雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

捨てられた妻 ・ 今昔物語 ( 24 - 50 )

2017-02-10 10:14:05 | 今昔物語拾い読み ・ その6
          捨てられた妻 ・ 今昔物語 ( 24 - 50 )

今は昔、
筑前守源道済(ミナモトノミチナリ)という人がいた。和歌を詠む名人であった。
この人が、筑前国に下っていた時、ある侍の男が、長年連れ添ってきた妻を京より連れて、筑前守の供をして下ってきていた。その侍の男は、この国の女とねんごろになり、その女に心が移ってしまったので、そのままその女を妻にして、京より連れてきたもとの妻を忘れてしまった。

もとの妻は、異郷の地でもありどうする術もなく、夫に言った。「以前のように私と住んでほしいとは決して申しません。ただ、もし京に上る人がいたら、その人に私を京に連れて行くように頼んでください」と。
しかし、夫は全く耳を貸さず、しまいには、女のよこす手紙さえ見ようとしなかった。もとの妻を住んでいた家に残し、夫は今の妻の家に移り住み、もとの妻が無事でいるかどうかも全く気にとめようともしないので、もとの妻は嘆き悲しんでいるうちに、思いがけず病気になってしまった。

元気でいる時でさえ、夫を頼りに遥かな土地にやって来て心細いのに、夫が去り、食べ物を手に入れる手段さえ知らないので、あれこれとやりくりして飢えを凌いできたが、ましてや重い病気になってしまえば、どうしようもなく、わびしく心細く思いながら寝ていたが、京から連れて来た女の童がたった一人付き添っているだけであった。
病気になってしまって困っていることを、夫である男のもとに伝えさせたが、まったく聞こうともしなかった。
数日経つうちに、すっかり重態となり、女はとても心細く、知る人もいない異郷の地で死んで行くことを嘆き悲しんで、意識も確かでない状態で、震える手で何とか文を書き、付き添っている女の童に男のもとに行かせた。女の童は、その手紙を守の館に持って行ったが、男は手紙を取るとほんの少しばかり見て、返事を書こうともせず、「よし、分かった」とだけ言って、それ以上何も言わないので、女の童はどうしてよいか分からないままに帰って行った。

ところが、この男の同僚である侍が、放り出すように置かれているこの妻からの手紙を、何とはなく取り上げてみると、こう書いてあった。
 『 とへかしな いくよもあらじ つゆのみを しばしもことの はにやかかると 』と。
 ( もう一度だけおいでいただけないでしょうか。 もう露のような命ですが ほんのしばらくでも あなたの言葉で生き延びられるかもしれませんので。)
この侍はこれを見て、もともと情けのある男であったので、可愛そうに思うこと限りなかった。
「まことに、あきれ返った不人情な男だ」と思って、女を気の毒に思うあまり、「この事を、守(筑後守源道済)にお知らせしよう」と思い、この手紙を守にそっと見せると、守はこれを見て、夫である男を召して、「これはどういう事だ」と訊ねた。
男は、隠しきれず、事の一部始終を話したので、守は聞き終ると、「お前という奴は、不人情で、人とはいえないほどの薄情ものだ」と怒って、その妻のもとに人を遣って訪ねさせたが、女は、夫のもとに手紙を持って行かせたまま、女の童の帰りを待ちきれず、亡くなっていた。

使者は、帰ってその旨を守に報告すると、守は情けある人で、たいそう同情し、さっそく夫である男を呼んで、「私は、お前を長年目をかけて召し使ってきたことが、限りなく悔しい。お前は、人とは思えないような心の持ち主だ。近くで見ることなどとても堪えられない」と言って、男に任せていた仕事をすべて取り上げ、身を宿す所を一切与えず、国府の使者に命じて国外追放に処した。
そして、亡くなった妻の家に人を派遣して、遺骸を見苦しくないようにきちんと始末させ、僧などを指し向けて、葬儀万端、後の法要などを行わせた。

夫であった侍は、新しい妻のもとにも寄り付かせなかったので、どうすることも出来ず、京に上る人の船に乗せてもらい、ほんの少しばかりの貯えも持たずに上京した。情けの心のない者は、自分の心ゆえに、このようなことになるのである。
守は慈悲もあり、情けも深く、和歌をよく読む人であったので、このように人を哀れんだのである、
となむ語り伝へたるとや。

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