雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

キャットスマイル  ② 仲間たち

2014-03-18 19:05:55 | キャットスマイル 微笑みをありがとう
          キャットスマイル
                    ② 仲間たち 

夢を見ていた。
何か恐いものに追いかけられていて、ボクは一生懸命に逃げた。
ボクは、もう、速く走れるはずなのに、なぜか体が動かず、それに、まだその恐いものに捕まえられていないのに、体のあちこちが痛い。
大変なことになる・・・、と思いながら、意識が薄れていった。
     * *
それから、どれほどの時間が立ったのか分からないが、少しずつ目が覚めてきた。
体全体がひどく痛く、それよりものどが渇いてカラカラだ。
先ほど追っかけられていたのは夢だったのだ、と思って少し安心したその時、突然、大きな頭がボクの頭を襲ってきた。
「夢じゃなかったんだ」
と、ボクは叫んだつもりなのだが、声にはならず、体を動かすことが出来ない。

大きな頭は、ボクの頭を押しつけるようにして、襲ってきているのだ。
ただ、襲ってきている割には、乱暴な感じはなく、グルグルと変な声を出しているみたいだ。しかし、薄眼を開けいるボクの視界から溢れるほどに大きな頭が、何とも恐ろしい。
「先ほどの夢の続きなんだ」
と、ボクは呪文のように唱えながら、固く目をつぶっているうちに、再び眠ってしまったらしい・・・。

その次に目を覚ました時、体の痛みは大分少なくなっていた。
ただ、のどの渇きがたまらない。
水を探さなければならないと思いながら、立ち上がろうとして、周囲の様子が少し違うことに気がついた。少し歩けば水のある所へ行けると考えていたが、それは公園で寝ていた時のことを考えていたからだが、いつの間にかボクは、箱の中で寝ていたのである。しかも下には布が敷かれているのだ。

ボクは立ちあがって、箱から出ようとしたが、結構深くて、簡単には出られそうにもない。
それに、どうもボクは怪我をしているらしい。そうでなければ、このくらいの箱なんか、簡単に飛び出せるはずなんだが、出られないのはそのためなんだ、きっと。
「ミャアー、ミャアー」
ボクはいつの間にか大声を出していたらしい。

すると、突然大きな頭がボクの頭に覆いかぶさってきた。
夢の中のことなのか現実の世界のことなのか、ボクはまだ混乱していたが、やはり夢ではないのだ。
大きな頭と思っていたが、頭というより顔で、大きな目玉をいっぱいに見開いて、ボクを睨みつけながら鼻面をボクの頭に押し付けてきているのである。
恐ろしさに思わず身を引いてしまったが、逃げたりすればやられてしまうと思ってボクは、威嚇するように声をあげた。しかし、残念ながら、その声は小さくなっているのが自分でも分かった。

ところが、ボクを襲おうとしている化け物みたいな大きな頭は、少し離れると「クーン、クーン」とボクをなだめるような声を出したのである。ボクの威嚇の声に恐れをなしたのだとも思ったが、どうやらそうではなく、始めから襲いかかるつもりがなかったらしい。
少し離れた姿をよく見ると、化け物なんかではなく、そいつも同じネコだった。ただ、体がとても大きく、丸々と太っていて、何よりも頭がまん丸でとても大きい。もっとも、ネコは、どのネコも大体丸顔らしいが。

少し安心したボクは、威嚇するのをやめて、ボクも同じネコだということを伝えようと優しい声を出した。
ボクは走れるし戦うことも出来るけれど、まだ子供だから体がとても小さい。目の前にいる大ネコは、濃い茶色が主体で白との虎模様だが、ボクはシャム系なので灰色がかっていて、目も青い。同じネコだと気がつかず、他の動物、特にネズミなんかと間違えられたりすれば大変だからである。
「ミャアー、ミャアー」
ボクは、自分がネコであることを伝えようとして鳴き続けた。
すると、その大ネコは、ボクから離れると、大きな声を出し始めた。

「ニャアーゴ、ニャアーゴ、ニャアーゴ」
野太くて、あたりが震えるほどの大声である。何かを呼んでいるらしい。
すると、女の人が声が聞こえてきた。
「どうしたの? チビ。あら、赤ちゃんが目を覚ましたのね。教えてくれてありがとう」
などと言いながら、昨日の女の人のうちの一人がボクを覗きこんだのである。
どうやら、あの大ネコはチビという名前らしいが、あんなに大きいのにチビなんてふざけているように思ったが、それ以上に、ボクのことを赤ちゃんなんて、馬鹿にしている。ボクは、もう目もみえるし、走ることも出来るんだから。ただ、今はちょっと元気がないけれど・・・。

その女の人、お母さんと呼ばれている人であることは後で分かったことなのだが、ボクの気持ちが伝わったかどうか分からないが、そっと抱きあげて首のあたりを眺めている。
「大丈夫みたいね、チロちゃん。明日にでも、もう一度お医者さんに行けば治りそうよ」
と、もう一度箱の中にボクを戻すと、ミルクを持ってきてくれた。
少し変な味がしたけれど、お腹も空いていたし、それ以上にのどが渇いていたので、小さな入れ物のミルクを最後まで飲んだ。
「偉いわねぇ、チロちゃん。全部飲んだのね。これで、傷が膿まなくてすむわよ・・・、さあ、あなたは何を食べるのかしら? 後で赤ちゃん用の餌を買ってきてあげるけど、待てないわよねぇ」
などと独り言なのかボクに言っているのか分からないが、どうやら、ミルクには薬が入っていたらしい。

