水野和夫・萱野稔人 『超マクロ展望 世界経済の真実』 ( p.76 )
過去、オランダやイギリスが世界覇権を握った過程を考察すれば、そこには、海という「新しい空間」を軍事的に支配し、そこに、陸という「既存の空間」とは異なったルールを設定することで「既存の空間」の利益を吸収するという構図があった。覇権移動の問題は、「新しい空間」を誰が支配するかの問題である、と書かれています。
陸の利益を吸収するとは、どういったことを言っているのでしょうか。
これについて、著者らは「読者が知っている」ことを前提として話を進めているので、知りたければカール・シュミットの『陸と海と』を読むほかないのですが、ここではとりあえず、著者らが話している内容から、内容を推測します。
上記引用部分には、「要するに、海を制すれば、陸をこえた貿易はすべて海をつうじてなされるので、陸の利益を吸収することができるということですね」とあります。「陸をこえた貿易」と言っているのですから、欧州内部での貿易はここには含まれないと考えて、まず間違いないでしょう。したがって、著者らが言っているのは、欧州と、旧大陸(インドや中国)や新大陸(アメリカ)との間の貿易、ということになります。
とすれば、要は「交易による利益」を覇権国が独占したということを言っているのだと考えられます。つまり、海運を独占し、交易による利益を独占した、ということですね。
とすると…、軍事的な支配が重要なのは、船(商船)を守るため(=取引を守るため)に必要だからだということになります。また、「新しい空間に誰がどのようなルールを設定するのか」という問題は、誰が「新しい空間」を支配するのか、と同じです。
以上を前提に、今後、世界の覇権構造を変えてしまうかもしれない「新しい空間」を考えれば、
もっとも、以上に加えて「法空間」のようなものも考えられます。これには特許などの知的財産権や、国際規格などが含まれます。この分野ではアメリカの力は圧倒的とまではいえないかもしれませんが、すくなくとも劣っているとまではいえないでしょう。
したがって、アメリカの覇権は当面、揺るぎないと考えて、まず間違いないのではないかと思います。
言い換えれば、アメリカは金融経済化によって覇権のたそがれどきを迎えつつも、それを跳ね返し、「新たな覇権」を再び構築するために決定的に重要な(のかもしれない)「新しい空間」を支配している(または支配しうる最有力な位置にいる)ということです。
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「金融経済化は覇権のたそがれどき」
萱野 そうである以上、問題は、これまでアメリカが保持してきた世界資本主義のヘゲモニーは今後どうなるのか、ということになります。アメリカの金融経済化がアメリカのヘゲモニーのたそがれどきを意味しているのなら、早晩そのヘゲモニーは別の国に移っていかざるをえないわけですよね。あるいは、水野さんが指摘されるように、さらに大きな転換があって、世界資本主義のヘゲモニーの構造そのものが変化してしまうかもしれない。
この問題を考えるために、まずは世界資本主義におけるヘゲモニーとはそもそもどのようなものなのかということを議論したいと思います。それを認識しないと、今後のヘゲモニーがどのようになっていくかなんてわかりませんから。
水野 歴史を参照とないとこれからの議論はできませんからね。
萱野 そうなんです。では、まずは私のほうから問題提起をさせてください。とりあげたいのはヘゲモニーと空間支配の問題です。さきほども言及したカール・シュミットの『陸と海と』の議論がここでも参考になります。
世界資本主義においてオランダやイギリスが覇権を握るまでは、陸での戦いに勝った者が支配権を握るという時代がずっとつづいてきました。それは人間が大地に縛られて生きていたからです。陸地という空間は人間の存在様態を規定するもっとも根本的な空間です。しかしそうした人間と陸地の関係を、オランダ、そしてとりわけイギリスはまったく変えてしまった。つまり、陸ではなく海を制覇することが世界的なヘゲモニーの確立とむすびつくようになったのです。一六世紀以降、まずはオランダが造船技術を革新し、世界の海を支配するための基礎をつくる。そして今度はイギリスが、それを決定的な仕方で引き継いで、海のうえにうちたてられた新しい世界の支配者として姿をあらわす。シュミットは述べています。ポルトガルやスペインのようにたんに新しい大地や大洋を発見するだけでは世界の海への支配権を確立するには十分ではなかった、と。要するに、海洋支配による世界的な覇権がうちたてられるためには、イギリスが陸に背をむけて、海というエレメントへと全面的に突入していくことが必要だったんですね。
