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みんなのライヴ・ブログ

行ったつもりのリクエスト「おうち DE apple-cart」。毎日朝5時に1曲、全力更新中!

1984.01.28 Alcatrazz

2014年10月01日 04時34分00秒 | 80年代の回顧録
中野サンプラザ by Mr.Rapport

座席 一階席のやや右寄り中央。前から20番目あたり

メンバー
Graham Bonnet(Vo.)
Yngwie Malmsteen(G.)
Gary Shea(B.)
Jimmy Waldo(Key)
Jan Uvena(Ds.)

《セットリスト》
1.Too Young to Die,Too Drunk to Live
2.Jet to Jet
3.Hirosima Mon Amour
4.Night Games
5.Big Foot
6.Island in the Sun
7.Kree Nakoorie
8.Since You Been Gone
9.You Suffer Me
10.Desert Song
11.Evil Eye

Encore
12.All Night Long
13.Lost in Hollywood
14.荒城の月
15.Somethin Eise

当初、このコンサートには行くつもりがなかった。当時、フリーターのような生活を送っていたため、お金がなかったからである。
ところが、開演の一週間ほど前だと思うが、かつてのバンド仲間から、「大阪に社員研修に行くため、行けなくなったので、代わりに行ってもらえないか」という連絡が入り、急きょ、チケットをもらいうけ足を運んだ次第。

でも、アルカトラスは聴いたことがなかった。「イングヴェイ・マルムスティーンというギタリストが凄腕」という情報は音楽雑誌でつかんでいたものの、どれくらいの力量の持ち主であるかは皆目見当がつかない。

そこで、コンサートの数日前だったと記憶しているが、当時、笹塚にあったレコードのレンタルショップで借りてきて聴いたところ、これがなかなかいい。
「どの曲も外れがない。どうして今まで聴かなかったのだろう。オレとしたことが不覚だった……」

そんな自責の念にかられつつ、コンサート会場に足を運んでこれまた大正解。
冒頭から、聴いて「いいなあ」と思ったアルカトラスの曲が立てつづけに演奏され、盛り上がったところで「Night Games」。そして、中盤にさしかかったころに、レインボーの「Since You Been Gone」とMSGの「Desert Song」。アンコールには「All Night Long」と「Lost in Hollywood」。なかなかどうして、やってくれるじゃありませんか。

そんなセットリストにも増して、興味をひいたのはインギーのプレイ。
当時、二十歳になるかならないかの若造だが、とにかくバカテク。Wi -Fi超えの4G――おお、オイラのI Phone6の通信速度と同じくらいの早弾きプレイ。
「こいつ、明らかにリッチーを意識している」と思ったら、終盤、やってくれました。ギター・クラッシュ。

今の言葉でいえば、リッチーをコピーしてペーストしたようなギタリスト。仕草もアクションもファッションも何もかも似ている。
こいつのせいで、グラハムの存在感は二の次・三の次。視線はどうしてもインギーに行ってしまう。というか、終盤は完全にインギーの独り舞台。グラハムとしては「庇を貸して母屋を取られる」といったところか。

「シンガーがリーダーのバンドは、ギタリストはナンバー2の存在でなければならないが、こいつはそうした常識を覆そうとしている。いったい何者なんだ。でも、こいつ、そう長くはこのバンドにはいないな。いずれ脱サラ・独立するだろう」
そんなことを思っていたら、自分の予感は見事的中し、程なくしてインギーは脱退。自らのバンドを率い「ライジング・フォース」の発表に至るわけである。

なお、このときの公演は後に『ライヴ・センテンス』(Live Sentence)というライブアルバムとしてリリース(だいぶ編集されていますが)。その評価は「Long Live Rock 'n' Roll」を参照してくださいね。

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1986.1.28(TUE) NIGHT RANGER <7 WISHES TOUR>

2014年09月15日 05時02分00秒 | 80年代の回顧録
日本武道館 東スタンド 1階 F列 11番 by kazypaicy

家内と付き合い始めて半年ぐらいの頃、2人で初のライブ参戦(そんな事誰も聞いてないって)(笑)
3rdアルバム「7 WISHES(セブンウィッシーズ)」を引っさげて3度目の来日公演
位置的には申し分ない座席ですが、「東スタンド」ってのが気がかり
横からの位置だとドラムが見えない可能性が大!

