先輩に飲み会をしようと誘われた。「知り合いの友人に、Mちゃん(俺)と同じ、山口
県出身の男がいて、ぜひ会いたいらしいんだ」と言われ、もちろんオッケーである。
指定の居酒屋でその方に会ったとき、「この人とはウマがあいそうだな」とすぐに思っ
た。彼は5才年上だったが、ほとんど同世代だから、何を話しても話は合う。彼は周防
大島(山口県で一番大きい島)の出身で、自分の出身である周南市に近かった。お互い、
なぜ大阪に出てきたのか、どんな職業に就いたのか、いろいろ話は盛り上がった。彼と
話していると、自然に山口弁まで出てきて、思わず笑い、握手をした。
彼は言った。「こんなに愉快な飲み会は久しぶりだ。どうです?もし時間が許すんなら、
うちの店で二次会をしませんか?」と。そのとき先輩が、「ああ、そうや。彼の奥さんは
○○町でスナックをやってるんだ」と言った。「なんだ、そうですか。○○町なら近いじゃな
いですか。すぐに行きましょう」と、俺はオッケーサインを出した。
そして、彼の奥さんが経営するスナックに行った。彼は言った。「今日、久しぶりにうま
い酒を飲んだよ。これからもお付き合いしたい友人を連れてきた。そこで、最初は店のお
ごりでボトル(いいちこ)をプレゼントしたいんだ」と。
店に入ったとき、奥さんは、「いらっしゃいませ。わざわざお運びいただきましてありが
とうございます」と、満面の笑みで迎えてくれたが、彼の話を聞いて一瞬にして表情が変わ
った。そして、彼をカウンターの端に呼び、「あんたアホか。なんでボトルをサービスせな
いかんの」と、われわれに聞こえるように言った。
「奥さん、心配せんといてください。初めからおごってもらうつもりはありませんから。当然
ボトル代も払いますよ」と言うと、旦那は当然引っ込みがつかない。「亭主の俺がボトルプレ
ゼントと言うとるんや。お前は黙っとけ!」と言うと、ママさんは言ってはならないことを言
った。
「なに言うてんのあんたは!ろくに稼ぎもないのになにがサービスや。うちは慈善事業とちが
うんやで」と。すると旦那はムムムと、怖い顔になったが、それ以上は返せなかった。それで、
この家の勢力図が分かった。
しかし、しかしである。水商売をしていてこの対応はないやろと俺は憤慨した。そういえば店に
は客は一人もいない。「奥さん、そういう諍いは俺らが帰った後にしてもらえんか。せっかく気持
ちよく酔ったのに、あんたのおかげで酔いが覚めたないか。いや、覚めたどころではない。この
まま帰ったら寝られへんわ」と言うと、先輩も、「これからこの店をずっと贔屓にしようと思って
いたのに、奥さんは商売人と違うねえ。ボトルが何ぼするのか知らんけど、あんたは何百万もの儲
けをふいにしたわ」とダメ押しを出した。
そして先輩は一万円をカウンターに置いて、「帰ろうか」と俺に目配せした。すると、旦那がその
一万円を掴んで外まで追いかけてきた。「す、すんません。いやな目に合わせてしまって…」といって
一万円を先輩の手に渡し、ぺこぺこ頭を下げた。
その後タクシーを捕まえて、飲みなおしに行くことになった。「気の毒な亭主やね。しかし、奥さ
んがあんな性格と知っていたはずやのに、なんでボトルプレゼントなんか言い出しんやろ」と首を
かしげる。「ああいう場合、Mちゃんならどうする?」、「いや、そんな女性とは結婚しません」。
しかし、夫婦の関係は分からない。また違った角度から見れば、旦那が奥さんを虐げているという
意見が出るかも知れないのだ。なにしろ、その夫婦は30年間も続いているらしいから。