…
…ところが、アリョーシャとラキーチンが表階段をおりたとたん、ふいにグルーシェニカの寝室の窓が開き、彼女がよく透る声でアリョーシャのうしろ姿に叫んだ。
「アリョーシャ、お兄さんのミーチェニカによろしくね。あたしはいけない女だけれど、恨みに思わないように言ってちょうだい。それから、あたしの言葉どおりにこう伝えて。『グルーシェニカは高潔なあなたじゃなく、卑劣な男のものになりました!』って。それと、もう一つ付け加えてちょうだい。グルーシェニカは人生のほんのいっときでも、ほんの一時だけお兄さんを好きになったことがあるの、それも、そのひとときをお兄さんが一生おぼえていてくれるくらい、愛したのよ。だから、グルーシェニカが一生忘れないでと言ったって、伝えてちょうだい!」
彼女は嗚咽にみちた声で言い終えた。窓がばたんと閉められた。
「ふむ、ふむ!」笑いながら、ラキーチンがうそぶいた。「兄貴のミーチャにとどめの一太刀か。おまけに一生おぼえていろと命じたりしてさ。残酷なもんだ!」
…
ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟(中)』原卓也訳、新潮社《新潮文庫》、1990年二十四刷、178、179頁
…ところが、アリョーシャとラキーチンが表階段をおりたとたん、ふいにグルーシェニカの寝室の窓が開き、彼女がよく透る声でアリョーシャのうしろ姿に叫んだ。
「アリョーシャ、お兄さんのミーチェニカによろしくね。あたしはいけない女だけれど、恨みに思わないように言ってちょうだい。それから、あたしの言葉どおりにこう伝えて。『グルーシェニカは高潔なあなたじゃなく、卑劣な男のものになりました!』って。それと、もう一つ付け加えてちょうだい。グルーシェニカは人生のほんのいっときでも、ほんの一時だけお兄さんを好きになったことがあるの、それも、そのひとときをお兄さんが一生おぼえていてくれるくらい、愛したのよ。だから、グルーシェニカが一生忘れないでと言ったって、伝えてちょうだい!」
彼女は嗚咽にみちた声で言い終えた。窓がばたんと閉められた。
「ふむ、ふむ!」笑いながら、ラキーチンがうそぶいた。「兄貴のミーチャにとどめの一太刀か。おまけに一生おぼえていろと命じたりしてさ。残酷なもんだ!」
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ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟(中)』原卓也訳、新潮社《新潮文庫》、1990年二十四刷、178、179頁