キャットスマイル
③ 負けないぞ
何だか寝苦しいと思っていたら、やはり、あの大きな頭を持った巨大ネコがボクの寝床に入ってきているんだ。
確かに、ボクが与えられている寝床はとても寝心地が良いが、これはボクのためにお母さんが買ってくれたものなのに、いつのまにか大きな頭でボクを押しのけて、寝床に入ってくるんだ。
ボクは低い声で威嚇し、その大きな図体を押しのけようとするのだが、びくともしない。
それでも少しは効き目があったらしく、薄眼を開けてボクを見たが、グルグルと申し訳程度にのどを鳴らすと、また眼を閉じてしまう。
ボクの体は、半分外に出てしまいそうだというのに、実に気持ち良さそうに寝息を立てているんだ、まったく・・・。
* *
あれから、二度ばかり病院に連れて行かれたけれど、最初の時ほど痛い思いをすることなく、首というかのど近くの傷はすっかり良くなった。
病院から帰って来た後は、その匂いが気になるらしく、トラもチビもあまり近付いて来ないし、ボクが近付くと脅すような声をあげていた。まあ、ボクを憎んでのことではないらしく、病院の匂いが嫌らしのだが、無理もない、ボクも嫌いだからである。
でも、しばらくしてその匂いが消えると、ボクが近付いて行っても、喜んではくれないが、あからさまに嫌がるそぶりは見せない。トラもチビもである。
ただ、一番困るのは、チビはしょっちゅういなくなるのだが、帰ってくると、すぐにボクの寝床を狙うのである。
ボクが起きているときは、厳しく威嚇して寄せ付けないのだが、うっかりウトウトしていたりすると、素早くあの大きな図体を入れてくるのである。だいたいチビは、自分の体の大きさが分かっていないのだろうか。ボクの寝床は、ボクには大き過ぎるほどだが、あの巨大ネコには小さいはずなのに、どうもそれが分かっていないらしく、それにボクが寝ていることも気がつかないかのように、図々しくもあの大きな図体を入れてくるのである。
さすがにお母さんはボクの味方らしく、
「チビ、そこは赤ちゃんの寝床でしょ」
と注意したり、ボクが押し出されそうになっている時はチビを引っぱりだしてくれるけれど、ぎゅうぎゅう詰めでも寝床の中に収まっている時は、知らん顔をしている。どうも、お母さんは、ボクの味方だけでなく、チビにも甘いらしい。
それに何よりも、未だにボクのことを赤ちゃんだと思っているのが気に入らない。
ボクは、この家に来てから、病院に連れて行かれたほかは、外に出たことがない。
半分以上は寝床の中に居り、あとは家の中を歩き回る。初めはすぐ近くだけだったが、いつもトラが居座っている部屋や、食事を出してくれる所や、トイレがある所などがあり、ぐるりと一周出来るようになっている。
トイレは、砂のような物が入れられた箱があり、そこですることになっているが、ボクはたまたま最初からそこを使ったので、お母さんやお姉さんはとても褒めてくれた。どうやらボクは、とても賢いネコらしいのである。
ボクは少しずつ行動範囲を広げ、トラやチビたちの様子を窺うことにした。
この家にはお母さんとお姉さんの他に男の人も二人いるようだが、お母さん以外はあまり見掛けない。食事は殆どお母さんが用意してくれるが、ボクにだけではなくトラやチビたちにも同じようにしているので、本当にお母さんがボクの味方なのかどうかは慎重に見ないといけない。ただ、ボクに害を与えることはないらしい。
そうなると、とりあえずは、トラとチビである。どちらも大きな体をしている。
トラは、細いが長い体をしていて、そのうえ尾っぽも長くて近寄りがたい雰囲気がある。体の色は黄色がかった茶色と白の虎模様だが、鼻筋から胸にかけてとお腹全体、それに四つの足首と尾っぽの先が白である。黄色がかった茶色は、光の関係では金色のように輝いて見えることもあり、とにかく威厳に満ちている。
トラの方からボクの方に来ることはめったにないが、ボクが近付くと嫌そうな顔をする。恐いのを辛抱して思い切って体を寄せると、ほんの少し頭などをなめてくれる。あまり優しさは感じないが、寝そべっているお腹に顔を押しつけると、ボクはとても懐かしい気持ちになれる。それで、時々恐々近付いているのだが、トラはボクをまだ子供として扱っているらしい。子供には違いないが、お母さんが言うような赤ちゃんではないのだから、ボクの恐さを伝えておく必要がある。
