
タイトル:出口のない海(佐々部清監督)・松竹
ジャンル:戦争ドラマ/2006年/121分
映画館:TOHO伊丹シネマズ(151席)
鑑賞日時:2006年9月30日30人
私の満足度:65%
オススメ度:65%
<序>
大好きな「チルソクの夏」の佐々部監督作品。
尊敬する山田洋次監督のオファーを受けての戦争映画。
いままでの作品の流れからはやや違和感を感じるが
はたして?
<うろおぼえの冒頭、いつもよりかなり飛んでいます。>
青い海のなか。画面左上の隅に、黒っぽい船底。
右手前に、潜水艦が入ってくる。
上から黒いドラムカン?が落ちてきてと思ったら、ドカーン。
「総員配置!」サイレンとともに「総員配置!」が連呼される。
壁には、直径50cm程度の丸穴があり、そこをくぐりぬけて
移動する人。潜望鏡をのぞきハンドルを握る人(香川照之)。
無線室では計器を見つめる人。爆撃がづづく。
ファミレスのような4人掛けのボックス席が二つ。カーキ色の軍服、
肘までの袖に短パンの若者たち。
「やられてまうんか」「こんなところで」
右手に野球のボールを持った男(市川海老蔵)が、机の上で小刻みに
バウンドさせているが、爆弾の振動で大きく艦内が揺れ、ボールが
転がってゆく。
(爆撃を避けて若干の浮上、爆弾は潜水艦にぶるかるがその時点では
爆破せず落ちてゆく。爆撃音が下に聞こえるようになり、
やがて静かになる。)
「両舷停止!」
「手洗い歓迎だったな。」と艦長。
「伊藤はいります。」(塩谷瞬)
「これおちてました」とボールを渡す。
「ありがとう」顔のアップから、マウンドで振りかぶる姿へ。
<ストーリー:gooの引用>
時は1945年4月。青年が、一隻の潜水艦に乗り込んでいく。
彼の名は並木浩二。戦況苦しい日本を前に、自ら志願した極秘任務を
果たそうとしているのだ。野球ボールを握る彼の胸に、思い出が去来する。
高校時代、甲子園優勝投手として周囲の注目を集め、大学に進学したこと。
大事な肩を痛めたこと。しかし夢をあきらめなかった日々。
そして日米が開戦。同級生らが志願しはじめ、並木も海軍への志願を決める。
彼の任務は人間魚雷“回天”としての、敵艦への激突だった。
<感想・完全なネタバレあり>
「回天」がこんなに複雑なものだったとは、そして命中する確率の低い兵器に
全てをかけざるを得なかった「バカバカしさ」が丁寧に描かれていました。
だけど、 冒頭からなんとなく緊張感に欠け、潜水艦の中で野球のボールを
机にバウンドさせしかも落としちゃうし。こんなんだったの????
その後も、ボレロという喫茶店、恋人の登場シーンの衣装、口紅・・・・
確かにあったんでしょうが、どうも戦時中の典型ではないと思われる
シーンにとまどう。
そのまま、違和感が抜けずに、戦闘からラストへ。
意外であっけなくもあったのだが、クライマックスともいえる「手紙」の
シーンで本来大泣きする筈が、不発に終わりました。
これが直後の感想。その後、いろいろと関連するものを見てみた。
家に帰ってから「七生報国」の意味を調べた。「回天」に乗り込む
若者達の鉢巻に書いてあった。恥ずかしながら意味はしらなかった。
「例え死んだとしても 七度生き返って国のために報いること。
太平洋戦争中によく用いられた。」( http://d.hatena.ne.jp/ )
「映画芸術」416号に、評論家西部邁氏の評が載っていた。
ボロクソに書いてあったが納得できる部分もあった。
(特攻という)『公的な瞬間には、それにふさわしい公的な言葉を』
パンフでは、市川海老蔵が何が難しかったと聞かれ
「普通の演技をすることですね。」と答えていた。
またyahoo動画で塩谷瞬は「きばって感情ふりしぼるのではなく、
その場ででた感情で勝負したほうがいいということを、言葉
じゃなくて(監督との)会話のなかで悟った。」と語っている。
振り返って、いまから考えると、私は「回天」の若者たちに
「七生報国」の精神が見られないと知らぬまに不満をぶつけた
ように思う。なにも知らないのにである。冒頭のシーンでも
おそらく「回天」しか攻撃の手がないなかで、潜水艦としては
待つしかなかったのであろう。61年を経て描かれる若者に
一体どこまで「強いる」のかとふと気づく。
実際にこの映画で描かれていたのは公と私の間での葛藤ではなく、
公の服を着さされ、生と死の間でゆれる心。そう考えると
ラストシーンの長い現代風の手紙も、戦闘中ではなく、訓練中の衝突後
死を待つのみというギリギリのところを、実際には有り得なくとも
最も可能性の高いところとして選択し、炸裂させたものと考えたい。
公を描かなかったこととあわせて、この映画ではラストに2つの
謎を含ませている。ひとつは、主人公の死、もうひとつは、
海に投げられたボール。原作も読んでないので、私なりに
勝手に想像してみたい。
主人公の死は、なぜ起こったか?