でもね、唄うドラマーさんはステージ‘上手側’にドラムをセッティング
やや後ろからではありましたが、バッチリ観る事が出来ました(^^)

[セットリスト]~パンフレット掲載の演奏曲目(予定)より~
・SEVEN WISHIES
・SING ME AWAY
・RUMOURS IN THR AIR
・THIS BOY NEEDS TO ROCK
・SENTIMENTAL STREET
・WHEN YOU CLOSE YOUR EYES
・FACES
・EDDIE'S COMIN' OUT TONIGHT
・CALL MY NAME
・FOUR IN THE MORNING
・I NEED A WOMAN
・NIGHT RANGER
・(YOU CAN STILL)ROCK IN AMERICA
・SISTER CHRISTIAN
・DON'T TELL ME YOU LOVE ME
・GOODBYE
覚えてないんですが、おおよそこの曲順かなと。。
(YOU CAN STILL)ROCK IN AMERICAで〆て
アンコール3曲ってとこだったような気がします(ははは)


当時のアマチュアバンドたちには「DON'T TELL ME YOU LOVE ME」や「(YOU CAN STILL)ROCK IN AMERICA」は人気が高かったですね。

好対照のプレイで若者達に人気のブラッド・ギルスとジェフ・ワトソンのパフォーマンスに釘付け
決してテクニシャンではないが、安定したドラミングと歌声で観客を魅了してたケリー・ケイギー
ステージ狭しと動き回り重低音でバックを支えるジャック・ブレイズ
どことなく強面なんだけど、華麗なる指先で鍵盤を操るアラン・フィッツジェラルド
彼ら5人が奏でるストレートでメロディアスなアメリカンロックに酔いしれたスペシャル・ナイトでした(≧∇≦)

※余談ですが、この日は都会の闇に紛れた2人でしたが
 翌日、朝起きてテレビをつけて愕然。。
 あのスペースシャトル(チャレンジャー号)が打ち上げに失敗
 7名の乗組員が犠牲になった事故をニュースで見ました。

※もう一つ、ここにきて来日メンバーに変更がでたそうです
 2008年から正式メンバーに加入していたギターのジョエル・ホークストラが脱退
 理由は白蛇に加入だそうです(笑)代わりのギタリストはケリ・ケリー(Keri Kelli)
 ジョエルがツアーに参加できないときにサメ[トしてたギタリストですって。

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1981.8.26 RAINBOW

2014年08月05日 04時48分00秒 | 80年代の回顧録
日本武道館 by Mr.Rapport

座席 一階席のほぼ中央。前から10番目あたり

メンバー
Ritchie Blackmore(G.)
Joe Lynn Turner(Vo.)
Roger Glover(B.)
Don Airey(Key)
Bobby Rondinelli (Ds.)

《セット・リスト》
Spotlight Kid
Love’s No Friend
I Surrender
Man on the Silver Mountain
Catch the Rainbow
Can’t Happen Here
Lost in Hollywood(Inc.Keyboard Solo)
Difficult to Cure(Inc.Drum Solo)
Long Live Rock’n Roll

Encore
Woman from Tokyo
All Night Long
Since You Been Gone
Smoke on the Water

 レインボーの来日公演は78年以外、全部、見まくったが、その中で一番印象が薄かったのが、このときのライブ。個人的には100点満点で55点とOKラインには及ばない。新旧パープルのメンバーが合わせて4人いるにもかかわらず……。

 セットリストを見る限り、そう悪くは思えない。オープニングはニューアルバム『治療不可』からのHRナンバー「Spotlight Kid」。その後もニューアルバムからのナンバーと往年のクラシックナンバーが交互に演奏され、アンコールでは、「Mistreated」以外に演ろうとしなかったDPのナンバーも2曲演奏されている。

 じゃあ、どこが減点材料なの?
 まず、問題なのはリッチーのおざなりな手癖のフレーズ。これは、この頃から始まり、以後も(再結成DP~再結成レインボーと)ずっとつづくわけだが、正直、初めて目の当たりにしたときは「キチンと弾けよ」と文句を言いたくなった。
 そうしたこともあって、ギターに往年のスリル感と緊張感を感じないのだ。この減点は大きい。
 次に新メンバーのジョー・リン・ターナーの歌いぶり。今でこそ慣れてしまったが、初めて耳にしたときは、ロニーやグラハムの激しくシャウトするヴォーカルを聴きつづけてきただけに、何かヤワな感じがした。決して、歌は下手ではないのだが、やはりこれも減点材料。
 そして、同じく新メンバーでコージーの後釜のボビー・ロンディネリ。前任が前任だけに致し方ないんだけど、はっきり言って物足りない。コージー同様、ツイン・バスドラだけに、余計、そう感じるのかもしれないが……。ドラムセットの後方には大きなドラも備え付けられていて、「これで何かしでかすのかな」と期待したものの、ドラムソロのおしまいに1~2回叩くだけ。おい、これって、ほとんど意味がないぞ。この減点も大きい。
 そして、ドンのキーボード。今でこそスティーブ・モーズと並んでDPサウンドの要の役割を果たしているが、やはりレインボーでは「主」のギターに対し、「従」の関係は否めない。当時の印象は「トニー・カレイやディビット・ストーンよりもテクはあるな」程度。したがって、これまた減点せざるをえない。

