metch Happy days

クリスチャンで、韓国で神学を学んでいるめっちの毎日の成長をつづるブログ

簡単にできます。

2008-01-24 00:01:06 | Weblog
今日はラブソナタ横浜の初めの会議でした。
ラブソナタとは韓国のメガチャーチ、オンヌリ教会が、昨年から企画してくれている日本人に文化によりキリストを伝える伝道集会プロジェクトです。

横浜に今年来て下さるなんて^^ありがとうございます!
感動ですぅー。

実行委員の東京オンヌリの牧師先生が今日3回ほど言われました。
「簡単にできます!」

大胆なご発言です。
だけど私は、これが韓国に行ってから新しく気がついた言葉であり、新しい考えでした。

たとえば何か集会やイベントや物事をしようとする。
私の体質…や今までの自分の周囲にはこういう考えがあった。
「こういう困難な点がある」
「これとこれは、ネックになる問題である」
「むずかしい」
「簡単な事ではないぞ」

このような言葉で「よぉぉぉぉし!祈って乗り越えるぞ」となる人もいるでしょうが、私の場合は、頭が単細胞で、加えて恐ろしい「無気力病」という発作が時々おこりますので、「うわ~そんなに難しいのか。じゃ、難しいんだな」などと、あきらめモードに行っちゃったりします。

何も気にせず踏み倒して進んでしまおうという意味では決してありません。
しかし、難しいぞ~と用心ばかりしていると、なかなか足が出ません。


韓国でこの「簡単にできます」を初めて聞いて、うれしくなったのは、日本宣教のために祈る祈祷会でだった。
日本宣教は難しい、お金もかかる、宣教師の墓場だと言われる。
しかし、日本人を愛しているのは誰ですか。
神様です。
日本人を救いたいと切望しているのは、誰ですか。
神様です。
私たちが聖霊に導かれて、神様の願っている通りに働くなら、神様の思いが叶えられるのは当然の事です。
日本宣教は神様の手にあって簡単なんです。

と、韓国人に言われました。

まじで?まじで?

でも、否定する理由も根拠もないです。

問題点の洗い出し、慎重に進めることはもちろん、大切です。
一方では、「簡単にできます」という言葉も真実です。

私にとって大切なのは、両方を持つということです。
問題点をしりながらも、「(神様にあって)簡単だ!」と信じて宣言して祈る。
「簡単なのだ!」と信じきりながらも、問題点については真摯にとりくむ。(問題を感じている人の心に、心から寄り添うことなど。)

なんとも・・・パラドックス。

天国の鍵を持つ、クリスチャンの皆さん。
鍵を、正しい思いで使えますように。