世論というものは、コロコロ変わるものと、今回の東京オリンピックで、あらためて感じました。
この世論は、メディアによって形成されることが多いと思います。
開催前には、「これでもやるのかオリンピック」という報道をしておき、いざ始まると「感動物語」を流し続けました。
大衆はメディアに同調し、反対したり、感動したり、コロコロと世論は変わりました。
つまり、大衆は気分や雰囲気に流されやすいのです。
ということは、権力者がメディアを利用すれば大衆をなびかせることができるとも言えます。
権力者が毎日毎日同じ主張を繰り返せば、大衆は感化されていきます。
ドイツでの話です。
農夫が畑に野菜を植えています。
毎日畑に行き、草を引いたり、つるに竿を立てたりして世話をします。
毎日、野菜を見ているので気がつかなかったのですが、あるときふとみると、ものすごく大きくなっていることに気がついたのでした。
ナチスドイツはこのようにして大きくなりました。
小さな積み重ねが、やがては後に引き返せないほどの巨大な勢力となるのです。
だから、メディアはものごとの本質を見て、大衆に与える影響を考慮して、事実を報道する責任があります。
また、受けとる側は、つねに「批判的思考」をもち、「ほんとうにそうだろうか」、「なにか問題はないだろうか」という態度と客観性をもってメディアが発する情報を吟味したいのです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます