枕草子 第百八十段 病は
病は、
胸。もののけ。脚の気。
はては、ただそこはかとなくて、もの食われぬ心ち。
(以下割愛)
病気といえば、
胸の病。物の怪。脚の病気。
それから、ただ何となく、食べ物が食べられない気持ちになるもの。
十八、九歳ぐらいの女性で、髪がとても美しく、背丈ほどの長さがあり、裾がふさふさとしていて、とてもよく肥えていて、色がとても白く、顔は可愛げで、「美人だ」と見えるような人が、歯をひどく病み患って、額髪をぐっしょりと泣き濡らし、乱れかかるのも気づかず、顔もひどく赤くなって、痛むところを手で押さえて坐っている姿は、とても風情があります。
八月の頃に、白い単衣のしなやかなのに、袴はちょうどよい具合なものをつけて、紫苑の表着の、とても上品なのを上に羽織って、胸をひどく病んでいるので、友達である女房などが、何人も見舞いに訪れ、室外の方にも、若々しい君達(キンダチ)がたくさん来て、
「ほんとに、お気の毒なことですね」
「いつも、こんなにお苦しみですか」
などと、さりげなく見舞いを言う人もいる。
想いを寄せている男性は、心底から、「かわいそうだ」と心を痛めているのが、いかにも情のあることです。
とても美しい長い髪をきっちりと結んで、「吐き気がする」と、起き上がっている様子も、とても痛々しい。
天皇におかれてもお耳になさり、御読経の僧の、声のよい人を指し向けてくださっているので、病床近くに几帳を引き寄せて、その僧を几帳を隔てて坐らせている。
いくらもない家の狭さなので、お見舞いの女房たちがたくさん来ていて、経を聞いている姿が丸見えなので、その女房たちに目をやりながら経を読んでいるのは、「仏罰をこうむることだろう」と思ってしまいます。
少納言さまの時代、病に対して適切な治療や薬などは少なく、祈祷やまじないが大きなウェイトを占めていたようです。
最初の胸の病というのは、肺や心臓に限らず、肋間神経痛や胃けいれんなども胸とされていたようです。
もののけ、とあるのは、当時、ほとんどの病気が悪霊などによるものと考えられていました。
美しい人が歯を病んでいる姿に風情を感じ、祈祷中の僧侶が女房たちに気を取られているらしいのを目ざとく描写しているあたり、いかにも少納言さまらしいところです。
病は、
胸。もののけ。脚の気。
はては、ただそこはかとなくて、もの食われぬ心ち。
(以下割愛)
病気といえば、
胸の病。物の怪。脚の病気。
それから、ただ何となく、食べ物が食べられない気持ちになるもの。
十八、九歳ぐらいの女性で、髪がとても美しく、背丈ほどの長さがあり、裾がふさふさとしていて、とてもよく肥えていて、色がとても白く、顔は可愛げで、「美人だ」と見えるような人が、歯をひどく病み患って、額髪をぐっしょりと泣き濡らし、乱れかかるのも気づかず、顔もひどく赤くなって、痛むところを手で押さえて坐っている姿は、とても風情があります。
八月の頃に、白い単衣のしなやかなのに、袴はちょうどよい具合なものをつけて、紫苑の表着の、とても上品なのを上に羽織って、胸をひどく病んでいるので、友達である女房などが、何人も見舞いに訪れ、室外の方にも、若々しい君達(キンダチ)がたくさん来て、
「ほんとに、お気の毒なことですね」
「いつも、こんなにお苦しみですか」
などと、さりげなく見舞いを言う人もいる。
想いを寄せている男性は、心底から、「かわいそうだ」と心を痛めているのが、いかにも情のあることです。
とても美しい長い髪をきっちりと結んで、「吐き気がする」と、起き上がっている様子も、とても痛々しい。
天皇におかれてもお耳になさり、御読経の僧の、声のよい人を指し向けてくださっているので、病床近くに几帳を引き寄せて、その僧を几帳を隔てて坐らせている。
いくらもない家の狭さなので、お見舞いの女房たちがたくさん来ていて、経を聞いている姿が丸見えなので、その女房たちに目をやりながら経を読んでいるのは、「仏罰をこうむることだろう」と思ってしまいます。
少納言さまの時代、病に対して適切な治療や薬などは少なく、祈祷やまじないが大きなウェイトを占めていたようです。
最初の胸の病というのは、肺や心臓に限らず、肋間神経痛や胃けいれんなども胸とされていたようです。
もののけ、とあるのは、当時、ほとんどの病気が悪霊などによるものと考えられていました。
美しい人が歯を病んでいる姿に風情を感じ、祈祷中の僧侶が女房たちに気を取られているらしいのを目ざとく描写しているあたり、いかにも少納言さまらしいところです。
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