言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

終身雇用制と相互協力

2009-06-16 | 日記
荒井一博 『終身雇用制と日本文化』 (p.4)

 労働者Aと労働者Bとが、同じ職場で似たような(あるいは関連した)仕事をしていると仮定する。そしてAが仕事の生産性を上げる方法を独自に考案したか、あるいはそれに関する情報を入手したとしよう。その方法はパソコン・ソフトや機械の使用法かもしれない。取引相手との取引を成功させる巧妙な方法かもしれない。あるいは不良品の発生を防ぐ上手な方法かもしれない。研究所や病院の場合にはきわめて専門的な有用情報かもしれない。いずれにしても、もしAがBにその方法を教えれば、AだけでなくBも生産性や報酬を大きくすることができる(組織全体の生産性が上がるので組織自身も利益を得る)。AとBが将来も長く職場を同じくすることが予想されれば、Bが他の有用情報を入手したときにはAに教えることが期待されるので、Aは自分で手に入れた情報をBに教える誘因を持つであろう。

(中略)

 職場において有用情報の相互提供が行なわれるためには、(中略) それぞれの労働者が将来も長く職場を同じくする(と期待される)ことが決定的に重要である。もし近いうちに解雇が行なわれたり離職したりする可能性が高ければ、有用な情報の相互提供はほとんど行なわれないであろう。なぜなら、AがBに有用情報を今日提供しても、AがBから他の有用情報を明日提供される可能性は低くなるからである。それぞれの労働者が将来も長く職場を同じくする状況は、終身雇用制の存在する状況にほかならない。これらの例から、終身雇用制には戦略的な協力・互恵関係を醸成する効果のあることがわかる。この効果は、われわれが本書で考察する終身雇用制のいくつかの利益のなかで、基本的なものの一つとなる。
 右の論点を言い換えると次のようになる。終身雇用制にはその組織に属する個人の行動を変える作用がある。同一の個人でも、三年間しか勤務しないことがあらかじめわかっている場合と、よほどのことがないかぎり数十年間ないしは定年退職まで勤務することができる場合とでは、その個人の行動に顕著な相違が現われる。そのために終身雇用制は、労働者やその組織に利益をもたらしうる。


 「終身雇用制にはその組織に属する個人の行動を変える作用がある」 と書かれています。

 それはそうだと思います。


 しかし、その例 ( あるいは論証 ) として、「仕事の生産性を上げる方法を独自に考案したか、あるいはそれに関する情報を入手した」 場合を挙げて、長期間勤務することが予想されない場合には、労働者はその方法を秘匿する (仲間や会社に教えない) 、と書かれているところは、かなり疑問です。

 実際の人間は、はたして秘匿するでしょうか? ( 自分に有利にするために ) 秘匿する人間もいるとは思いますが、そのような人間ばかりではないと思います。秘匿する人間と、教える人間、どちらが多いのかが、問題になりうるところです。

 もっとも、「人はみな、利己的である」 という前提に立って考えることも重要ですから、このような考察も、無益ではありません。

 そこで、そのような前提に立って考えます。

 その場合でも、たとえば 「三年間しか勤務しないことがあらかじめわかっている場合」 に、有用な情報を労働者が秘匿することが、本当に労働者にとって得だと考えてよいのかは、かなり疑問です。秘匿したところで、得をすることにはならないと思います。給与は、( ほとんど ) 変わらない、と考えるのが、現実的ではないでしょうか。

 したがって、この説明は、説得力に欠けると思います。


 なお、私が 「終身雇用制にはその組織に属する個人の行動を変える作用がある」 に同意しているのは、まったく別の理由によるものです。