チビは太っていて、なんせ図体が大きい。特にあの大きな頭は、どんなネコだって一目置くはずだ。体の色はトラより濃い茶色と白の虎模様だが、白いのは胸から腹にかけてだけである。この数日で分かったことだが、チビは恐ろしげな頭の持ち主に関わらず、意外と気は優しいらしい。結構ボクのことを構ってくれるし、寂しい時には遊んでくれる。ただ、ボクの寝床を狙っているらしいのが、どうも気になる。
食事は、たいていはお母さんが三つの入れ物に入れてくれる。ボクだけは別のもので、いつもミルクを付けてくれる。それぞれが決められた物を食べることになっているはずなのだが、チビはボクのミルクをいつも狙っている。そのくせ、ボクがチビの食器の物を食べようとすると、大きな頭で隠して絶対に食べさせてくれない。
その点トラは、ボクがトラの食器の物を食べようとすると、すぐ譲ってくれる。ボクが食べている間、横でじっと待っていて、ボクが自分の食器に戻ると、また自分の物を食べ始める。
食べ終わるのはいつもチビが一番で、まだ食べ足りない時は、トラの物を食べに行く。その時も、トラは簡単にチビに譲って、ほとんど食べられてしまうこともある。それでもトラは文句を言わない。
チビがトラより強いようには思わないが、いつもそうである。それでトラは細くチビは太っているのかもしれない。
ところが、場所取りとなると様子が変わってくる。
トラはたいてい食卓の下を根城にしているが、自分がいる場所をチビが取りに来ても絶対に譲らない。時々チビは、大きな図体をしているくせに、ボクがトラにするように、トラのお腹に大きな頭を押しつけて甘えたような仕草をすることがある。そんな時は、トラはチビの体をなめてやり、嫌がるそぶりは見せないけれど、自分が飽きない限りその場所を譲ることはない。
反対にチビは、主にソファーを根城にしているが、トラが取りに行っても、ボクが取りに行っても、簡単にその場所を譲る。
トラは縄張り意識が強く、チビは食い意地が張っていることが分かってきた。
ボクは、しだいにこの家での生活に慣れてきた。まったく外に出ていないが、部屋の中で走り回ることが出来るし、食事に困ることはない。水は三か所に置かれているし、草も鉢に植えられたものが水の近くに置かれている。爪をとぐための物もあるし、トイレもいつも新しい砂に替えられている。
どうやら、ボクはここでずっと暮らしていけるらしい。
そうだとすれば、トラやチビたちとの関係をはっきりとさせていかなくてはならない。トラもチビもお母さんもボクのことをまだ赤ちゃんのように思っている節があるが、ボクの強さを何とか示していく必要がある。
それともう一つ、チビとトラとはよく似ている。体の太さも長さも全然違うし、虎模様もよく見ると相当違うが、ちょっと見たところではとても似ている。親子か兄弟みたいである。
ところが、ボクは全然違う。ボクの体の色は灰色がかった白が基調になっているし、毛並みも短い。足も長いし、目の色も青い。
トラとチビがお互いになめあっていることがよくあるが、ボクに対してはほんの少しばかり頭をなめてくれるだけなのも、そのあたりに原因があるのかもしれない。
ボクはまだ体が小さいから、二匹を敵に回すことは出来ないけれど、ボクの強さはちゃんと知らせておく必要がある。
* *
チロがトラやチビに飛びついたり、時には噛みつこうとしたりし始めたのはその頃からである。
まだ体の大きさに大分差があり、トラもチビも本気で反撃するようなことはなかったが、孤立していきつつあることをチロ自身も感じていた。
「チロ君。あなたは、優しい笑顔が出来るのでしょう。トラやチビにあんまりいたずらしたら駄目よ」
ある日、お姉さんはボクを抱き上げて、頬ずりしながらそう言った。
あの時、このお姉さんが抱き上げてくれたから、今ここで生活することが出来ているんだと思った。
トラともチビとも仲良くしなくてはいけないけれど、この二匹に負けるわけにはいかないんだ。父の顔も母の顔も覚えていないけれど、ボクはどんなネコにも負けないように強くならなくてはならないのだから。
* * *
③ 負けないぞ
