りなりあ

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約束を抱いて 第二章-44

2007-03-11 23:17:12 | 約束を抱いて 第二章

むつみを訪ねた涼を迎えてくれたのは、母親の星碧だった。
久保の伝言を伝えるだけで帰ろうと思っていた涼は、碧に丁寧に迎えられて戸惑った。
「弟さんは…優輝君はお元気ですか?テニスを続けているっしゃるそうで、正直…ホッとしています。晴己さんから聞きましたが、むつみが少しでも勉強の面で協力できるのなら、あの子も喜んでいると思います。」
優輝とむつみが一緒に勉強をした事実は、碧は既に知っているようだった。
しばらくして、2階から降りてきたむつみは、涼が訪ねて来た事に驚いた表情を見せるが、すぐにその頬に笑顔をのせて丁寧に挨拶をした。
家の中へと促す碧の好意を辞退すると、碧が家の奥へと戻って行く。
「付き合っているって本当なのか?」
「…はい。」
答えたむつみの表情からは、久保が言ったように悲しそうで寂しそうな色が見て取れる。
「形だけという方が正しいです。」
「形?」
「たぶん、その方が…便利だから。特に…何も前と変わらないです。話も出来ないし、前よりも会えなくなったから。」
「訳の分からない2人だな。話をすればいいだろ?会えばいいだろ?」
「だって…優輝君の邪魔になっちゃう。」
「はぁ?君は優輝が好きなんだろ?だったら優輝にも好きになって欲しいだろうし、その為の努力をしないのか?会う為の方法を考えればいいだろう?」
「好きになって欲しくないの。」
むつみの言葉に涼は驚いた。
「優輝君にはテニスだけ、続けて欲しいから。はる兄みたいに…やめて欲しくない。」
優輝とむつみが晴己から受けている影響の大きさに、涼は愕然としていた。2人は晴己が選んだ道を間違いだと思っているのだろうか?
彼はテニスをやめたかもしれないが、それと引き換えに彼が手に入れたものは、幸せの象徴なのに。
「同じ道を選んで欲しくないから。」
玄関で話す声は、おそらく碧には届いていない。だけど、むつみの声は涼にだけ聞こえる程度の小ささで、少しだけ震えが混じっていた。
「邪魔になりたくないの。」
人が人生で選択を迫られる事は何度もある。その度に何かを選び、何かを諦めなくてはいけないかもしれない。だけど、全てと引き換えに愛情を手に入れるわけではないのに。
涼はそう思いながら心が渦巻いていた。
涼は、そんな風に誰かを好きになった事はない。全てを捨てても良いと思うくらい、誰かを欲した事もない。だから、犠牲の上に成り立つ愛情など、涼には理解できなかった。
「涼さんも、そう思うでしょう?優輝君にテニスを続けて欲しいでしょう?」
首を振った涼を、むつみは驚いた表情で見た。
「以前にも言ったはずだ。俺は優輝がテニスを続けようが、やめようが、別にどっちでもいい。優輝が続けたいのなら、その為の協力はしたいと思うが、続けるかどうかは優輝が決める事だ。」
むつみは涼の言葉を思い出していた。
『その考えが、家族と他人の違いだよ。君と晴己はテニス選手としての優輝の事ばかり考えている。だけど俺達家族は違う。優輝が無事でいればそれでいい。』

「そう…ですよね。涼さんは優輝君のお兄さんだし、家族だし…。でも、私が妨げになるのは許せないでしょう?」
どうして彼女は、そんな風に自分の存在を悪い方に考えるのだろう?むつみが、自分の存在が優輝の妨げになると思っているのは、晴己の事があったからだし、怪我の事も関連していると思う。だが、彼女が自分を追いつめる必要はない。
「むつみ。」
奥から再び姿を見せた碧が、娘の名前を呼んだ。その姿が、涼に中に入る事を再度促している。
「すみません。お願いがあります。」
涼が少し声を大きくして、奥にいる碧を呼ぶと、碧は玄関まで歩いて来る。
「むつみさんに」
涼は頭に思い浮かんだ考えに、自分自身で首を傾げていた。
「優輝の勉強を教えて欲しいのですが。」
2人の付き合いに協力などしたくない。優輝がむつみと付き合う事など、絶対に避けた方がいいと分かりながら、涼は碧に依頼する。
「こちらの勝手なお願いですが、週末だけでは少々不安です。もうすぐテストも近い事ですし。」
むつみが優輝の役に立てる事を喜んでいる碧に、この誘いを断る理由はなかった。



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