最初の「回天」での出撃命令で、主人公は「回天」の故障により
出撃できず。しかし、父の言葉「敵を見たことがあるのか?」が甦り、
もし出撃できていれば、確実に自分が死ぬとともに、
家族も恋人もいるかもしれぬ敵を殺してしまったかもしれぬことに
苦悶したのではなかったか?もともと、主人公は
「回天を伝えるために死のうと思う。人が兵器の一部になったことを。」
と言っているのであるから、(「家族や恋人を守るため」との言葉は
なかったと思う)そのために相手を殺す必要はない。
そう考えると回天を伝えるための事故死を装った自殺も考えられると
思うのだが、どうだろうか?
もうひとつの謎は、主人公から受け継いだボールを、現代になって
海に投げ返した老人(元整備士の伊藤、ですよね?)
その直前、現代のプロ野球、そして背番号55をつけた
小学生が大リーグの話をしながら通りすぎるシーンがある。
考えてみれば、当時敵国のスポーツであった野球が
いまや日本人も本場で活躍するようになり、そのドラマチックな
変遷を思えば、感慨無量。その思いを伝えようぼボールを投げたと
したいのであるが、老人の表情は暗かったような気がする。
というわけで、よくわかりませんでした。
私の個人的趣味からいえば、前半部分に子供が野球で遊ぶ場面が
入り、その少年がなぜかこのラストでもでてきて、老人が
「このボールもらってくれないか?」と渡すというのが好きなん
ですが・・・。
これだけ書くとある程度頭のなかも整理できてきたので
もう一回見てみたいなあという気になってきました。
40代で、このような本格的な戦争ドラマに取り組むというのは
想像を絶する大変なことだと思います。脚本・キャストもどこまで
監督の意向がはいったのかわかりませんが、佐々部節爆発とは
いかなかったのでは?でも、この映画の影響がいいいみで
すでにクランクアップしている佐々部監督「夕凪の街 桜の国」で
結実するよう来年7月の上映まで、楽しみに待ってます。
<その他もろもろ>
◆佐々部監督作品で映画デビューした上野樹里・尾高杏奈 の登場シーン
神宮外苑で壮行会のあった日、主人公の並木は実家に帰る。
木造の2階建て、格子戸のなかの玄関で、座って靴お脱ぐ並木の
後ろから、足音を忍ばせて妹(尾高杏奈)が降りてくる。
妹「おにいちゃん。お客さんよ。」
振り返る並木、後ろの階段を美奈子(上野樹里)がゆっくりと
降りてくる。うすいクリーム色に赤い点の散らばるワンピース。
妹「きれいでしょ。お母さんの若いときのよ。」
美奈子「久しぶりにスカートはくと、落ち着かなくて。」
雨でぬれたので、洋服をかりたという設定であったが
なんとなく時代から浮いた感じがしないでもない。
でも上野樹里は存在感はありました。この帰りにお母さんから
口紅をもらったというセリフがあり。次に登場の、並木を
駅で見送るシーンでは紅い口紅をつけてくるのですが、この
シーンは「チルソクの夏」を連想させる遊び心では?
「チルソクの夏」では、「ナチョラルメイクやけん」などと
いいながら口紅をするシーンがありました。
一方の尾高杏奈は、四日間の奇蹟では気づかなかったのですが
なんとかわいいというか、明るいことか。芋たこなんきんで
藤山直美(田辺聖子)の15歳からを演じるなんてもったいない!?
◆ 音楽:加羽沢美濃
ピアノのひとだけあって、ピアノの部分が美しい、映画館で聞いた
ときより深夜に公式ホームページを静かに読んでいるときの方が
その美しさが引き立っているように思います。
http://www.deguchi-movie.jp/
◆田村三郎
「回天」について、若者たちに説明を行う先生。
どこかで見たような。。。と思いパンフで確認すると
「チルソクの夏」で、陸上部の先生を演じてられた方でした。
少し太られたかな?
