雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

七夕には四月をうたう

2018-09-24 08:09:03 | 麗しの枕草子物語
          麗しの枕草子物語 
                七夕には四月をうたう

秋にはなりましたが、ちっとも涼しくなんかなりません。それでも、朝所(アイタドコロ)という田舎めいた所で過ごしていたものですから、虫の声などは聞こえてくるようになりました。
中宮さまが内裏に還御なさいましたのは七月八日のことでございましたから、七夕祭りはこちらでいたしました。いつもより、祭壇などが随分近く見えますのは、ここの庭が狭いためなのでしょう。

その夜、宰相中将斉信殿、宣方の中将殿、道方の中将殿などが中宮さまのもとに参上なさいました。
女房たちが端近くに出てお話などされていましたが、私もそこに加わり、いきなり、
「明日は、どのような詩を吟じられますか」
と申し上げますと、斉信殿は、ほんの少しお考えになられただけで、
「人間の四月にきまってますよ」
とお答えになられました。ほんとにこの御方のしゃれていることといったら・・・。
過ぎた日のことをちゃんと覚えているということは、誰だって気が利いているというものですが、特に女というものは、過ぎたことを忘れたりしないものですよ。男の場合は、どうもそうではないらしく、自分で詠んだ歌さえも記憶があやふやなくらいですのに、斉信殿は、さすがにすばらしいものです。

実はね、この四月一日頃に、こんなことがあったのですよ。
私の局のあたりに、殿上人が多勢集まってお話などしておりましたが、一人去り二人去って、斉信殿、宣方殿、それに六位の蔵人一人が残り、経を読んだり(読経も詩吟などと同列に位置づけされていた)、歌などうたったりしていましたが、
「すっかり夜が明けてしまいそうだ。もう、失礼しよう」
と斉信殿が言われ、「露は別れの涙なるべし」と吟詠し始めますと、宣方殿らも一緒になって、見事にうたい出したものですから、私は、
「気の早い織女なんですねえ」
と申し上げました。斉信殿はたいそう悔しがって、
「ただ、暁の別れという点だけを考えて吟じたのですがねえ。情けないことですなあ。このあたりでは、中途半端な知識で吟じたりすると、恥をかいてしまいますなあ」
と、大笑いなされました。
斉信殿が言われましたように、吟じられた詩は、別れを惜しむ詩ではありますが、七夕歌とされているものなのです。

それにしても、私も私ですわねぇ。七夕になったら、「今度はどのような詩を吟じられますか」と尋ねると、どんな答えが返ってくるか、ずっと考え続けていたんですよ。
今回は、完全な私の負けでした。


(第百五十四段・故殿の御服の頃、より)

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1 コメント

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Unknown (yo-サン)
2018-09-24 17:59:13
拙ブログに、素敵なメッセージをどうも有難うございました。
これまた、おもしろうて、一人ニコニコしながら読ませて頂きました。「露は別れの涙なるべし珠空しく落つ」和漢朗詠集は道真公でしたか。
私も、知ったかぶりをして、何をやらかすやらと、身につまされる思いでゴザイマス。工房女史の現代語訳はリアルと申しますか、臨場感がありますねぇ。今宵はこれにて。
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