緑陰茶話   - みどりさんのシニアライフ -

エッセイとフォト

日々の発見と思いのあれこれなど

梅雨の庭

2016年06月23日 | 庭の植物
昨夜は大雨でした。
大きな雨音で夜中に何度か目が覚めました。

今日の昼、ベランダで動くものがあるので見てみると蝉でした。

夕べ、大雨の中、羽化したようで、傍に抜け殻が落ちていて、羽の形がおかしく、飛ぶこともできず、仰向けになってもがいていました。
蝉はクマゼミで、季節的にも羽化は早すぎますので元々障害のある蝉だったのかもしれません。
何だが、とても哀れです。

庭は雑草だらけです。
脛骨の骨挫傷を言い訳に、放置したまま。
でも、花は咲いています。

デュランタタカラヅカ


デュランタの葉の上でファイティングポーズを取るカマキリの子。

小さいのにエラソーです。

スカシユリです。

雨で倒れたユリは切り花にしました。

コオニユリです。百合根を買って植えておくと咲きます。


コムラサキシキブです。秋には紫の小さな実をつけます。

華道をされている方は、なぜかこの木をムラサキシキブと言いますが、ムラサキシキブは近縁の野生種。コムラサキシキブは園芸種のようです。

オオバギボウシはまだ蕾。

じきに咲くでしょう。



茶華道が女性学?

2016年06月20日 | 話題
最近、ワケが分からず“?”なことがありました。

私が住んでいる市の市報が一カ月に一度届くのですが、記事の中に、市内の女子高に通う生徒が自分達の高校について紹介している欄がありました。

そこで彼女は、自分の高校の特徴として女性学を学ぶと書いていたのですが、その内容が茶華道だったのです。

読んでいて『えっ!?』って感じになりました。

私の知識では女性学とは、Wikiの記述そのままなんで、引用すると「男性の視点にとらわれた既存の学問のあり方を批判し、女性の視点から問い直す研究。 新しい学際的な研究分野のひとつとされる。 女性、フェミニズム、ジェンダーや性をめぐる政治学などをテーマとする」でした。

当然、私の感覚では、茶華道を学ぶことがなぜ女性学と呼ばれるのか分からなかったのです。

その学校のホームページで詳しく見てみると、茶華道だけでなく、着物の着付けとか、お辞儀の仕方、挨拶の仕方、書道に短歌や俳句まで女性学と称して教えているみたいなのです。

それって、女性学ではなくて伝統文化教育みたいなものでしょう。
というか、茶華道とか着付けとかを女性にのみ結びつける発想って女性学とは真逆のスタンスでは?

もちろん、茶華道や書道、着付け、短歌・俳句を学ぶこと自体、悪いことでも何でもないんです。それを女性学と称することが「???」なんです。

よく指摘されることなんですが、茶華道が女性が身に着ける教養とされるようになったのは明治も中盤以降で、江戸時代まで茶華道は男性が身に着けるべき教養でした。
それがなぜ、近代では花嫁修業の一環として位置づけられたかというと、それこそ女性学の研究分野になります。

以下、私が随分前に女性学関係者に聞いた話です。どこまで正しいかは分かりません。

日清日露の戦争で、多くの戦争未亡人が生まれ、夫を亡くした彼女達の中には生活に困って体を売る人もいたとか。(当時の恩給制度だけでは生活できなかったのでしょうか。)
国の為に命を失くしたのに遺族が生活に困窮して体を売るとはあんまりで、そこから未婚の女性が茶華道を学ぶことが積極的に奨励されたということなのです。

つまり、未婚のうちに茶華道を習って先生の資格を取り、万一の時は茶華道の先生になって暮らしを立てられるよう、また名目としても先生として社会的に誇りを持てるようにしたというわけです。

以上は私が女性学の関係者から聞いた話です。

当時は女性が現金収入を得る手段などほとんどない時代でした。夫を亡くして困るのは軍人の妻以上に一般の女性達だったでしょう。そこで、働き手である夫を亡くした時の女性の仕事(現金)獲得の手段としての茶華道だったというわけです。
先生になっても、生徒の大半が未婚の女性なわけですから、考えようによっては相互扶助的なやり方です。

ところが、茶華道が嫁入り前の女性の花嫁修業の一環となってしまうと、戦前の家制度・家父長制とか良妻賢母思想とかと結びついてしまい、茶華道自体が処女性のような未婚女性の性的な価値や身体的抑圧のイメージを持たれてしまう結果にもなっています。
要するに、茶華道をやっている=家柄の良い、お淑やかな、ちゃんと躾けられた娘さんであるというような。

よく覚えているのですが、私がまだ30代の頃、茶華道の先生をしていた女性が性的・身体的抑圧の結果、とても珍しい心身症になった話を聞いたことがあります。(口外無用と言われていたので曖昧にしか書けない・・)
当時は、すでに女性の職業の幅は広く、職業に茶華道の先生を選んだこと自体、彼女の内面化していた抑圧の結果だったと思います。

現在では、さらに面白いことに、婚活の場では茶華道をやっていることは言ってはいけないらしいのです。
良家のお嬢様ぶる、お高くとまった、格式ばかりが高い、堅苦しく、面白くない女性として男性から敬遠されるらしいのです。

