雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

キャットスマイル  ⑧ お母さんたち

2014-03-18 19:01:28 | キャットスマイル 微笑みをありがとう
          キャットスマイル
               ⑧ お母さんたち


穏やかな日が続いた。
トラはすっかり元気になり、以前の威厳を完全に取り戻した。
チビは相変わらず、出掛けて行ったり家でゴロゴロしていたり、侵入者に対しては敢然と立ち向かっていくくせに、ボクにさえ甘えてくるようなところがある。全く分からない奴だ。
ボクもこの家にすっかり慣れて、時々、ずっと前から此処にいたような気がすることがある。体もずいぶん大きくなって、トラほど長くはないし、チビほど太くはないが、足はすでにボクが一番長い。
     *
ボクの毎日は、部屋の中だけでなく、テラスで過ごす時間が長くなったが、テラスから外に出ることはほとんどない。別に止められているわけでないが、ボクはどうも外の世界が好きになれない。小さい時のことが、頭のどこかに残っているのかもしれないが、ボクにはテラスと部屋の中と、時々二階に上がるくらいで十分なのだ。走りたくなった時は、部屋の中をぐるぐると駆けまわる。うまく回れるような間取りになっていて、ボクが走り出すとチビも同じように走りだし、時にはボクの前を走ることも珍しくない。
あれだけ外に行っているのに、まだ走り足らないのか不思議だ。

トラは部屋の中で走り回ることはあまりないが、トラには得意技がある。
時々襖を駆け上って、一番上の小さな押し入れに駆け込むのだ。一番上の押し入れは、トラのためにいつも少し開けられている。そのためトラが駆け上る襖の部分はいつもボロボロで、お父さんが時々その部分だけ張り直している。別に文句も言わないで。
チビも同じことをしようと何度も挑戦しているが、ほとんどは失敗して大きな音を立てて落ちている。五回に一度くらいは成功するが、その代わり降りる時は一人で降りられなくて、大きな声でお母さんを呼んでいる。本当に甘えん坊なんだ、あいつは。

トラはとにかく身が軽い。普段はあまり動かないで食卓の下で寝ていたりうずくまって目を閉じているが、突然高い所に飛び上がる。
押し入れだけでなく、タンスや本棚の上にも飛び上がることが出来る。もちろん、タンスの上にひと飛びで上がれるわけではないが、狭いテレビの上に昇り、そこからジャンプするのである。
例によって、チビも何度もまねをしようとしたが、テレビの上は凄く狭いので、その上に昇ることが出来ないのである。第一、あの太い図体でテレビの上に乗ることなんて無理だということが分からないということが、ボクには理解できない。

ボクは、高い所は苦手だ。
お姉さんに助けられた時には、必死になって木に登ったが、それも大した高さではなかったらしい。
トラの行動を見ていても、とても真似など出来そうになく、ボクはチビほど向こうみずではないから、チャレンジしようという気にならない。

ここの家の人もそれぞれ行動に特徴がある。
お母さんは、ボクたち三匹をまんべんなく世話をしてくれる。トラがいなくなっときなどは、トラのことばかりでボクたちは見捨てられるのではないかと心配したが、トラが元気になって来ると依然と同じように接してくれる。
ボクやチビが家中を駆け回ると、「静かにしなさい」と口では叱るけれど、別にむりやり止めさせる気はないらしい。押し入れに上れないボクや、めったに成功しないチビが、腹いせというわけではないが、襖にガリガリと爪を立てることがあるが、その時も、口では叱るけれど力ずくで止めるようなことはない。
その分、お父さんの仕事が増えることになる。

お姉さんは、時々しか家にいないけれど、いる時はいつも抱き上げてくれる。
ボクだけでなく、チビもあのトラさえも抱き上げられるとゴロゴロとのどを鳴らして嬉しそうにしている。ボクは抱かれることはあまり好きではないけれど、お姉さんに抱かれていると、なぜか幸せな気持ちになる。きっと、初めて抱かれて助けられたことを思い出すからかもしれない。

お父さんはあまり家にいないが、あまりボクたちを構ってくれることはない。ただ、食事をしている時、時々自分のおかずをボクたちに分けてくれる。お母さんは嫌がって怒っているが、魚の身をほぐして少しずつボクたちに分けてくれる。
それと、お父さんがたまに一日中家にいる時などには、櫛でボクたちの毛を梳(ト)いてくれる。お母さんも梳いてくれるが、お父さんは、ゴシゴシと力強くて、とても気持ちがよい。