 そういうこともあって、アンコールで演奏された「Smoke on the Water」も、個人的には印象が薄かった。「ああ、リッチーが弾いているな」みたいな程度で、とくに感動はなし。
 おしなべていえば、リッチーはこの頃、中途半端な状態にあり、今後の音楽性を模索していんじゃないのかな。やるべきことは全部やってきた。さて、これからどうするか……みたいにね。それがメンバーの選出や演奏にも現れてしまったのかもしれない。
 それでも、リッチーには根強いファンがたくさんいるらしく(自分もそうだけど)、武道館は満杯だったように記憶している。

 さかのぼること二か月前に行われた白蛇の公演が浅草国際劇場や中野サンプラザだったことを考えると、やはり、リッチーは他のアーティストにはない“集客能力”を持ちあわせているのかもしれない。

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1985.4.13 BRUCE SPRINGSTEEN AND THE E STREET BAND

2014年06月16日 05時08分00秒 | 80年代の回顧録
東京・国立代々木場第一体育館(代々木オリンピックプール) by Mr.UNIVERSE

北 3階 E―C列 4番 S席\5000 ウドー音楽事務所

Bruce Springsteen(Vo.G)
Roy Bittan(Piano.Synthesizers.Organ.Acordion)
Clarence Clemons(Sax,Trumpet)
Danny Federici(Organ,Piano,Accordion)
Niles Lofgren(G,Accordion)
Patti Scialfa(Vo)
Garry Tallent(B)
Max Weinberg(Ds)

《SET LIST》
1.Born in the U.S.A
2.Prove It All Night
3.Reason to Believe Play
4.Johnny99
5.Atlantic City
6.The River
7.Out in the Street
8.Glory Days
9.The Promisd Land
10.My Hometown
11.Badlands
12.Thunder Road
13.Cover Me
14.Dancing in the Dark
15.Hungry Heart
16.Cadillac Ranch
17.I`m on Fire
18.No Surrender
19.Bobby Jean
20.Rosalita
21.Born to Run
22.Ramrod
23.Twist and Shout
24.Do You Love Me?

 ボスの初来日であり、その後アコースティックライブやチャリティライブで来日しているが、現在のところEストリート・バンドを携えての唯一のフルライブである“Born in The U.S.Aツアー”。東京ドームが完成していたら、当然、ドームをフルハウスにしていただろう絶頂期。欧米では、すでにフットボール場をフルハウスにしていた時期。まだ見ぬ、スーパースターの一人だった。ロナルド・レーガンに政治利用されたり物議を醸し出したBorn in The U.S.Aは、世界で約2000万枚のヒットとなり、日本でもDancing in The Darkのビデオ・クリップが話題になっていた時期。当然ながらチケットは入手困難を極めた。“ぴあ”の電話回線は全く繋がらない。結局、チケット・コーナーがある中野サンプラザ前で徹夜覚悟で並ぶしかない。購入のための整理券が配られて徹夜は無くなったが、再度早朝から並ぶ。しかし、それでもかなり後方だ。果たして入手できるのか。心細くなってきた頃、ようやく発券の手続きを済ませられた。一番最後だった。つまり、すぐ後ろに並んでいた人は購入できず。ここまで、ギリギリは初めてだった。

全ての日本公演は当然ながらソールドアウト。因みに、東京・代々木オリンピックプール(収容人員13291人)は4月10日~16日までの5回、4月19日・京都府立体育館会場(収容人員8635人)、4月22日、23日・大阪城ホール(収容人員16000人)。会場入り口までのダフ屋の何と多かった事だろう。今回は1人で参戦したのだが、コンサート開演直前には、少し後ろの座席のOLだか学生だかの女子軍団の一人から声をかけられ「すいませんが席を交換してくれませんか?」だと、前方の席なら分るが何で後ろに行かないのか?。「ふざけるな!」と怒鳴りつけることは無かったが、「丁重にお断りした」舐められたもんだ。この座席はアリーナを見降ろす感じにはなるのだが、アリーナ後方よりは見やすい。武道館もアリーナ後方なら1階最前列の方がよっぽど良いと思う。

アリーナはもちろん最初から興奮状態。ボス達が現れる前からどよめき、照明が落ちて彼らが登場すると興奮状態の極限に達した。そしてBorn in the U.S.Aを歌い始めると合唱している。中盤、生で聴きたかった曲のひとつThunder Roadでまたも観衆の大合唱が加わってⅠ部が終了。休憩に入る。

