緑陰茶話   - みどりさんのシニアライフ -

エッセイとフォト

日々の発見と思いのあれこれなど

綿の収穫

2015年08月28日 | 庭の植物
綿の収穫ができるようになりました。



葉巻虫というのか、虫にはずいぶん悩まされました。
ボランティア仲間に聞いたところ、やはり薬は効かないんだそうです。
「今からはアブラムシが付きますよ」と言われてしまいました。

薔薇の花の中の葉っぱも成長しました。


薔薇の他の蕾も同じように葉っぱが見えたのですが、虫に食べられてしまって・・・。

みーちゃんは、虫の見張りもせずに玄関先でお昼寝です。




時代背景と俳句鑑賞

2015年08月25日 | 着物
55年前の和裁の独習書が出てきたことから、以前ある俳句の解釈に違和感を持ったことを思い出しました。
ちょっと辛口になるので書かないでおこうかと思ったのですが、書いてみます。
解釈の対象になったのは、三橋鷹女の、とても有名なこの俳句です。

白露や死んでゆく日も帯締めて

作者の三橋鷹女は明治32年(1899)生まれで昭和47年(1972)に亡くなっています。
この句を作ったのは昭和25年、52歳の時です。

この句の季語は「白露」で秋の季語です。
昭和25年当時、52歳といえば初老といってもよい年齢であり、人生の秋と重ねて白露という言葉が用いられ、死を意識し始めての句かと思います。

この句の眼目は、あっという間に年をとってしまう人生のはかなさを白露に重ね合わせつつ、それでも死んでゆくその日も、いつもと同様に帯を締めると表明する、毅然とした生の在り様でしょうか。

私が違和感を持ったのは、俳句の勉強の為に買った石寒太著「初めての俳句の作り方」の中のこの句の解釈です。

この句について彼は「白露のはかなさと清浄さとの配合でナルシズム的な句」としています。
そして句の意味も「私が死んでゆく日も、・・・きちんと帯を締めた正装で死を迎えたい」としています。

私が『えっ?』と思ったのは、「正装」という言葉です。
正装とは、何らかの儀式の際に身に着ける装いのこと、要するに和装洋装を問わないフォーマルな衣装のことです。

句そのものには正装という語は使われていません。ただ、昭和25年という年代から「帯締めて」の言葉だけで正装と考えるのは無理があります。当時、日常的に着物を着ていた人は珍しくなく、帯もまた普通に締められていました。

実は例の55年前の雑誌にも、和服の正装に関する記述がほとんどありません。和服に正装が連想されるのは、近年のことなのです。

そして、この句の帯を締める着物が、正装かどうかで、句のイメージがガラッと変わってきます。

句では、死んでいく日、ですから、その日だけでなく毎日、正装だということになります。
毎日、正装の人って、どんな人ですか。その勘違いから、「ナルシズム的な句」と評されているみたいなのです。

私がこんなことを書くのは、母が亡くなって、残されていた着物をたまに着るようになって、その時の人の反応が、ちょっとビックリだったからです。

要するに、着物というだけで、カジュアルな場にフォーマルな衣装で来たみたいな反応をされたことがあったからです。(もちろん私はフォーマルな着物、つまり正装で出かけたわけではないのです。)

石寒太氏の解釈は、そういう、着物=正装という感覚に基づいてされているのではないかと思ったのです。
着物=正装という感覚は、現代の、間違った知識による感覚です。
今でも、着物全体から見れば正装といえる着物は少ないのです。

過去の俳句を解釈する場合、作られた時代背景をある程度知っていなければならないのは当然です。
と同時に、着物みたいな日本文化については、基本的な知識を抑えておくべきだと思います。

時代という側面では、女性作家の作品について安直に「ナルシズム的」というような評は、昭和ならともかく平成ではNGだと思うのです。





花の中の葉っぱ 続き

2015年08月24日 | 庭の植物
今朝起きて、ミニ薔薇を見にいくと、葉っぱ?部分が少し大きく育っていました。



これは、ミニ薔薇ですので、花自体が1センチほどの小さなものです。
でも、やはり、中央部分は葉っぱみたいです。

どうなるのか、楽しみです。

ところで、テレビを観ながら部屋でパソコンをいじっていると、すずちゃんが入ってきました。
私のベッドの上に乗ると、ニュージーランドの野鳥が映っているテレビ番組を、真剣な表情で見入り始めました。


すずちゃん、野鳥に興味あるんでしょうか。
たまに、スズメの子やヤモリを嬉しそうに咥えてくるすずちゃんです。


ミニバラ 花の中の葉っぱ?

2015年08月23日 | 庭の植物
時々、こういうことがありますよね。
花の中に葉っぱらしき物が見えること。

庭に置いてあった鉢植えのミニバラ。
一時、虫がついて枯れかけていたのですが、場所を替えて肥料をやったら復活。

蕾も幾つか付けて花が咲きました。


でも、よくよく見ると花の中に葉っぱのような物が見えます。
普通、花の中に葉っぱがある場合、周辺部なんですが、この花の場合は中心部。



目をこらして良く見ても、花びらという雰囲気ではなく、葉っぱっぽい。
蘂という感じでもない。
このミニバラでこんなことは初めてです。

なんだか、とっても不思議です。




55年前の雑誌を発見

2015年08月19日 | 着物
先日、仏壇の下の地袋の奥を整理していたら、面白いものを見つけました。

55年前、昭和34年2月発行の雑誌「婦人倶楽部」の付録の「初歩の方でもよくわかる和裁の独習書」です。母が持っていたものです。


表紙のモデルは白川由美。

当時はファッションモデルを使わなかったのか、中のモデルの人達は、皆、映画や劇団のスターです。

男性のモデルの中にはメチャメチャ若い田村高広がいます。
私の知らない名前も多いですが、知っている名前もちらほら。
淡路恵子、十朱幸代、木暮実千代、小山明子。皆さん、とてもお若いです。

雑誌の内容も、当時の着物に対する考えが窺えて興味深いです。
当時は、普段にも着物を着ていた人がまだ少なくなかった時代。
当然のことながら、合理的に、おしゃれにって感じです。

特集として「ふとんと寝具のすべて」とあって着物の裁ち方だけでなく、和ふとん、洋ふとん、子供用、赤ちゃん用、かいまきetc、色んなふとんの作り方も載ってます。

当時はふとんは買うものではなく、綿や布等の材料を買って自宅で主婦が作っていた時代だったんですね。
打ち直しをしてもらった綿を使って、母が家で作っていたの、私も覚えています。

着物も、女性用だけでなく、男性用、子供用、赤ちゃん用と、それはそれは色んなタイプの着物の裁ち方縫い方が載っていて、感心します。

ただ、この独習書、私のような、まったくの初心者が読んでも着物は縫えません。
ある程度、縫える人が読む本です。
当時の主婦は、多少の和裁はできて当たり前だったから役に立ったのかもしれません。
私の母も浴衣はもちろんのこと、単衣、つまり裏地のない着物だったら自分で縫ってました。

今は、着物は自分で縫わないどころか、滅多に着ない時代。
隔世の感があります。