病院に救急搬送されて10日ばかり経ってくると、
全身の筋肉痛もさることながら、頭の掻痒感が尋常ではなくなってきた。
10日間も頭を洗わないなんて、
それまで毎日シャンプーしていた私にとっては考えられない状況だ。
毎朝、2名1組の看護士が身体を拭いてくれるので、
残暑厳しい時候ながら、衛生的には保たれているらしい。
体臭は気にはしていたけれど、自分では判らなかった。
しかし、頭の痒さだけは、どうしようもなかった。
痒くて痒くて、発狂しそうだった。
しかも、身体が動かないから、痒いところを掻くこともできない。
隔靴掻痒の感とは、こういうことを言うのだと思った。
頭のことなのに靴とは妙な因果だけれど・・・。
看護課長にそのことを訴えると、
「なんとか、やってみましょう」と言ってくれた。
でも、どうやって???
若い看護士を2名ほど引き連れて戻ってきた看護課長は、
彼女たちに指導するつもりのようだ。
頸椎固定用カラーと首との隙間に水が入らないようにタオルをあてがい、
肩から上にビニールシートを敷き込んだ。
「寝たままの患者さんでも、こうやって髪を洗うことができるのよ」
看護課長はそう言うと、
ノズル付きボトルで、私の頭部にお湯を吹き付けた。
結構、頭皮に水圧を感じ、それだけでも気持よかった。
僅かの量のお湯でも、髪は十分に濡れた。
看護課長は両手を私の髪の中に潜り込ませた。
「首に負担がかからないように、
このように頭部を両手で包み込むように支えながら、
優しくゆっくりと洗います」
お湯にはシャンプーが入っていたようで、髪が泡立ってきた。
ああ、ああ~っ、そこが痒かったのよね~。
我慢していた分、この上はないほどの快感であった。
頭髪についた泡は、大量のタオルを頭部の左右にあてがい、
ノズル付きボトルからお湯を噴射させて洗い流した。
濡れた髪はドライヤーで乾かしてくれた。
ベッドに寝たままシャンプーして貰えるとは、本当に驚き、感激した。
「ありがとうございました」
看護課長のスゴ技に感動していると、
「もう少し良くなったら、シャンプー台で頭を洗えるようになるし、
車椅子に座れるようになったら、そのままでお風呂も入れるわよ」
車椅子に乗ったまま?
「そうなの。そういう設備があるのよ」
それからは、入浴することが目標になった。
健常者であれば、なんでもないことが大変だった。
自力では動かない四肢に介助を受けながら起き上がり、座位を保持する。
それだけのことが、とてつもなく困難で肉体的にも辛かった。
重力が私の周囲だけ100倍くらいになったみたいに感じた。
押し潰されそうな感覚の中で1分、2分と座位の保持時間を延ばしていく。
本当に辛い毎日だった。
結局、その入浴設備を使えるようになるには、それから3週間もかかった。
1カ月もお風呂に入らないと、汚れが身体に沁み込んでしまう。
耳や鼻の中は言うに及ばず、爪の間も垢で真っ黒になった。
もはや限界というところまで汚れたところで、やっと入浴できた。
その入浴設備というのは、これだ。
私の利用していたものは、もっと大型だったような気がするけれど、概ねこんな形だった。
これ1台で1000万円以上するらしい。
専用の車椅子に乗ったまま、この中に入ると、お湯の注入が始まる。
首までお湯が溜まるのは、本当にあっという間だ。
真冬でも寒い思いをすることはない。
ジェット水流もバブル振動も付いている。
初めての入浴を果たしたのち、
1週間に1回、入浴できることになり、
転院するまでに3-4回は利用しただろうか。
こういう日常生活の動作を、介助を受けながらでも行うことは、
リハビリには重要なことで、効果も大きい。
洗顔のために顔のところに手をもっていくとか、
洗髪のために頭まで手をあげるとか、
そういうことができない・・・これが現実で、スタート地点なのだ。
その頃と現在を比較してどうかというのは、あまり意味がない。
現在も不自由なままだからといって嘆いても仕方ないし、
完全麻痺の状態から脱出できただけでも本当にありがたいことだからだ。
自宅療養になってからは、バスタブを跨げないので、
お湯に浸かったことはない、シャワーだけだ。
それでも、身体を清潔に保つことはできる。
横たわったまま、身動きができず、おむつをして、
1日1回、看護士に身体を拭いて貰っていたあの頃を経験したからこそ、
現在の私があるのだ。
当たり前のことが当たり前にできる、
そのことの有難味を今になって、つくづくと感じている。
痒いと思えば掻いてしまうので
できない辛さはハンパないのでしょう。
知人がALSでした。
意識は普通にあります。
ご存じの通り全く身動きが取れません。
コミュニケーション取るのも奥様の介助が必須。
minaさん、意思表示できますね。
知人の苦痛は想像を超えます。
minaさんの話聞くと知人の辛さはなお一層であったろうと思い致せます。
ありがとうございます。