雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

放生の功徳 ・ 今昔物語 ( 12 - 17 )

2017-10-06 11:47:18 | 今昔物語拾い読み ・ その3
          放生の功徳 ・ 今昔物語 ( 12 - 17 )

今は昔、
河内国若江郡の遊宜(ユゲ)村の中に一人の沙弥(シャミ・経験の浅い僧)の尼がいた。仏道を深く尊び、熱心にお勤めに励んでいた。
平群(ヘグリ)の山寺に住んで、信者の寄進を得て、罪を[ 欠字などあり、この辺り意味不詳。]仏の像を描いた。その中に、六道(ロクドウ・・衆生の生前の行為の報いにより、死後おもむくという六種の世界。地獄・餓鬼・畜生(三悪道)と修羅・人間・天上(三善道)を指す)の図を描いて、供養を行った。その後、この山寺に安置して、常に詣でて礼拝していた。

ところが、この尼に所用が出来て、しばらく寺に詣でることが出来なかったが、その間に、その絵像が盗人に盗まれてしまった。
尼はこれを悲しみ嘆いたが、少し落ち着くと、あちらこちらと捜し歩いたが見つけることが出来なかった。そのため、なお嘆き悲しんで、また信者の寄進をつのり、放生(捕えた生き物を放って逃がすことで、功徳を積む)を行おうと思って、摂津国の難波の浜に行った。川の辺りを行き来していると、市から帰って来る人が多い。見てみると、背に負う箱が樹の上に置いてある。持ち主は見えない。
尼が耳をすますと、その箱の中で様々な生き物の声がしていた。
「この箱は、畜生(ここでは、単に動物といった意味)の類を入れているようだ」と思って、「ぜひ、これを買って放ってやろう」と思いしばらく留まって、箱の持ち主が返って来るのを待っていた。
しばらくすると箱の持ち主が返ってきた。尼はその男に会って、「この箱の中で様々な生き物の声がしている。私は放生を行うために来ました。これを買いたいと思って、あなたを待っていました」と言った。箱の持ち主は、「いえいえ、この中には生き物など入れていませんよ」と答えた。尼は、それでもなお熱心に買いたいという。箱の持ち主は、「生き物ではない」と、譲らなかった。

そうしているうちに、市に来ている人たちが集まってきて、このことを聞いて、「さっさとその箱を開けて、本当はどうなのか見ればよい」と言った。
すると、箱の持ち主は、ちょっとその辺りに行くようにして、箱をそのままにして立ち去ってしまった。集まっていた人たちが捜しても行き先が分からなかった。
「どうやら逃げてしまったらしい」と思われたので、そこで箱を開けて見ると、中には盗まれた絵像が入っていた。
尼はこれを見て、涙を流して喜び感激して、集まっている人たちに、「私は、前にこの仏の像を失くし、日夜捜し求めていましたが、今、思いがけなくお会いすることが出来ました。嬉しい限りです」と言った。
集まっていた人たちは、尼を誉め尊び、箱の持ち主が逃げ出したことを、「当然だ」と思い、逃げた男を憎みそしった。尼はこのことを喜び、いっそう熱心に放生を行って帰って行った。そして、仏をもとの寺にお連れし、安置し奉った。

これを思うに、仏が箱の中で声を出して、尼にお聞かせになったということは、まことに感慨深く貴いことである。
これを聞いたその辺りの道俗男女は、心をこめて頭を垂れて礼拝した、
となむ語り伝へたるとや。

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