は台湾だけかもしれないのに、その台湾もいじめることによって、米国は友人を失おうとしている。

もし、米国政府の主張どおり、「独立」も「武力行使」も許されず、「国家統一綱領廃止」もだめだとしたら、論理的には残る選択肢は「平和的統一」しかないことになる。であれば、台湾は「米国がそこまでして台湾人民の尊厳と選択を抑圧する気なら仕方がない。われわれは中国政府と平和的統一について話し合いをして、国連議席についてもかつてのベラルーシ・ウクライナ方式を話し合うことにする。したがって、米国の武器は買わない。台湾は横暴で異文化の米国帝国主義よりは、同じ東洋人で文化も共通している中国人と話し合ったほうがマシだ」といって米国を脅したらどうか。
 実はそうなったら、誰が一番困るかといえば、米国なのである。米国は台湾が中国の一部になって台湾が中国の西太平洋地域の不沈空母になっては困る。そうなったら、グアムも死守できず、ハワイも危ないかもしれない。米国は超大国ではなくなり、太平洋から撤収し、北米大陸とせいぜい英国とに閉じこもった「普通の大国」となるだけである。台湾の地位は、米国にとって死活問題といえるほど、大きいはずである。
 
米国がそうならないと確信しているのは、どう転んでも、台湾が「中国よりは米国を」選ぶはずだと思い込んでいるからだろう。
 そうであれば、台湾は米国政府の裏をかいて、しかも米国が嫌がることを戦術としてブラフとしていってのけることも選択として考えるべきではないか?
台湾が中国になったら、米国は困るし、日本も困るかもしれないが、意外に台湾の一般庶民はそれほど困らない気がする。香港が中国の特別行政区になって香港人の海外旅行は不便が生じたか?生じていない。中国がもし正しい意味での帝国時代の統治形態に先祖帰りして、「君臨すれども統治せず」というか、「反抗しなれかば自治を認める」方法を実行するなら、台湾人は意外に順応を見せるだろう。もっとも、現在の台湾人にはそういう確信はもてないし、中国の公害・人権問題を考えれば、中国に希望など持てるわけないこともまた真理ではあるが。
だからといって、「中国よりは米国のほうがマシだ」という「当然のごとく信じられている命題」を疑うことは必要だろう。本当に台湾にとって、米国のほうがマシなのか?そもそも中国と米国という究極の悪の2つの選択しかないのか?「台湾独立」もほんとうに建国という形しかないのか?「統一」も中国との統一という選択しかないのか?

 これ以上米国の言いなりになっても、台湾が尊厳と独立を確保できるとは思えない。中国で共産党政権が崩壊して、親米反共政権ができてしまったら、台湾は(そして日本も韓国も)米国によって平気で中国に売り渡されてしまうだけだろう。実際、中国で共産党政権が崩壊する可能性は高まっている。
 ハマスの大勝をその民主的手続きにもかかわらず尊重しようとしなった米国にとって、「民主主義」とは単なる「親米」のことであり、米国によって都合がいいというだけの意味しかないことは明らかである。であれば、台湾は、米国に往復びんたを食らわすような外交戦術をとってもいいのではないか?台湾には米国を脅すだけの価値があるのだから。
「そんなタカをくくっていてもいいのですね?われわれが平和的統一を選択し、中国と表決行動を一致させるベラルーシ方式で国連に加盟することが認められたなら、米国は太平洋における覇権を一気に失うことになるのですよ。米国が台湾を守ってやっているんじゃなくて、台湾こそが米国を守ってやっているんです。勘違いしないように」といってやるべきだろう。
 もっとも、台湾人にそうした外交的な駆け引きなど期待できないからこそ、台湾の現在の体たらくあるわけだが。


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