何だか寝苦しいと思っていたら、やはり、あの大きな頭を持った巨大ネコがボクの寝床に入ってきているんだ。
確かに、ボクが与えられている寝床はとても寝心地が良いが、これはボクのためにお母さんが買ってくれたものなのに、いつのまにか大きな頭でボクを押しのけて、寝床に入ってくるんだ。
ボクは低い声で威嚇し、その大きな図体を押しのけようとするのだが、びくともしない。
それでも少しは効き目があったらしく、薄眼を開けてボクを見たが、グルグルと申し訳程度にのどを鳴らすと、また眼を閉じてしまう。
ボクの体は、半分外に出てしまいそうだというのに、実に気持ち良さそうに寝息を立てているんだ、まったく・・・。
* *
あれから、二度ばかり病院に連れて行かれたけれど、最初の時ほど痛い思いをすることなく、首というかのど近くの傷はすっかり良くなった。
病院から帰って来た後は、その匂いが気になるらしく、トラもチビもあまり近付いて来ないし、ボクが近付くと脅すような声をあげていた。まあ、ボクを憎んでのことではないらしく、病院の匂いが嫌らしのだが、無理もない、ボクも嫌いだからである。
でも、しばらくしてその匂いが消えると、ボクが近付いて行っても、喜んではくれないが、あからさまに嫌がるそぶりは見せない。トラもチビもである。
ただ、一番困るのは、チビはしょっちゅういなくなるのだが、帰ってくると、すぐにボクの寝床を狙うのである。
ボクが起きているときは、厳しく威嚇して寄せ付けないのだが、うっかりウトウトしていたりすると、素早くあの大きな図体を入れてくるのである。だいたいチビは、自分の体の大きさが分かっていないのだろうか。ボクの寝床は、ボクには大き過ぎるほどだが、あの巨大ネコには小さいはずなのに、どうもそれが分かっていないらしく、それにボクが寝ていることも気がつかないかのように、図々しくもあの大きな図体を入れてくるのである。
さすがにお母さんはボクの味方らしく、
「チビ、そこは赤ちゃんの寝床でしょ」
と注意したり、ボクが押し出されそうになっている時はチビを引っぱりだしてくれるけれど、ぎゅうぎゅう詰めでも寝床の中に収まっている時は、知らん顔をしている。どうも、お母さんは、ボクの味方だけでなく、チビにも甘いらしい。
それに何よりも、未だにボクのことを赤ちゃんだと思っているのが気に入らない。
ボクは、この家に来てから、病院に連れて行かれたほかは、外に出たことがない。
半分以上は寝床の中に居り、あとは家の中を歩き回る。初めはすぐ近くだけだったが、いつもトラが居座っている部屋や、食事を出してくれる所や、トイレがある所などがあり、ぐるりと一周出来るようになっている。
トイレは、砂のような物が入れられた箱があり、そこですることになっているが、ボクはたまたま最初からそこを使ったので、お母さんやお姉さんはとても褒めてくれた。どうやらボクは、とても賢いネコらしいのである。
ボクは少しずつ行動範囲を広げ、トラやチビたちの様子を窺うことにした。
この家にはお母さんとお姉さんの他に男の人も二人いるようだが、お母さん以外はあまり見掛けない。食事は殆どお母さんが用意してくれるが、ボクにだけではなくトラやチビたちにも同じようにしているので、本当にお母さんがボクの味方なのかどうかは慎重に見ないといけない。ただ、ボクに害を与えることはないらしい。
そうなると、とりあえずは、トラとチビである。どちらも大きな体をしている。
トラは、細いが長い体をしていて、そのうえ尾っぽも長くて近寄りがたい雰囲気がある。体の色は黄色がかった茶色と白の虎模様だが、鼻筋から胸にかけてとお腹全体、それに四つの足首と尾っぽの先が白である。黄色がかった茶色は、光の関係では金色のように輝いて見えることもあり、とにかく威厳に満ちている。
トラの方からボクの方に来ることはめったにないが、ボクが近付くと嫌そうな顔をする。恐いのを辛抱して思い切って体を寄せると、ほんの少し頭などをなめてくれる。あまり優しさは感じないが、寝そべっているお腹に顔を押しつけると、ボクはとても懐かしい気持ちになれる。それで、時々恐々近付いているのだが、トラはボクをまだ子供として扱っているらしい。子供には違いないが、お母さんが言うような赤ちゃんではないのだから、ボクの恐さを伝えておく必要がある。