◆香川照之と伊勢谷友介
潜水艦の艦長役の香川照之は、職人的な感じがよくでてました。
「回天」乗組員で陸上部でオリンピックをめざしていた伊勢谷友介は
「俺が走るのをやめたのは、走る道がないからだ」というキザな
セリフも、そういいながら海辺を走る姿も、モデル体形にお似合い
でした。でも、この二人、同じく終戦末期あたりを描いた「赤い月」で
恋敵であったこともあり、思い出してしましました。これもいまいち
のれなかった理由かも。
◆最後に佐々部監督作品:私の好きな順と私の満足度
チルソクの夏:100
四日間の奇蹟:75
カーテンコール:75
陽はまた昇る:70
出口のない海:65
半落ち:60
・出口のない海 - goo 映画
・出口のない海@映画生活
※写真は、MOVIX京都です。やっぱり松竹系だけに宣伝がおおきいですね。
ジャンル:戦争ドラマ/2006年/121分
映画館:TOHO伊丹シネマズ(151席)
鑑賞日時:2006年9月30日30人
私の満足度:65%
オススメ度:65%
<序>
大好きな「チルソクの夏」の佐々部監督作品。
尊敬する山田洋次監督のオファーを受けての戦争映画。
いままでの作品の流れからはやや違和感を感じるが
はたして?
<うろおぼえの冒頭、いつもよりかなり飛んでいます。>
青い海のなか。画面左上の隅に、黒っぽい船底。
右手前に、潜水艦が入ってくる。
上から黒いドラムカン?が落ちてきてと思ったら、ドカーン。
「総員配置!」サイレンとともに「総員配置!」が連呼される。
壁には、直径50cm程度の丸穴があり、そこをくぐりぬけて
移動する人。潜望鏡をのぞきハンドルを握る人(香川照之)。
無線室では計器を見つめる人。爆撃がづづく。
ファミレスのような4人掛けのボックス席が二つ。カーキ色の軍服、
肘までの袖に短パンの若者たち。
「やられてまうんか」「こんなところで」
右手に野球のボールを持った男(市川海老蔵)が、机の上で小刻みに
バウンドさせているが、爆弾の振動で大きく艦内が揺れ、ボールが
転がってゆく。
(爆撃を避けて若干の浮上、爆弾は潜水艦にぶるかるがその時点では
爆破せず落ちてゆく。爆撃音が下に聞こえるようになり、
やがて静かになる。)
「両舷停止!」
「手洗い歓迎だったな。」と艦長。
「伊藤はいります。」(塩谷瞬)
「これおちてました」とボールを渡す。
「ありがとう」顔のアップから、マウンドで振りかぶる姿へ。
<ストーリー:gooの引用>
時は1945年4月。青年が、一隻の潜水艦に乗り込んでいく。
彼の名は並木浩二。戦況苦しい日本を前に、自ら志願した極秘任務を
果たそうとしているのだ。野球ボールを握る彼の胸に、思い出が去来する。
高校時代、甲子園優勝投手として周囲の注目を集め、大学に進学したこと。
大事な肩を痛めたこと。しかし夢をあきらめなかった日々。
そして日米が開戦。同級生らが志願しはじめ、並木も海軍への志願を決める。
彼の任務は人間魚雷“回天”としての、敵艦への激突だった。
<感想・完全なネタバレあり>
「回天」がこんなに複雑なものだったとは、そして命中する確率の低い兵器に
全てをかけざるを得なかった「バカバカしさ」が丁寧に描かれていました。
だけど、 冒頭からなんとなく緊張感に欠け、潜水艦の中で野球のボールを
机にバウンドさせしかも落としちゃうし。こんなんだったの????
