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古典和歌をメインにブログを書いてます。歌題ごとに和歌を四季に分類。

古典の季節表現 夏 四月上旬

2013年04月09日 | 日本古典文学-夏

従京師贈来歌一首
山吹の花取り持ちてつれもなく離れにし妹を偲ひつるかも
 右四月五日従留女之女郎所送也
(万葉集~バージニア大学HPより)

橙橘初咲霍鳥飜嚶 對此時候タ不暢志 因作三首短歌以散欝結之緒耳
あしひきの山辺に居れば霍公鳥木の間立ち潜き鳴かぬ日はなし
霍公鳥何の心ぞ橘の玉貫く月し来鳴き響むる
霍公鳥楝の枝に行きて居ば花は散らむな玉と見るまで
 右四月三日内舎人大伴宿祢家持従久邇京報送弟書持
(万葉集~バージニア大学HPより)

四月三日贈越前判官大伴宿祢池主霍公鳥歌不勝感舊之意述懐一首[并短歌]
我が背子と 手携はりて 明けくれば 出で立ち向ひ 夕されば 振り放け見つつ 思ひ延べ 見なぎし山に 八つ峰には 霞たなびき 谷辺には 椿花咲き うら悲し 春し過ぐれば 霍公鳥 いやしき鳴きぬ 独りのみ 聞けば寂しも 君と我れと 隔てて恋ふる 砺波山 飛び越え行きて 明け立たば 松のさ枝に 夕さらば 月に向ひて あやめぐさ 玉貫くまでに 鳴き響め 安寐寝しめず 君を悩ませ
我れのみし聞けば寂しも霍公鳥丹生の山辺にい行き鳴かにも
霍公鳥夜鳴きをしつつ我が背子を安寐な寝しめゆめ心あれ
(万葉集~バージニア大学HPより)

月たちて、「今日ぞ渡らまし」と思し出でたまふ日の夕暮、いとものあはれなり。御前近き橘の香のなつかしきに、ほととぎすの二声ばかり鳴きて渡る。
(源氏物語・蜻蛉~バージニア大学HPより)

四月朔比、「月のいと疾(と)く入りぬること」と人のよみしに
ほの見えて入りぬる月よ天の戸の明けはつるまで眺めつるかな
待つに思ふ入るとて嘆く夏の夜の月ぞ心はそらになしける
(和泉式部続集~岩波文庫)

 四月ついたちまて散らぬ櫻ありしを道明あさりにやりし
またちらぬ花に心をなくさめて春すきぬともおもはさり鳧
 かへしあさり
春はさは花よりほかのことやなき野への霞もたちも社きけ
 またこれより
おしめ共たちやはとまる春霞ねたしのこれる花をおもはん
(赤染衛門集~群書類従15)

四月一日比、雨ふりて花とものちりみたれけるを御覧してよませ給うける 院御製 
おしや猶桜山吹ちりしほれはるなりぬへきけふの気色を 
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)

四月二日東宮のわかみや御はかまぎのこと。にようゐんいそがせ給なれば。この御かたよりもみやの御しやうぞくたてまつらせ給はんとて。びはどのにはいそがせ給。四月九日にぞうへの御かたへわたりはじめさせ給べかりける。御ころもがへの御几帳。みなうのはなのをりものみつかさねにてせさせ給へり。にようばうのつぼねほそどのやつぼねつぼねのありさまどもゝ。このみことざゞめきたり。にようばうたちなでしこをぞをりかさねたる。(略)
(栄花物語~国文学研究資料館HPより)

今日は枇杷殿の女房色々着たり。それに摺裳のさまなど皆さまざまなり。大宮の女房、寝殿の南より西まで打出したり。藤十人、卯の花十人、躑躅十人、山吹十人ぞある。いみじうおどろおどろしうめでたし。枇杷殿の宮の女房は、西の対の東面、南かけて打出したり。(略) かくて渡らせたまひて、御しつらひを御覧ずれば、藤の裾濃の織物の御几帳に。折枝を繍ひたり。紐は村濃の唐組なり。御帳同じさまなり。御屏風などいみじうめでたし。わが御有様をこそかぎりなしと思しめしつれ、このたびの御調度どもめづらかにいみじう御覧ぜらる。御几帳、御屏風の骨などにも、みな螺鈿、蒔絵をせさせたまへり。五尺は本文を書かせたまへり。色紙形に、侍従大納言、その詞ども草仮名にうるはしう書きたまへり。四尺は唐の綾を張らせたまひて、色紙形に、薄緂にて、同じ人草に書きたまへり。下絵に栄えたる御手、すべていはん方なくをかしげなり。唐錦を縁にしたり。御具どもに、蒔絵、螺鈿に、ひまひまに玉を入れさせたまへり。おほかたえまねびつくさず。御簾の縁には青き大文の織物をぞせさせたまへる。 (略)かくてまたの日、大宮の御方の女房唐撫子を匂はしたる、いといみじうめでたし。客人の御方の女房は八重山吹を折りたれば、ひとつにをかしう見えたり。
(栄花物語~新編日本古典文学全集)

七日の夕月夜、影ほのかなるに、池の鏡のどかに澄みわたれり。げに、まだほのかなる梢どもの、さうざうしきころなるに、いたうけしきばみ横たはれる松の、木高きほどにはあらぬに、かかれる花のさま、世の常ならずおもしろし。
(源氏物語・藤裏葉~バージニア大学HPより)