チビは太っていて、なんせ図体が大きい。特にあの大きな頭は、どんなネコだって一目置くはずだ。体の色はトラより濃い茶色と白の虎模様だが、白いのは胸から腹にかけてだけである。この数日で分かったことだが、チビは恐ろしげな頭の持ち主に関わらず、意外と気は優しいらしい。結構ボクのことを構ってくれるし、寂しい時には遊んでくれる。ただ、ボクの寝床を狙っているらしいのが、どうも気になる。
食事は、たいていはお母さんが三つの入れ物に入れてくれる。ボクだけは別のもので、いつもミルクを付けてくれる。それぞれが決められた物を食べることになっているはずなのだが、チビはボクのミルクをいつも狙っている。そのくせ、ボクがチビの食器の物を食べようとすると、大きな頭で隠して絶対に食べさせてくれない。
その点トラは、ボクがトラの食器の物を食べようとすると、すぐ譲ってくれる。ボクが食べている間、横でじっと待っていて、ボクが自分の食器に戻ると、また自分の物を食べ始める。
食べ終わるのはいつもチビが一番で、まだ食べ足りない時は、トラの物を食べに行く。その時も、トラは簡単にチビに譲って、ほとんど食べられてしまうこともある。それでもトラは文句を言わない。
チビがトラより強いようには思わないが、いつもそうである。それでトラは細くチビは太っているのかもしれない。
ところが、場所取りとなると様子が変わってくる。
トラはたいてい食卓の下を根城にしているが、自分がいる場所をチビが取りに来ても絶対に譲らない。時々チビは、大きな図体をしているくせに、ボクがトラにするように、トラのお腹に大きな頭を押しつけて甘えたような仕草をすることがある。そんな時は、トラはチビの体をなめてやり、嫌がるそぶりは見せないけれど、自分が飽きない限りその場所を譲ることはない。
反対にチビは、主にソファーを根城にしているが、トラが取りに行っても、ボクが取りに行っても、簡単にその場所を譲る。
トラは縄張り意識が強く、チビは食い意地が張っていることが分かってきた。
ボクは、しだいにこの家での生活に慣れてきた。まったく外に出ていないが、部屋の中で走り回ることが出来るし、食事に困ることはない。水は三か所に置かれているし、草も鉢に植えられたものが水の近くに置かれている。爪をとぐための物もあるし、トイレもいつも新しい砂に替えられている。
どうやら、ボクはここでずっと暮らしていけるらしい。
そうだとすれば、トラやチビたちとの関係をはっきりとさせていかなくてはならない。トラもチビもお母さんもボクのことをまだ赤ちゃんのように思っている節があるが、ボクの強さを何とか示していく必要がある。
それともう一つ、チビとトラとはよく似ている。体の太さも長さも全然違うし、虎模様もよく見ると相当違うが、ちょっと見たところではとても似ている。親子か兄弟みたいである。
ところが、ボクは全然違う。ボクの体の色は灰色がかった白が基調になっているし、毛並みも短い。足も長いし、目の色も青い。
トラとチビがお互いになめあっていることがよくあるが、ボクに対してはほんの少しばかり頭をなめてくれるだけなのも、そのあたりに原因があるのかもしれない。
ボクはまだ体が小さいから、二匹を敵に回すことは出来ないけれど、ボクの強さはちゃんと知らせておく必要がある。
* *
チロがトラやチビに飛びついたり、時には噛みつこうとしたりし始めたのはその頃からである。
まだ体の大きさに大分差があり、トラもチビも本気で反撃するようなことはなかったが、孤立していきつつあることをチロ自身も感じていた。
「チロ君。あなたは、優しい笑顔が出来るのでしょう。トラやチビにあんまりいたずらしたら駄目よ」
ある日、お姉さんはボクを抱き上げて、頬ずりしながらそう言った。
あの時、このお姉さんが抱き上げてくれたから、今ここで生活することが出来ているんだと思った。
トラともチビとも仲良くしなくてはいけないけれど、この二匹に負けるわけにはいかないんだ。父の顔も母の顔も覚えていないけれど、ボクはどんなネコにも負けないように強くならなくてはならないのだから。
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