りなりあ

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約束を抱いて 第四章-46

2008-05-27 22:23:06 | 約束を抱いて 第四章

志織は部屋を見渡して、記憶を辿った。
「志織さん、どうぞ。」
倉田奈々江がハーブティを置いた。

「ありがとう。奈々ちゃん。」
奈々江に促されてハーブティを飲んだ志織は、少し緊張を緩めた。
「ここ、むつみちゃんの部屋、よね?」
「はい。今朝、晴己から内装など全て変えるように指示があったようです。今後は、むつみちゃん個人が使用する事はないと思います。」
「どうして、急に?」
「昨日、色々とあったみたいで。」
奈々江は詳しい答えを避けて、自分のハーブティを飲む。
「杏依さんは?」
「眠るって言うから早々に退散したわ。」
「私達が眠れるのは何時でしょうか?」
奈々江が少し面白そうに笑った。
「…余裕ね。」
「そう見えますか?私は、今日は眠れないと確信しているだけです。」
志織は、晴己の事が心配になった。あの時の2人が経験した事実を目の前に見せられ、むつみの周囲が探られていたことを知らなかった自分を責めるような気がした。
「昨夜の晴己は随分と機嫌が悪かったようです。直樹達が引き止められていましたから。ただ、あれから24時間も経過していますから。」
再び落ち着いた動作でハーブティを飲む奈々江を志織は怪訝に思った。
「奈々ちゃん?あなた、私が来た理由を…知っているの?」
「いいえ。志織さんが来られた理由が、どんな内容でも、私は晴己の秘書として彼を支える義務があります。」
志織がカップを掴もうと思った時、ノックの音が響いた。
室内に入ってきた晴己は、普段と変わらず綺麗な笑みを志織に向けた。

◇◇◇

火曜日の昼休みに保健室に来たむつみは、1人の生徒が寝ている事に気付き、その生徒の名前を確認しようと机の上のファイルを手に取った。
「先輩。」
その声と同時に、窓ガラスを叩く音がして、むつみは慎一の姿を見つけた。
「昨日はご馳走様でした。夕食も美味しかったです。でも」
慎一の笑顔を素直に受け取れず、むつみは曖昧に微笑む。
「お手伝いさん達が作った料理よりも、僕は先輩が作ったオムライスが食べたいな。」
可愛い笑顔で言われた内容は、むつみの心を乱していく。
「あの…。」
室内からの声に、むつみが振り向くと、女子生徒が立っていて、少女が戸惑いながら会釈をした。
「大丈夫?」
慎一が彼女に問う。
「うん…少し眠ったから、平気。」
2人が同じクラスだったことを、むつみは思い出した。
「一緒に戻る?」
慎一の誘いを、彼女は首を振って断った。
「1人で戻れるから、大丈夫。お話中、みたいだから。」
彼女が保健室を出て行くのを見送るむつみを慎一が呼ぶ。
「先輩。」
むつみは体の向きを変えて、窓の外に立つ慎一を見た。
「本当に良いんですか?今日もお邪魔して?」
むつみは即答できなかった。
保健室の窓から入ってくる風は心地良く、慎一の髪が揺れている。
サラサラと流れていた慎一の母の髪。
碧さんとむつみちゃんだけだと言った鈴乃の言葉。
姉妹でも親子でも、例え血の繋がりがあっても、髪質が同じとは限らない。
晴己と早川修司の髪質が似ていないように、表面に現れる特質は人によって違う。
むつみは揺れる黒い髪に手を伸ばした。
いつか、優輝の髪を触ろうとして逃げられた事があったけれど、目の前の慎一は、まるでむつみの手を待つように、動かない。
その瞳が、むつみを見上げようとして、そして視線を止めた。
「中原君?」
不思議に思って振り向き、驚いたむつみは机の上のファイルを落としてしまった。
「…優輝君。」
予鈴の音が鳴り響く。
立ち去る優輝を追いかけようとして、むつみは振り返って慎一を見た。
不安そうに見上げてくる瞳を少しでも安心させてあげたくて、むつみは窓際に戻る。
予鈴の音が鳴り響く中、むつみは深呼吸をした。
「部活、あまり無理しちゃダメよ。」
髪に触れる。
柔らかくてサラサラとしていて。
慎一がホッとしたように頬を緩め、むつみも微笑みを返すことが出来た。
落としたファイルを拾いながら、優輝を追いかけても無駄だと思った。そして、あの少女の名前を知らない事に気付きながらも、むつみはファイルを机の上に戻すと保健室を出た。



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