水野 それが一六世紀に起きた空間革命ですよね。
萱野 ええ。海洋が世界を制するための決定的なエレメントになることで、空間概念そのものの構造が変わってしまったのです。シュミットの議論を読むと、資本主義の成立には海をつうじた空間革命が不可欠だったんじゃないかと、考えさせられますね。
実際、それまでの陸的な世界観では、ひとつの国が地球全体をおおうような支配力を行使できるなどということはとうてい考えられませんでした。しかしイギリスは世界の海を支配することで、そうした陸の常識に対して自由貿易という新しいルールを確立し、そのルールの管理者としてみずからの世界的ヘゲモニーをうちたてた。要するに、海を制すれば、陸をこえた貿易はすべて海をつうじてなされるので、陸の利益を吸収することができるということですね。
ポイントは、イギリスは海という新しい空間に新しいルールを設定することでヘゲモニーを確立したという点です。新しい空間には新しいルールが対応するということですね。陸という空間は国家的な領土権によって分割されている。これに対して、海はどの国家にも属しておらず、いかなる国家的な領土権からも自由です。イギリスはそこに自由貿易のルールを設定し管理することで、どの国家にも属していない海洋を、結局はイギリスだけに属するものにしてしまった。シュミットは、それが領土主権にもとづく国際法にかわって新たな国際法を準備したんだと考えています。
水野 新しい空間を軍事的に制するだけでなく、そこに新しいルールの確立がともなってくるわけですね。
萱野 そうです。空間革命の本質は、その意味で、新しい空間にそれまでの空間概念の常識を無化してしまうような新しいルールをどのように設定するか、ということにかかってくるわけです。
とするならば、世界資本主義のヘゲモニーというのは、新しい空間に誰がどのようなルールを設定するのか、という問題として考えられなくてはなりません。新しい空間における新たな秩序の確立をめぐる戦いをそこに見なくてはならない。
過去、オランダやイギリスが世界覇権を握った過程を考察すれば、そこには、海という「新しい空間」を軍事的に支配し、そこに、陸という「既存の空間」とは異なったルールを設定することで「既存の空間」の利益を吸収するという構図があった。覇権移動の問題は、「新しい空間」を誰が支配するかの問題である、と書かれています。
陸の利益を吸収するとは、どういったことを言っているのでしょうか。
これについて、著者らは「読者が知っている」ことを前提として話を進めているので、知りたければカール・シュミットの『陸と海と』を読むほかないのですが、ここではとりあえず、著者らが話している内容から、内容を推測します。
上記引用部分には、「要するに、海を制すれば、陸をこえた貿易はすべて海をつうじてなされるので、陸の利益を吸収することができるということですね」とあります。「陸をこえた貿易」と言っているのですから、欧州内部での貿易はここには含まれないと考えて、まず間違いないでしょう。したがって、著者らが言っているのは、欧州と、旧大陸(インドや中国)や新大陸(アメリカ)との間の貿易、ということになります。
とすれば、要は「交易による利益」を覇権国が独占したということを言っているのだと考えられます。つまり、海運を独占し、交易による利益を独占した、ということですね。
とすると…、軍事的な支配が重要なのは、船(商船)を守るため(=取引を守るため)に必要だからだということになります。また、「新しい空間に誰がどのようなルールを設定するのか」という問題は、誰が「新しい空間」を支配するのか、と同じです。
以上を前提に、今後、世界の覇権構造を変えてしまうかもしれない「新しい空間」を考えれば、
- 空
- ネット空間
- 宇宙空間
- 深海
もっとも、以上に加えて「法空間」のようなものも考えられます。これには特許などの知的財産権や、国際規格などが含まれます。この分野ではアメリカの力は圧倒的とまではいえないかもしれませんが、すくなくとも劣っているとまではいえないでしょう。
したがって、アメリカの覇権は当面、揺るぎないと考えて、まず間違いないのではないかと思います。
言い換えれば、アメリカは金融経済化によって覇権のたそがれどきを迎えつつも、それを跳ね返し、「新たな覇権」を再び構築するために決定的に重要な(のかもしれない)「新しい空間」を支配している(または支配しうる最有力な位置にいる)ということです。
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「金融経済化は覇権のたそがれどき」