Mokeihiki 模型飛機 いのちを最優先にする日本をめざす。

日本沈没をストップさせたい。
そのためには日本に民主主義確立を

地球と人類の未来を切り開きたい

子ども時代の夢を奪われた日本の子ども。この残酷さは、身震いするほど悔しい。

2012年11月28日 | 日記


敗戦後の日本 



おぞましいものや、物の怪(もののけ)や、 
わけの判らぬ事態に遭遇して、人間は総毛立つ。

子どものころは、お化け屋敷探検や墓場の肝だめしなど、
反面、暑さしのぎのユーモアを潜ませていた。

興味津々、トムソーヤ成りきり気分でワクワクしたものだ。

そんな楽しい思い出がおありの大人たちは、
日本の今の子どもたちの心を気遣っている。
たまらなくって、大人が泣き叫びたい辛さにある。

子ども時代の夢を奪われた日本の子ども。
この残酷さは、身震いするほど悔しい。


昔、戦争で父親を亡くし、家族がバラバラになった例などは、山ほどもあった。
小学のクラスの友にも施設で暮らす友がいた。
彼女は頑張り屋だったから、泣き言を言わなかった。
きっと、心の中で戦っていたんだね。

でも、彼女にも、ぉらにも希望が輝いていた。
「生きてさえいれば、きっと素晴らしいことに出会える」

毎朝、昇る太陽を拝んでは
「おてんとさま、ぉらは一人ぽっちじゃありません」と叫ぶ。

よその子たちが
親子そろって夕ご飯の匂いが
そこここに立ち込めている日本の夕べ。

そんなあったけぇ玄関口を開けて「ただいまぁ♪」
意気揚々と吸い込まれていく。
奥のほうから、爺や婆や母親の声が聞こえる~「おかえりぃ♪」


敗戦後の食べ物がない時代も、
家族は芋の茎や豆や配給物資で生き延びたようだ。
金銀宝石・兜や刀剣などは
戦時中に国家へ収めたと聞く。

庶民はなけなしの帯や呉服を
列車に乗って農村へ出かけ、わずかな米と交換した。
たとえ、身ぐるみ裸になっても 「命」さえあれば何とかできる。

ぉらも小さなリュックを背負って、お米を運んだ覚えがある。
母は帯の間にまで米をつめていた。
米が見つかって摘発されるための防衛だ。
何とか、見逃してもらっていたようだ。
でなければ、生き延びられない。

摘発の警官もまた、家族を守らねばならなかった。
「命」守るための戦いを見た。

今、日本の子どもたちに、大人の闘いが見えるだろうか?



世界で、初めての
放射能放出量=福島原発事故は、
チェルノブイリを
はるかに越える凶悪な状況だ。


もはや、日本に任せられない。
かく情況に陥った、と思う。

①レベル8を提唱する博士。

②世界の各リーダー博士が行動されている状況。

③日本の政治が、世界に認識された「世界原子力村」であること。

など、ぉらの低頭脳で考えてみた。
とんでもない状況にありながら、
「脱原発」を叫ぶ人々が、被曝の汚染地域に多くの人々を集める「矛盾」。

これは、善意に解釈すれば
「放射能に対する認識の相違」である。

が、果たして「善意」で済んでしまうことだろうか。


東京都知事選も「東京の汚染度」の認識について、
ぜひ、候補者にお聞きしたいものです。

東京都民の「命」をいかが、守られますか?
東京都が行っている「瓦礫焼却」による放射能汚染拡大について、
どう、都民の「いのち」を守られますか?

既に、都民の健康問題が報告され続ける現状に対して、
どう、責任を取られますか?

責任がとられない問題に属すると考えますが、
いかが、お考えですか。

子どもたちの夢を奪い尽くした「原発」をいかが、なされますか?


縮緬雑魚(チリメンジャコ)にもならないミクロ婆より.


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