お兄さんはほとんど家にはいない。たまに姿を見せた時には、頭を撫でてくれる。それも、元気がなかったり、とても寂しい気持ちになっている時に必ずそうしてくれる。
それは、ボクに対してだけでなく、トラやチビに対しても同じらしい。
ただ、トラが家に帰る道が分からなくなった時、お兄さんの声がして帰る道を教えてくれたらしいのだが、どういうことなのかボクにはよく分からない。トラも、謎のままらしい。
ただ、チビは、お兄さんはそういう人なんだ、と不思議でもなんでもないらしい。

こういう人たちに囲まれての日々が続いていたが、ある日、ボクは急に食欲がなくなっていった。
特に変わった物を食べた記憶はないし、チビと違って、ボクはお母さんが出してくれる物以外は食べることはない。それなのに、朝、目が覚めると、何かむかむかするような気がして、食欲がなくなっていたのである。
昨日食べ過ぎたのかな、と思って、食事の後また寝床にもぐりこんだが、なかなか寝つかれず、少しうとうとした後も、気分がさらに悪くなっていた。
外から帰ってきたチビが、いつもなら大きな頭を押し付けてくるのに、それをしないでじっとボクの顔を見つめただけで、さっさとソファーに上って寝てしまった。
いつもは、頭を押し付けられるのは迷惑なのだが、素通りされてしまうと、少し寂しいし、ボクが少し変なのを感じとったのかもしれない。

夕方になって、お姉さんがボクの様子に気がついて、
「お母さん、チロ、少し様子が変よ」
と、お母さんに小声で話している。
「そういえば、今日はあまり食べていないみたい」
と、お母さんが答え、二人でボクの側に座りこんだ。
ボクは、無理に寝ているふりをしようとしたが、お姉さんはボクを抱き上げて、顔を覗きこんできた。
「やっぱり、少し元気がないみたい」
「そうねぇ、しばらくおとなしくさせていて様子を見ましょう」
と、ボクは寝床に戻された。

翌朝、ボクは昨日より状態が悪くなった。
どこかが特別痛いというわけではないが、体全体に力が入らず、食欲がなかった。
お姉さんはボクの様子を気にしながら出かけて行ったが、その後お母さんに籠に入れられて病院に連れて行かれた。確か、この家に助けられた時連れられてきた所で、独特の匂いがした。
ボクは注射のような物を三本ばかりもされて、そのうち眠ってしまったらしい。

次に目が覚めた時には、見覚えのない小さな檻の中に入れられていた。一瞬、ボクは再びとんでもない状態になっているのではないかと思ったが、しばらくして意識がはっきりしてくると、そうではなくて病院に連れて来られていることに気がついた。
ボクがゴソゴソと体を動かせていると、あの独特の匂いを持った人が近付いてきて声をかけ、スープの入った食器を入れてくれた。
ボクは低い声で威嚇して、その人を追いやったが、スープを飲むつもりはなかった。それにやはり食欲がわかないのである。

やがて夕方となり、お母さんとお姉さんが来てくれたが、また注射らしい物をされ、今夜はここに泊ることに決まったとお姉さんが話してくれた。
ボクは一緒に帰りたいと訴えたが、我ながら情けない声しか出なくて、お母さんやお姉さんに、ボクの病気が悪いと思わせてしまったかも知れなかった。

しばらくは眠ったようだったが、夜中に目覚めた後は、なかなか眠れなかった。
ボクが入れられているような小さな檻が幾つもあって、他にもネコだか犬だかが入れられているらしい。どうもあまりいい気もちのしない場所だった。
ボクは、突然のように、もしかするとこのままトラやチビのいる家に帰ることが出来ないのではないかと思った。一度その思いが襲ってくると、何だか息苦しくなってきて、とんでもない病気にかかっている気がしてきたのである。
思わず、二度、三度、小さな声で鳴いてしまった。

「大丈夫だよ、チロ。ぐっすりお休み。明日にはきっと帰れるから」
という声が聞こえてきた。
お兄さんの声だ、とボクは思った。同時に、そっと頭を撫でられたような気がした。
     *
翌朝目が覚めると、ボクは猛烈に空腹を感じた。
知らない女の人が持ってきてくれた食事をガツガツと食べた。あまり美味しくなかったが、空腹には勝てない。
やがてお母さんが迎えに来てくれて、また注射のような物を長い時間かけてされた後、お母さんが持ってきた籠に入れられた。
「ああ、これで帰ることが出来る」
と、ボクは思った。
病院の人と長々と話していたお母さんは、籠の中のボクを覗き込んで、
「帰られて良かったね・・。ほんとだ、この子笑ってるわ」
と、病院の人に話しかけると、病院の女性も、「ほんとだわ」と不思議そうに言っていた。

     * * *

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