もちろん、それはイメージの問題で茶華道自体が女性を躾けるもの=性的・身体的に抑圧しているわけではないと思います。(私は茶華道をやったことはないので実際は分かりませんが。)

でも現在の若い男性でさへ、否定的な意味合いでそういうイメージを持っているわけですから、茶華道にそういう価値を見出している人達は、年配の女性の中にはまだいるみたいです。
(姑が茶華道の先生をしていて、やたら権威的でウンザリするといった愚痴を私は最近でも聞かされています。)

で、そういう社会的背景を持っている茶華道やら着付けやらを学校で教えることがなんで女性学と称せられるのかが私の疑問なんです。
社会的背景を探ること自体は女性学と言えると思うのですか。

しかもネットでググってみると、そういう女子高校は私が市報で知った1校だけではなかったのです。
私が知らない間に女性学の定義が変わったとか。だとすればWikiの記述も変わる筈です。
第一、女性学(women's studies)は欧米発祥の学問で、日本だけ、女性が伝統文化を学ぶことみたいに内容を変えられるものでもないと思うのです。

それとも、とても単純に「茶華道は女の嗜みですよ」みたいな感覚で女性学と称して茶華道や着付けを教えているのかとも。
でも、高校の先生が女性学の意味を知らないなどということがあるのでしょうか。

このことで色々と調べてみると文化人類学の立場から「“お茶”はなぜ女のものになったか -茶道から見る戦後の家族」という本があることを知りました。
著者は女性で、フィールドワークとして、複数のお茶の教室に実際に習いにいって、そこで実際にお茶をやっている女性達の立場や意識を研究したもののようです。
機会があれば図書館で借りてみようと思います。

また、私が通っているシニアカレッジの歴史の講座では、二人の講師が別々に、江戸時代の女性の座り方として正座が描かれているものは見たことがないと語っていたのです。
だとすると、女性の正座がマナーとして一般化したのは近代以降ということになります。
これもまた近代以降の女性達の間での茶華道の普及と関係があったのかとか、市報の記事から色々と考えてしまっている今日この頃です。


三宅島 バードウォチング旅行

2016年06月13日 | 旅行
6月の上旬、三宅島にバードウォチングに行ってきました。

三宅島は別名バードアイランドと呼ばれるほど、野鳥の多い島。
多いだけではなく、他の地域では滅多に見られなかったり、アカコッコのようなその地域(伊豆諸島)にしかいない、いわゆる固有種が多い島です。

私はツアーで行きました。バードウォチングには専門の旅行会社があり、そこのツアーを利用すると専門の鳥ガイドもついて、バードウォチング(以下、鳥見)にはそこそこ満足のいく旅行ができるのです。

ツアー参加者は20名で、うち6名が女性。ご夫婦が2組で、その方達以外は私も含め一人参加でした。(参加者同士で顔見知りの人はいたみたいです。)

1日目は夕方に関西の自宅を出て新幹線に乗り、21:30に東京の竹芝桟橋に集合。22:30に出港です。

船は東海汽船の橘丸でしたが、正直、乗る前は心配していました。
というのも、10代20代の頃の日本国内の船旅の記憶は、海が大荒れだったり、夜は船底に詰め込まれて一度足を曲げると翌朝まで足を延ばせなかったりと、ロクなものではなかったからです。その頃以来、泊まるような船旅はしていません。

でも、心配は無用でした。往復共、凪いでいましたし、2等でも自分のスペースが確保されており、船内の他の施設もきれいでした。

ツアーの他の参加者の話によれば、2年前に船が新しくなり、船旅がとても楽になったということでした。
ただ、ガイドのアドバイスで、毛布を2枚借りて、1枚は敷いて、1枚は掛けて寝たのですが、寝るには寒く、2枚共掛けた方が良かったです。


海から撮った夜の東京です。

翌日は5:00に三宅島に着き、直ぐに貸切バスに乗り、鳥見に出発です。
鳥見は早朝が命なのです。

最初のお目当てのウチヤマセンニュウは、早朝、特定の場所でしか見ることができません。
ガイドの指示で鳥見のマナーをしっかり守り、大声も出さず、うろつかず、探しました。
マナーを守ることは、鬱陶しいようですが、鳥にストレスを与えず、結果的に目当ての鳥を見ることができるのです。

そうこうするうちにウチヤマ君が出てきました。

『うーん、鳴き声以外、ウグイスとどこが違うんや』って感じです。
でも、よくよく見るとやっぱり違います。
海側を見ると初めて見るカツオドリが飛んでいました。
『オオーッ!』って感じでした。

その後はバスで島内一周。
せっかくなのでとガイドの案内でアオウミガメも見に、海岸へと行きました。

海岸付近は固まった溶岩がそのまま残されていて、三宅島はやはり火山でできた島なのだと思いしらされます。デコボコした溶岩の上は歩きにくく、私の膝には随分と負担でした。
それでも、時折、海から顔を出して泳ぐアオウミガメに感動。