その後も、ボレロという喫茶店、恋人の登場シーンの衣装、口紅・・・・
確かにあったんでしょうが、どうも戦時中の典型ではないと思われる
シーンにとまどう。
そのまま、違和感が抜けずに、戦闘からラストへ。
意外であっけなくもあったのだが、クライマックスともいえる「手紙」の
シーンで本来大泣きする筈が、不発に終わりました。
これが直後の感想。その後、いろいろと関連するものを見てみた。
家に帰ってから「七生報国」の意味を調べた。「回天」に乗り込む
若者達の鉢巻に書いてあった。恥ずかしながら意味はしらなかった。
「例え死んだとしても 七度生き返って国のために報いること。
太平洋戦争中によく用いられた。」( http://d.hatena.ne.jp/ )
「映画芸術」416号に、評論家西部邁氏の評が載っていた。
ボロクソに書いてあったが納得できる部分もあった。
(特攻という)『公的な瞬間には、それにふさわしい公的な言葉を』
パンフでは、市川海老蔵が何が難しかったと聞かれ
「普通の演技をすることですね。」と答えていた。
またyahoo動画で塩谷瞬は「きばって感情ふりしぼるのではなく、
その場ででた感情で勝負したほうがいいということを、言葉
じゃなくて(監督との)会話のなかで悟った。」と語っている。
振り返って、いまから考えると、私は「回天」の若者たちに
「七生報国」の精神が見られないと知らぬまに不満をぶつけた
ように思う。なにも知らないのにである。冒頭のシーンでも
おそらく「回天」しか攻撃の手がないなかで、潜水艦としては
待つしかなかったのであろう。61年を経て描かれる若者に
一体どこまで「強いる」のかとふと気づく。
実際にこの映画で描かれていたのは公と私の間での葛藤ではなく、
公の服を着さされ、生と死の間でゆれる心。そう考えると
ラストシーンの長い現代風の手紙も、戦闘中ではなく、訓練中の衝突後
死を待つのみというギリギリのところを、実際には有り得なくとも
最も可能性の高いところとして選択し、炸裂させたものと考えたい。
公を描かなかったこととあわせて、この映画ではラストに2つの
謎を含ませている。ひとつは、主人公の死、もうひとつは、
海に投げられたボール。原作も読んでないので、私なりに
勝手に想像してみたい。
主人公の死は、なぜ起こったか?
最初の「回天」での出撃命令で、主人公は「回天」の故障により
出撃できず。しかし、父の言葉「敵を見たことがあるのか?」が甦り、
もし出撃できていれば、確実に自分が死ぬとともに、
家族も恋人もいるかもしれぬ敵を殺してしまったかもしれぬことに
苦悶したのではなかったか?もともと、主人公は
「回天を伝えるために死のうと思う。人が兵器の一部になったことを。」
と言っているのであるから、(「家族や恋人を守るため」との言葉は
なかったと思う)そのために相手を殺す必要はない。
そう考えると回天を伝えるための事故死を装った自殺も考えられると
思うのだが、どうだろうか?
もうひとつの謎は、主人公から受け継いだボールを、現代になって
海に投げ返した老人(元整備士の伊藤、ですよね?)
その直前、現代のプロ野球、そして背番号55をつけた
小学生が大リーグの話をしながら通りすぎるシーンがある。
考えてみれば、当時敵国のスポーツであった野球が
いまや日本人も本場で活躍するようになり、そのドラマチックな
変遷を思えば、感慨無量。その思いを伝えようぼボールを投げたと
したいのであるが、老人の表情は暗かったような気がする。
というわけで、よくわかりませんでした。
私の個人的趣味からいえば、前半部分に子供が野球で遊ぶ場面が
入り、その少年がなぜかこのラストでもでてきて、老人が
「このボールもらってくれないか?」と渡すというのが好きなん
ですが・・・。
これだけ書くとある程度頭のなかも整理できてきたので
もう一回見てみたいなあという気になってきました。
40代で、このような本格的な戦争ドラマに取り組むというのは
想像を絶する大変なことだと思います。脚本・キャストもどこまで
監督の意向がはいったのかわかりませんが、佐々部節爆発とは
いかなかったのでは?でも、この映画の影響がいいいみで
すでにクランクアップしている佐々部監督「夕凪の街 桜の国」で
結実するよう来年7月の上映まで、楽しみに待ってます。
<その他もろもろ>
◆佐々部監督作品で映画デビューした上野樹里・尾高杏奈 の登場シーン
神宮外苑で壮行会のあった日、主人公の並木は実家に帰る。
木造の2階建て、格子戸のなかの玄関で、座って靴お脱ぐ並木の
後ろから、足音を忍ばせて妹(尾高杏奈)が降りてくる。
妹「おにいちゃん。お客さんよ。」
振り返る並木、後ろの階段を美奈子(上野樹里)がゆっくりと
降りてくる。うすいクリーム色に赤い点の散らばるワンピース。
妹「きれいでしょ。お母さんの若いときのよ。」
美奈子「久しぶりにスカートはくと、落ち着かなくて。」
雨でぬれたので、洋服をかりたという設定であったが
なんとなく時代から浮いた感じがしないでもない。
でも上野樹里は存在感はありました。この帰りにお母さんから
口紅をもらったというセリフがあり。次に登場の、並木を
駅で見送るシーンでは紅い口紅をつけてくるのですが、この
シーンは「チルソクの夏」を連想させる遊び心では?
