ヤミノツカミDIARY

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悩むようなら保留しろ

2005年12月15日 | 日常
 今日は久しぶりに定時で帰れたよ……(っдT)
 時間外手当がつくのは嬉しいですが、正直な話をすれば、コレは仮の職業だか
ら。お金よりも時間のほうが貴重なわけで、そんなに喜んでもいられません。
 確かに100%安定した職種だし、大学卒業時に就職先をみんなに教えると、口を
揃えてうらやましがってもらえたものですが、一方の私の内心はとんと冷めてい
て、みんなとの温度差を不思議に感じていました。
 夢が叶う確率は万分に一人といいます。
 夢を追いかけられるのは、背負うべきものがないからだ。それが若さというもの
であり、背負うものが現れたとき、人は夢よりも現実に幸せを見出すようになる。
 だから、夢は所詮夢でしかない――。
 ん? なんで、背負うものがあると夢を追いかけちゃならないんだ?
 昔から不思議に思っていることのひとつでした。受験のために部活をやめなけれ
ばならない。大学に入ったら良い就職先を見つけなければならない。昇進しなけれ
ばならない。結婚して、子を成して、誰かに見取られて死ななければならない――
 ……なんでそんなに、みんな達観できるのでしょうか。
 たった一度きりの人生です。そりゃ就職・結婚・子育ては楽しいだろうが、それ
に勝る価値観だってあると思う。夢を信じるだけの人生だって人生です。
 多分、この考え方は子どもの考えなんでしょう。実際にはお金がないと生きてい
けないし、時間は無限じゃないし、他人の目もある。常識という範疇に収まらなけ
れば、それは異常者として世間に認められてしまうものかもしれません。
 だけど、夢破れて山河あり――では、納得できないのです。
 人間の八割以上が夢を諦め、現実と向き合っている。そんな人にとって、夢を追
い続けてやはり敗れてしまった人は愚かに映るのでしょうか。多分、それほどじゃ
ないんじゃないかな。
 なぜなら、夢を諦めた時点で、夢を諦めてしまった後悔があるから。
 結局のところ、夢を諦めようが夢に敗れようが、敗者であることには代わりがな
いのです。
 選び取れなかった人生と比較して、現状のほうが総合的に良いはずだと己を達観
させ、納得させる理由をこじつける。それが大半の夢忘人の考えです。
 どうせ破れる夢なんだから、ギリギリまで粘って頑張ってみたい――それが、夢
追人の思想だと思います。
 どちらも極論からすれば同じ結論にたどり着きます。ただ、納得できる形が違う
というだけで。
 私は明らかに後者ですね。でも、同時に頑張れば両立も不可能ではないと思いま
す。人の可能性は無数なのだから、悩むようだったら夢を追いかけたほうが楽しい
かもですね。