りなりあ

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約束を抱いて 第二章-48

2007-03-15 23:56:05 | 約束を抱いて 第二章

先週と同じように用意された夜食を食べながら、優輝は晴己と向かい合って座っていた。
今夜は晴己が優輝の勉強を見てくれたが、こうして二人で過すのは、とても久しぶりに感じる。
晴己は昔と変わらず、優輝が目標とし、尊敬する存在のままだった。むつみを介することによって、晴己との距離が微妙になってしまったのは事実だが、今日のように、優輝だけに接してくれる晴己は昔と何も変わらない。
変わってしまったのは自分自身なのだろうか?
むつみとの事がなければ、晴己とは変わらずにいられるのだろうか?
「優輝?」
不思議そうに晴己が優輝を見る。
「あまり、美味しくない?」
晴己が少し残念そうに言う。
「そんなんじゃなく…。」
今の気持ちは、以前に比べれば幾分落ち着いているが、以前は口にする物全てをむつみの料理と比べてしまっている優輝がいた。彼女の料理が美味しいから、口に合うから、そんな理由だけではないと、優輝は今になってようやく分かる。
「美味しい。」
そう言って優輝は皿に残る物を食べていく。
むつみが自分の為に作ってくれた、その好意が嬉しかっただけなのだと、改めて知る。
「まだあるけれど、どうする?」
晴己に問われて、優輝は頷いた。

◇◇◇

むつみの部屋で優輝は周囲を見渡した。
女の子の部屋、というのには程遠いと思った。新堂の家にあるむつみの部屋は、女の子の部屋だと分かる内装だったが、斉藤の家の部屋は随分と雰囲気が違い、とても落ち着いている。
部屋に招き入れられた事を驚く気持ちもあるが、碧が促してくれたのだから、晴己は怒らないだろう。
「はる兄の家からの帰り?」
問うむつみに頷いて答える。
日が沈みかけた時刻で、早々に帰らなくてはいけないのに、どうして斉藤家に来てしまったのだろう?
むつみが言ったように、理由がなければダメなのだろうか?
ここに来た理由は、1つしかないのに。
「はる兄が言い出したこと…迷惑じゃない?」
「え?」
「認めてもらう必要は、ないのかなって思って。」
優輝は昨夜の事を思い出していた。
杏依は幸せに満ち溢れていて。そして、晴己も幸せそうで。そんな晴己を思い出して優輝は複雑になる。
全ての物と引き換えに手に入れたものが、今の幸せなのだろうか?
「優輝君は…。」
「俺が…何?」
「優輝君は、私が邪魔じゃない?」
「…。」
「でも、テストは頑張ろうね。無駄になることじゃないから。でも迷惑なら言って。」
きっと彼女は誤解している。
誤解させるような言動をとったのは優輝自身だと、彼は自分で分かっている。
「俺、普通に付き合う事なんて無理だから。休みの日に会ったり、どこかに出かけたり出来ない。」
「うん、分かってる。優輝君にはテニスがあるものね。」
むつみは笑顔で答える。
「私は…少しでも役に立てるのなら嬉しいから。」
人を好きになる感情は不可解で未知だと、優輝は思う。だけど、誰かを想えば何かを失うだけでなく、何かを得ることもあるのかもしれない。
「杏依さんが」
幸せに包まれて微笑む杏依を思い出す。
「今の幸せがあるのは、むつみがいたからだって。」
むつみが驚いた顔を見せる。
「杏依さんが?」
彼女の瞳が潤む。
「久保コーチが」
涙を溜めた瞳が優輝をみつめる。
「今の俺があるのは、むつみがいたからだって。」
何度も見たことのある、彼女の涙。
その度に彼女の涙を拭うのは晴己で、優輝は見ていることしか出来なかった。
彼女の肩を抱いて、体を抱き寄せて、髪を撫でて。そんな晴己の動作は、嫌になるくらい鮮明に覚えている。
「俺も、そう思う。」
彼女の頬に、涙が落ちる。



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