りなりあ

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約束を抱いて 第四章-50・完

2008-06-19 00:05:40 | 約束を抱いて 第四章

「今…先輩は、僕と同じ気持ちですか?真実を知りたい、母の過去を知りたい、そう思うのは間違っていますか?」
慎一が彼自身に係わる重要な事柄を知りたいと思う事は、少しも間違っていないと、むつみは思った。
「先輩には、関係ない…かな?」
むつみは驚いて顔を上げた。
「僕は、ずっと会える日を待っていたのに、僕の気持ちなんて何も知らないで、僕の存在も知らずに、斉藤先輩は凄く幸せそうだった。僕を見ても、僕の名前を知っても、思い出してくれなかった。悔しくって…母と僕に会ってくれない…それなのに、幸せな家族で…嫌いに」
慎一の瞳から涙が落ちるのを、むつみは霞む視界で見ていた。
「嫌いになりたかったのに。ごめんなさい。僕…幸せそうな斉藤先輩が、羨ましくて…。僕の中に、嫌な気持ちがあって、僕にないものを持っていて、僕のこと、少しも覚えてくれていなくて。先輩に酷い事を…。

碧が慎一に腕を伸ばした。
「慎一。」
碧の指が慎一の髪を梳いていく。
「僕…」
慎一の頬が涙で濡れていく。
「嫌いになりたかったのに…それなのに、好きな食べ物が一緒で…先輩もオムライスが好きで…お弁当の卵焼きが、同じで、お味噌汁の味も同じで」
言葉を止めた慎一の瞳から涙が溢れ出て、その姿の幼さに安堵した碧は、慎一の体を抱き寄せる。
「私も好きよ。むつみの作る卵焼きが。だって…姉さんの味に似ているから。」
慎一の背中を、碧の掌が優しく撫でていた。

◇◇◇

「着きましたよ。」
瑠璃が車を停めた。
「ごめんなさいね。瑠璃さん。急にお願いして。」
碧の言葉に、瑠璃は笑顔を返す。
「大丈夫です。叔父は暇ですから。」
昨日、優輝が斉藤家を出て行くと、暫くして大江婦人に連れられて慎一の母親が姿を見せた。慎一は大江婦人と一緒に彼女の家に戻り、碧達姉妹は一晩中、話し合っていた。問題は解決したのか残ったままなのかは分からないが、車内で楽しそうに会話を続けている姉妹を見て、むつみは安堵した。
「一応、プロのカメラマンですから。中学入学の記念写真を撮るには、適役だと思います。」
窓ガラスが外から叩かれ、後部座席の扉が開けられる。車内を覗く慎一の後ろには優輝が立っていた。
「早く、早く。朝練の人達が来ちゃうから。橋元先輩が遅いから。」
急かされて車から降りたむつみ達は校門の前に並んだ。
「橋元先輩は後で。」
慎一に連れて来られた優輝は不服に思いながら、車の横に立っている瑠璃の隣に立った。
「俺…朝のトレーニング、中断されたんだけど。それなのに、なんだか酷い扱い。」
問うと瑠璃が笑う。
「むつみちゃんが幸せそうだから…良いんじゃないの?」
母親と叔母、そしてむつみと写真を撮った慎一が、優輝を呼ぶ。
「出番みたいね。」
瑠璃の言葉に優輝は面倒そうな足取りで校門の前に戻るが、慎一が優輝の腕を掴んだ。
「なんだよ、中原?」
慎一が優輝とむつみの間に、自らの体を割り込ませる。
「だって、僕の中学入学の記念写真です。僕が主役です。」
そんな慎一に優輝は溜息を出す。
「あっれぇ?何してるんですか?」
その声に、碧は姉に背中を押されて車の中に押し込まれた。
「なに?その迷惑そうな顔。」
水野が校門前に立つ人達を見渡す。
「水野先輩って…タイミングの悪い人ですよね。」
水野の視線から逃げるように、慎一は優輝の後ろに身を隠す。
「入学式の時、写真撮れなかったから。邪魔しないでください。」
「で、どうして優輝さんと斉藤先輩も一緒な訳?」
「僕が一緒に撮りたいから。」
「じゃ、俺も一緒に写ってやるよ。」

「必要ないです!」
拒む慎一と水野の声を聞きながら、むつみは空を見上げた。
雲が風に流れている。

昨夜の雨に濡れた木々が、太陽の光の中で輝きを増している。

むつみと優輝の間に立つ慎一の後ろに、背の高い水野が立つ。

写真に残る、この一瞬を抱きしめる。

新しい未来が、始まる。


◇約束を抱いて 第四章・完◇



2 コメント

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Unknown (まこと)
2008-06-20 18:08:48
おわったなぁ❤
5章楽しみにしてますね♪
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Unknown (みのり)
2008-06-21 00:48:25
まことさん。

5章に入る前に、番外編を考えています。
今までの話の補足になればいいのですが…。
しばらくは、他の話をUPしますが、5章も出来るだけ早く連載を始めたいと思っています。

これからも、読み続けてもらえるように頑張りますね。
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