Ⅱ部が始まりCover Meに続き、いよいよDancing in the Dark。ビオデオクリップと同じ場面が再現。ボスが客席に降りて女の子を指名し、ステージにあげて踊りだす。各会場で繰り広げられたのだろうが、このとき例え20歳でも今や立派なオバさん達だ。しかし一生の記念だろうね。Rosalita~Born to Runで最高潮に達しロックンロール・メドレーで終了。余計なギミックなしの3時間もあっという間に終わった。ダニー・フェデリシもクラレンス・クレモンズも居なくなって(亡くなって)しまったが、またEストリートバンドを伴って、来日公演をして欲しい。記憶に無いがコンサートの最後に、ボスは、こういう言葉を残したらしい。「I’m just a prisoner of rock’n roll」皆、同じさ。
http://www.youtube.com/watch?v=sfk0uMLhXqY

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1983.02.22 WHITESNAKE

2014年05月28日 00時01分00秒 | 80年代の回顧録
日本武道館 by Mr.Rapport

座席 一回席のほぼ中央。前から七番目あたり

David Coverdale(Vo.)
Micky Moody(G.)
Mel Galley(G.)
Colin Hudgkinson(B.)
Jon Lord(Key)
Cozy Powell (Ds.)

《セット・リスト》
Walking in the Shadow of the Blues
Rough an’Ready
Ready an’Willing
Don’t Break My Heart Again
Here I go Again
Love Hunter ~Colin Hudgkinson solo~Micky Moody solo~Love Hunter
Crying in the Rain~Soldier of Fortune
Jon Lord solo~Cozy Powell solo
Ain’t No Love in the Heart of the City
Fool for Your Loving
~Encore
Wine Women an’Song

 初来日の公演の出来が90点、二度目の来日公演の出来が95点だとしたら、このときのライブの出来は残念ながら、OKラインがクリアできるかどうかの65点ぐらいしかあげられない。コージー・パウエルが新メンバーとして加わったにもかかわらず……。
 なぜか。今回は主にその理由を述べることにした。

減点理由 その1 ドタバタ・ドラムが気になったコージーのプレイ
 「コージー・パウエルが白蛇に加入!」というニュースを知ったとき、ボクは一抹の不安を抱いた。「シンガー主体のバンドにあのドラムは合うだろうか」と。
 案の定、不安は的中。なるほど、オープニングの「Walking in the Shadow of the Blues」とメドレー形式でつづく「Rough an’Ready」におけるプレイは両曲ともスピード感があるので確かに素晴らしかった。しかし、その後が……。ドタバタ・ドラムがどうしても耳障りに聴こえてしまう。それに、肝心のドラムソロもマグネシウムの「ボムッ」がなかったしなあ。
 やはり、コージーのドラムはギタリスト主導のサウンドのほうが似合っていることを痛感。

減点理由 その2 C級だったメルのプレイ
 元トラピーズのギタリスト、バーニー・マースデンの後釜ということで、それなりに期待していたんだけど、これがひどいプレイ。メインでフラッシュを浴びるはずの「Crying in the Rain」でも、まともなソロが弾けていない。なんで、こんな奴をバーニーの後釜にすえたのだろう。
 リッチーがA級のギタリスト、バーニーがB級のギタリストだとしたら、この人はC級もいいところ。いつまで経っても、グレン・ヒューズの上に行けない理由が納得。

減点理由 その3 期待はずれだったコリンのプレイ
 この人には「ベース界のジミヘン」という異名――前評価があった。ということは、前任のニール・マーレイよりもすごいに違いない。そう思い、これまた期待を寄せていたのだが、実際に目の当たりにすると、なんか冴えない。アカぬけない。
 「Love Hunter」の途中でベースのソロタイムがあるのだけれど、これもいまいち。なんか、三味線みたいな音色を出しているんだよな。オレの伯母が昔三味線をやっていて、たまに聴かされたことがあるけど、それを思い出してしまった。この人のどこが「ベース界のジミヘンなんだよ」と思ってしまうのは自分だけだろうか。
 ただし、アレクシス・コーナーのサメ[トを長きにわたり務め、最近ではジョン・ロードのブルース・プロジェクトのメンバーだったことを併せ考えると、ブルース・ロックには最適のベーシストなのかもしれない。

減点理由 その4 精彩に欠けていたジョンのプレイ
 ジョンはDP4期のときも、白蛇初来日のときも、白蛇二度目の来日公演のときも最高の音を聴かせてくれたけど、今回ははっきりいって×。とにかく、精彩に欠けているのだ。中間部のソロタイムも少々退屈で、その後につづくコージーのドラムソロの盛り上げ役――余興って感じ。
 なぜだろう。やる気があまり感じられない。ていうか、すでにこのとき、白蛇からの脱退を決意。DP再結成のほうに意識もエネルギーも向いていたのかもしれない。

 そういうわけで今回は辛口の寸評になってしまいましたが、これが自分の偽らざる感想なので、「このコンサートは良かった。最高だった」と思っている人はどうかご勘弁ください。では、また。

~管理人の付け足し
↓当日のブートです。“コージー・テープ”と呼ばれている、コージー所有のサウンドボード音源です。

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