今度は器に食べ物を入れて持ってきてくれた。
「みんなのと同じものだけれど、小さく崩して上げたから、食べられるでしょう」
と、箱の中に器を入れてくれた。うまそうな匂いがしていて、ボクは早速いただくことにした。考えて見れば、この二日満足に食事なんかしていないのだ。
「大丈夫みたいね」
と、お母さんはボクの食べっぷりを見ていたが、まだボクのことを赤ちゃんだと思っているらしい。

お母さんが離れていくと、早速チビとやらいう大ネコがぼくの餌を狙いにきた。
器は小さなもので、餌の量もあまり多くないので、取られたりしたらたまらない。ボクは、「ウウー」と小さく警告した。
しかし大ネコは、まったく気にもしないで大きな頭を近付けてきて、ボクの餌を狙っている。
「チビ、赤ちゃんのご飯でしょ。取ったらだめよ」
と、お母さんが気付いて、大ネコを引き離してくれた。どうやら、このお母さんという人は、ボクの味方らしい。それはありがたいのだけれど、まだボクのことを赤ちゃんだと思っているのが少々気に入らない。

食事の後、箱から出してくれそうもないし、大ネコもどこかへ行ってしまったらしく気配がしなくなった。ボクは箱の中であっち向いたりこっち向いたりしていたが、また眠ってしまったらしい。
次に目覚めた時、お母さんは、ボクの新しい寝床を用意してくれていた。大きさは箱と同じ位だが、浅くて出入りが簡単にできる。前の箱より簡単に出入りできるが、これもボクのことを赤ちゃんと思っているからかもしれない。そのことはやはり少し不満だが、どうやらお母さんのことは味方と考えて大丈夫らしい。
箱からその新しい寝床に移された後、しばらく寝心地や匂いなどを確認した後、そろそろと外に出て見た。その部屋は畳の部屋なので歩きやすく、周りに注意しながら様子をうかがうことにした。体の痛みはなく、のどの傷が少し気持ち悪いが、他に怪我はなさそうだ。
隣の部屋にはカーペットが敷かれていて、背の高い机や椅子が幾つもある。その机の下、正しくは食卓らしいが、その下に大きなネコが寝そべっていた。あの大きな頭を持ったチビとは違うネコである。

ボクの方をじっと睨んでいて、近付いてくるなと言っているらしい。特に怒っている様子はないが、これ以上近づくなと、低いうなり声を出しているようだ。
特別危険は感じなかったが、ボクより遥かに大きなネコだし、どうやら彼の縄張りらしいので、少し後ずさりしながら、敵意がないことを示そうと小さく鳴いた。
「ミャアー、ミャアー、ミャアー」
と、小さく鳴きながらボクはもとの部屋へ戻ることにした。ボクは早く走れるし、戦うことだって出来るが、少し怪我をしているし、何よりもこのあたりのことがよく分からない。無理して大きなネコに向かっていくことはないと思ったからである。
そのネコは、少しばかり首を動かせただけで立ち上がろうともせず、ボクがこれ以上近付かないと知ると、満足そうに眼を閉じた。

「チロ、逃げなくていいのよ。あなたのお父さんみたいな人なんだから、仲よくしてもらわなくてはいけないわよ」
と、お母さんがまた現れて、ボクの横に坐り込んだ。このお母さんは、ネコと人との見分けがつかないらしい。
「トラ。こっちへ来て、トラ。今日からこの子はうちの子になったのよ。可愛がってやってね」
と、寝そべっているネコに声をかけた。トラという名前らしい。

トラは大きなあくびをすると、じゃまくさそうに立ちあがった。そして大きく伸びをした。
立ちあがった姿を見てボクは驚いた。チビは丸々と太っていてとてつもなく大きなネコだったが、このトラは、すごく細くて体調がとても長い。おまけに長い尾っぽを持っているので、頭から尾っぽの先までの長さときたら、それはそれは威厳に満ちている。
これは大変なネコがいるものだ、とボクは内心思ったが、お母さんに押さえられたまま、ぐっと近付いてくるトラを睨みつけた。
トラは近くまで来ると、逃げられないようにお母さんに押さえられているボクのおでこのあたりに鼻を押しつけるようにして匂いを確認している。怒っている様子はないが、親しそうな様子でもない。そして、ボクの首のあたりの薬の匂いが気になるのか、少し鼻を鳴らすと元の場所へ戻っていった。

「さあ、チロ君。トラ君には可愛がってもらわないと駄目よ」
と、お母さんはボクを抱き上げて、寝そべっているトラの横においたのである。トラは迷惑そうにその長い尾っぽを少し膨らませたが、怒りだすようなことはなかった。
ボクは、お母さんに押し付けられるようにしてトラのお腹のあたりに体を寄せた。トラは困ったようにお母さんの顔を見たが、ほんの申訳のようにボクの頭のあたりをなめてくれた。
そういえば、ずっと昔、ほんとは数日前のことなのかもしれないのだが、こうして抱かれるようにお乳をのんだことがあったのを思い出した。
トラのお腹のあたりを探ってみたが、吸いつけそうなお乳はなかった。
それでも、トラの体温を感じながら体を寄せていると、何だか全身の力が抜けてきて、不思議な気持ちがしてきた。

「ほんとだ。このネコ、微笑んでいるわ」
不思議そうにつぶやくお母さんの声を聞きながら、ボクは眠りに落ちていった。

     * * *

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