1982年の洋楽ヒット曲を紹介するシリーズのPart22はRainbowの"Stone Cold"。
最高位は6月19日の1週のみの40位。1週間だけでしたがTop40に入りました。
Rainbow、そうです、あのリッチー・ブラックモア率いるレインボーです。
リッチー・ブラックモアのギターがTop40で聴けたのは、この時から遡ること約10年、ディープ・パープル当時の1973年に最高位4位を記録した"Smoke On The Water"のときでしたので、それ以来のこと、その時には私はまだ洋楽を聴いていませんでしたので、リッチーのギターをTop40で聞いたのはこの時が初めてで最後、それも1週間のみだったのです。結構感慨深いものがありますね。
バンドのデビュー当時の1975年、ファーストアルバム発表時はバンド名をRitchie Blackmore's Rainbowとしていましたが、この曲"Stone Cold"収録の彼ら6枚目のアルバム「STRAIGHT BETWEEN THE EYES」の際にはバンド名をレインボーとしています。
ボーカルもファーストアルバムではのちにブラック・サバスに参加するロニー・ジェイムス・ディオだったのですが、このアルバムの時にはジョー・リン・ターナーという人です。
"Stone Cold"、かなりポップな曲となっていますが、それでもやっぱりレインボー、リッチー・ブラックモアのギターがちゃんと効いています。
最高位は6月19日の1週のみの40位。1週間だけでしたがTop40に入りました。
Rainbow、そうです、あのリッチー・ブラックモア率いるレインボーです。
リッチー・ブラックモアのギターがTop40で聴けたのは、この時から遡ること約10年、ディープ・パープル当時の1973年に最高位4位を記録した"Smoke On The Water"のときでしたので、それ以来のこと、その時には私はまだ洋楽を聴いていませんでしたので、リッチーのギターをTop40で聞いたのはこの時が初めてで最後、それも1週間のみだったのです。結構感慨深いものがありますね。
バンドのデビュー当時の1975年、ファーストアルバム発表時はバンド名をRitchie Blackmore's Rainbowとしていましたが、この曲"Stone Cold"収録の彼ら6枚目のアルバム「STRAIGHT BETWEEN THE EYES」の際にはバンド名をレインボーとしています。
ボーカルもファーストアルバムではのちにブラック・サバスに参加するロニー・ジェイムス・ディオだったのですが、このアルバムの時にはジョー・リン・ターナーという人です。
"Stone Cold"、かなりポップな曲となっていますが、それでもやっぱりレインボー、リッチー・ブラックモアのギターがちゃんと効いています。
Rainbowは全米ヒットチャートとは無縁ながら、R.Blackmoreのバンドということで、日本では雑誌Music Lifeを中心に人気がありましまね。特に♪I Surrender♪は。
それにしてもRitchie以外はメンバーに入れ替わりが多かったですね。
ボーカルは、それ以外にもグラハム・ボネットとか。
この曲は時代に合わせたのでしょうか、産業化してやや聴きやすくなっています。そのせいか40位にランクインです。ちょっとForeigner的ですね。
そうそう、この曲「フォリナーかい!」とツッコミを入れたくなるような曲ですよね。それでもさすがレインボー、リッチーのギターは素晴らしい!
リッチーのワンマンバンド的なのでメンバーの入れ替わりが激しくなってしまったのでしょうか。でも結構有名な人が在籍していましたね。
僕の記憶違いかもしれませんが、この時ヴォーカルのジョー・リン・ターナーは後に元ランナウェイズの?シェリー・カーリーと組んで♪Since You've Been Gone♪を歌っていたと思うのですが。
"Stone Cold"のSongfacts調べてみたところ、ベースのロジャー・グローヴァーが彼女(奥さん?)に冷たく捨てられそうだ(Stone Cold)…という話を聞いて、ジョー・リン・ターナーが歌詞を書いたという話。自分のことを歌詞に書くのはいいけど、人の恋バナを勝手に歌詞にしてはいけませんね(^▽^;)。
http://neverendingmusic.blog.jp/archives/10271380.html
すみません、ジョー・リン・ターナーとシェリー・カーリーとのかかわり、っていうのは確認できませんでした。
でも、ジョー・リン・ターナーは、レインボー解散後もナイト・レンジャーやパット・ベネターとのツアーに参加したり、マイケル・ボルトンのアルバムに参加したりと、ずいぶん活躍したようです。
なるほど、「石のように冷たいままで俺を去っていったんだ」は本人ではなくロジャー・グローヴァーのことだったのですね。曲を作るとき、2人の間でどんな話があったのですかね。想像しながらこの曲を改めて聞くとなおさら印象深い面白い曲に聞こえてきます^^
ジョー・リン・ターナーは最適の人材だったと思います。
「アイ・サレンダー」は結構好きでした。
最近、何十年かぶりにレインボーを再結成して、ライブをやりましたが、スタジオ盤は作ってないかな?
もう、年だから、ハードロックはお遊び程度にやるんでしょうね。
レインボーを結成してから、アルバムを出すごとにポップになって聞きやすくなりました。やっぱりヒットを意識したのでしょうか。でもそこはリッチー、ギターはさすが凄かったですね。
2016年にレインボー再結成してからツアーはやっているようですね。メンバーはリッチー以外新しい人のようですがアルバムも出せば面白いかもしれませんね。
アイサレンダーは日本では3枚もシングル切られたのに全米ではシカト
リッチーも感無量だったでしょう
すでにアルバムを借りていたのでデスアレイとパワーばかり聴いていました
リクエストコーナーでは最後にかかったと思いますので、多分40位から落ちた後のフォローでしょうね
夕焼け観ながらこの曲聴いたことで哀しさが増幅されたような
こちらにコメントいただいていたのに気が付きませんでした。すみません。
リクエストアワーでは、40位からダウンした後にこの曲をかけてくれたのですね。でもさすが石田豊さん、この良い曲を忘れないでかけていただいたのですね。私もカセッテに録音してありましたので、もちろんこの番組からのエアチェックだと思います。