宿は釣り人宿(民宿)で、日本野鳥の会が運営する三宅島自然ふれあいセンター・アカコッコ館の近くにあります。
宿では庭に餌台を置き、たくさんの野鳥を身近で見ることができました。

ひまわりの実をくわえたオーストンヤマガラ。本土のヤマガラに比べる赤茶色の部分が多く、随分と異なります。

ここのヤマガラも人懐こく、掌にひまわりの実をのせて待っていると、飛んできて手の上に止まり、実を取っていきます。

宿の庭ではヤマガラだけでなく、シチトウメジロやカワラヒワ、シジュウカラ、たまにスズメも来ました。
三宅島ではスズメが稀。(笑)
アカコッコも早朝にはやってくるそうですが、用心深くてなかなか見られません。

アカコッコ館にも行きましたが、設えてある野鳥が見られる場所は人が多すぎてダメ。
でもアカコッコ館の周辺ではタネコマドリの親子に遭遇。

左下が親で、右上が幼鳥です。
親の後を一所懸命に追いかけてました。
タネコマドリ幼鳥の写真。丸々と太った可愛い子です。

タネコマドリの親子が見られたのは、とてもラッキーだったようです。

夕食は宿の女将さんの心づくしの料理。美味しかったです。

翌日は残念ながら雨でした。それでもめげずに宿周辺を探鳥。
カラスバトです。

ミヤケコゲラです。

アカコッコは何度か見たのですがシャッターチャンスに恵まれませんでした。残念!

実は三宅島で見た野鳥の多くは絶滅危惧種です。つまり近い将来絶滅する可能性の高い野鳥です。
種によっては、本来島にいなかったイタチを、ネズミの駆除を目的に島に入れてしまったことが主な原因だとも言われています。
実際、今回の旅行でもイタチの姿を何度か見ました。
取返しのつかない、愚かなことをしたものだと思います。

三宅島を出港したのは13:35です。
昼間でしたので、鳥見は船の甲板上で続けました。
オオミズナギドリが飛んでいました。


19:40に船は竹芝桟橋に着きましたが、関西人の私の旅は終わりません。
帰りは新宿バスタまで行き、夜行バスに乗りました。
翌朝7:00にようやく大阪に着きました。

最後に付け加えると、夜行バスは進化しているとは聞いていましたが、とても乗り心地の悪いものでした。
確かに、色々と工夫はしていましたが、私には合わず、座席から滑り落ちそうで眠れませんでした。少々高くても新幹線で帰るべきだったと思います。



骨挫傷でした。

2016年06月09日 | 健康
5月14日に派手に転倒して、足にタンコブができた怪我。青黒かった内出血の色も消え、一見、治ったように見えてました。
ところが、直接、打撲したところでない場所が触れただけでも痛かったり、熱を持っていたりで、ちゃんとした整形外科に行くことにしました。

実は病院には行っていたのですが、外科と皮膚科を兼ねた病院に行ってました。
そこではシップ剤だけで特にレントゲンを撮るでもなかったのです。

家のすぐ近くには、先端の医療技術を持った整形外科病院があるのですが、評判が良すぎて受診するのが一苦労。
どうせ単純な怪我だろうと、すぐに診てくれる (ということは患者の少ない) 病院に行っていたのでした。

でも、怪我をしてから20日過ぎても痛い。で、ちゃんとした整形外科に行くことにしたのです。
その前に三宅島に旅行にも行ったのですが、そこで無理をしたせいか、痛みが悪化。
旅行から帰ってすぐに受診しました。

整形外科ではすぐにレントゲンを撮られましたが、異常なし。そこで先生は私に聞きました。
このまま様子をみるか、それともMRIで原因を突き止めるか。
MRIを使うと受診料が跳ね上がるのでそう聞いたのだと思います。

もしかして、何か隠れた損傷があることも考えて、私はMRIで診てもらうことにしました。
結果は脛骨近位骨挫傷、要するにスネの上部の骨の内部にミクロ単位の細かいヒビがたくさんできていて、そこから骨の内部に出血していたのでした。

ただ、半月板や靭帯には異常なし。ついでに測った骨密度も年齢平均以上で充分でした。
骨挫傷はレントゲンやCTでは分からず、MRIで初めて分かるのだそうです。

で、治療法ですが「今さら固定しても仕方ない」とかで、結局は無理をしないことだとか。
医師によると、時には骨挫傷した部分がグシャと潰れたり、骨がズレることもあるので、3週間後にもう一度レントゲンを撮る予約をしました。

骨挫傷は、打撲だと思っていた怪我が、なかなか治らなくて詳しい検査をして初めて分かる怪我のようです。
治療は自然治癒(2、3ヶ月かかる)を待つのが基本なので、放置してても治ったのかもしれません。
でも、痛みの原因が分かったことは安心に繋がりましたし、変な無理もしなくなるのでMRIを受けたことは良かったです。

ただ、腰痛改善のためにはもっと歩かなくてはと思っていたのに、これでは歩けません。
今は大人しくするしかなさそうです。



    最近届いた株主優待です。

              キーコーヒー

              ハウス食品

二人家族だと使い辛いものもありますが、ありがたくいただいときます。