 阿闍梨のまゐり給うて、「灌仏の日も今日明日のほどに候へば、いささか上の山にて、花もとめさん」と、すすめ申すれば、「仏に仕ふる道にしあれば」とて、さがしき峰に登らせ給ふ。いつしか、華やかなりし梢も、緑の色に様(やう)変はりて、霞のかねたる御空に続きて見ゆるも、かぎり知られぬは、物思ひになぞらへつべし。海は御目の下に見えて、<海人の苫屋に、波のうち越すにや>と、あやしみ思すに、阿闍梨の、「垣根つづきの卯の花こそ」と、のたまはすに、うち笑ませ給ひて、「げに、時鳥の声も、谷の底にも聞こゆなる。雲居の空にとこそ詠みなれ給へるものを、何ごとも変はり行く世にこそありけれ」と、のたまひかはす。
(松陰中納言~「中世王朝物語全集16」笠間書院)

 かかるさわぎのほどなれば、経沙汰もいよいよきげんあしき心ちして、津島のわたりといふことをして、大神宮にまゐりぬ。卯月の初めつかたの事なれば、なにとなく青みわたりたる木ずゑも、やうかはりておもしろし。まづ新宮にまゐりたれば、山田の原の杉のむらだち、ほととぎすのはつねを待たんよりも、ここをせにせんと、かたらはまほしげなり。
(問はず語り~岩波文庫)

薄暮に鈴鹿の關屋にとまる。上弦の月、峯にかかり、虚弓いたづ らに歸雁の路に殘る。下流の水、谷に落つ、奔箭すみやかにして虎に似たる石にあたる。ここに旅驛やうやくに夜をかさねて、枕を宿縁の草に結び、雲衣、曉さむし、蓆を岩根の苔にしく。
(海道記~バージニア大学HPより)

四月九日にぞ、上この御方へ渡りはじめさせたまふべかりける。御更衣の御几帳、みな卯の花の織物三襲にてせさせたまへり。女房の局、細殿や、局々の有様どもも、好みことさらめきたり。女房たち、撫子をぞ織り重ねたる。
(栄花物語~「新編日本古典文学全集」小学館)

 頃は卯月上旬の事なるに、遅桜散る木の下(した)は寒からで、空に知られぬ卯の花の、雪は御庭に散り敷きて、山ほとゝぎす村雨に、濡れてさ渡る折節に、雲上の管絃講は半也。
(謡曲「文学(もんがく)」~岩波・新日本古典文学全集59)

田中うちすぎ民宅うちすぎて遙々とゆけば、農夫ならび立ちて荒田を打つ聲、行雁の鳴きわたるが如し。(田を打つ時はならび立ちて同じく鋤をあげて歌をうたひてうつなり)卑女うちむれて前田にゑぐ摘む、思はぬしづくに袖をぬらす。そともの小川には河添柳に風たちて鷺の蓑毛うちなびき、竹の編戸の垣根には卯の花さきすさみて山ほととぎす忍びなく。
(海道記~バージニア大学HPより)

 七日、市腋をたちて津島のわたりといふ處、舟にて下れば、蘆の若葉、青みわたりて、つながぬ駒も立ちはなれず。菱の浮葉に浪はかくれども、つれなき蛙はさわぐけもなし。取りこす棹のしづく、袖にかかりたれば、
さして物を思ふとなしにみなれざをみなれぬなみに袖はぬらしつ
 渡りはつれば尾張の國に移りぬ。片岡には朝日の影うちにさして燒野の草に雉なきあがり、小篠が原に駒あれて、なづみし景色、ひきかへて見ゆ。見ればまた園の中に桑あり、桑の下に宅あり、宅には蓬頭なる女、蠶簀に向ひて蠶養をいとなみ、園には潦倒たる翁、鋤をついて農業をつとむ。おほかた禿なる小童部といへども、手を習ふ心なく、ただ足をひぢりこにする思のみあり。わかくよりして業をならふ有樣、あはれにこそおぼゆれ。げに父兄の教へ、つつしまざれども、至孝の志、おのづからあひなるものか。
山田うつ卯月になれば夏引のいとけなき子も足ひぢにけり
 幽月、影あらはれて旅店に人定まりぬれば、草の枕をしめて萱津の宿に泊りぬ。
(海道記~バージニア大学HPより)

(嘉禎二年)四月八日甲午。暴風雷雨。未剋雹降。其大如柑子。万人驚目。
(百錬抄~「新訂増補 国史大系11」)

九日 甲午。晴 申ノ剋、御所ノ御鞠ナリ。露払ノ已後ニ、将軍家〈御布衣、〉立タシメ御フ。下野ノ前司泰綱、燻鞠ヲ鶏冠木ノ枝ニ付ケテ之ヲ進ズ。行忠入道之ヲ付ク。但シ内内之ヲ解カル、内蔵ノ権ノ頭親家之ヲ置ク。源ノ中納言〈布衣〉難波刑部卿〈布衣〉上鞠一足。中務権ノ大輔教時〈同ジ〉遠江ノ七郎時基〈同ジ〉内蔵ノ権ノ頭親家〈同ジ〉出羽ノ前司行義〈同ジ〉下野ノ前司泰綱 (以下略)
(吾妻鏡【正嘉元年四月九日】条~国文学研究資料館HPより)

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