「チルソクの夏」では、「ナチョラルメイクやけん」などと
いいながら口紅をするシーンがありました。
一方の尾高杏奈は、四日間の奇蹟では気づかなかったのですが
なんとかわいいというか、明るいことか。芋たこなんきんで
藤山直美(田辺聖子)の15歳からを演じるなんてもったいない!?
◆ 音楽:加羽沢美濃
ピアノのひとだけあって、ピアノの部分が美しい、映画館で聞いた
ときより深夜に公式ホームページを静かに読んでいるときの方が
その美しさが引き立っているように思います。
http://www.deguchi-movie.jp/
◆田村三郎
「回天」について、若者たちに説明を行う先生。
どこかで見たような。。。と思いパンフで確認すると
「チルソクの夏」で、陸上部の先生を演じてられた方でした。
少し太られたかな?
◆香川照之と伊勢谷友介
潜水艦の艦長役の香川照之は、職人的な感じがよくでてました。
「回天」乗組員で陸上部でオリンピックをめざしていた伊勢谷友介は
「俺が走るのをやめたのは、走る道がないからだ」というキザな
セリフも、そういいながら海辺を走る姿も、モデル体形にお似合い
でした。でも、この二人、同じく終戦末期あたりを描いた「赤い月」で
恋敵であったこともあり、思い出してしましました。これもいまいち
のれなかった理由かも。
◆最後に佐々部監督作品:私の好きな順と私の満足度
チルソクの夏:100
四日間の奇蹟:75
カーテンコール:75
陽はまた昇る:70
出口のない海:65
半落ち:60
・出口のない海 - goo 映画
・出口のない海@映画生活
※写真は、MOVIX京都です。やっぱり松竹系だけに宣伝がおおきいですね。
昨日BSで「チルソクの夏」を放送していました。
「出口~」も悪くはないですが、「チルソク」はいいですよね~。
私も佐々部作品の中では一番好きです!
『チルソクの夏』が一番すきです。
ちょっと~・・と思うのが 『四日間の奇蹟』
『出口のない海』は淡々としすぎていたけれど
「反戦」の意志は伝わっていたように思いました。
個人的には海老蔵さんがダメだったです。
こちらからもTBさせていただきます。宜しくお願いしますm(__)m
この映画を作った人はあの父親の言った「敵を見たことがあるか?」がメインテーマの一つであったと思うのですが、これは今の時代だからこそ言えることで、
当時ここまでの想像力をもって行動出来た人がどのくらい居たでしょう?今の北朝鮮を見ればわかるように心にそんな余裕はないのが普通でした。
七生報国はあの頃我々女学生でも年中口にしていた言葉で、特攻隊に行く前のうちの親類も最期の書置きもその言葉でした。いわば当時の決まり文句「決死の覚悟でやるぞ」くらいの意味です。
海老蔵さんは、なんとなく住んでる世界が違うのか、よくもわるくも、テンポがまわりの人と違うような気がしました。
私の場合、冷静というより、少し醒めて見すぎて、
肝心なところが見えてないかもしれませんね。
戦争については「七生報国」に限らず、知らないことばかりですが、映画を通じていろいろ考えていきたいと思っています。
コメントをいただき、この映画も、もう一度見たいと
いう気持ちが強くなってきました。
Tbありがとうございました。
なるほど、そういう見方もあったのですね。
勉強になりました。
佐々部監督の作品では私も「チルソク」がナンバー1だと思っています。しかしながら「カーテンコール」そして、今回の「出口、、」ともに不完全燃焼のような気がします。気分が盛り上がる部分に「ずれ」が生じて本来涙が出てくる場面に涙が出てこないという感じがしました。ま~これが佐々部作品なのかもしれませんが。「半落ち」もそんな感じでしたね。
私からのTBが不調のため、コメントにて失礼致します。
帰らない事が前提の特攻兵器として志願するって、
どんな気持なのか考えると、胸が苦しくなりました。
当時は国民の意識も今とは違うのでしょうが、
もし私だったら気が狂ってしまいそうで。。。
戦争映画って直視しづらいんですが、
戦争はやはり何も良い事なんてないし、二度と繰返して欲しくないなと思いました。