MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

無音の新世界

2014-08-27 00:00:00 | その他の音楽記事

08/27


      演奏中の事故  (4) 無音の新世界




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                  無音の新世界





 数える難しさ…。

 こんなことを口にすると、お笑いになるかもしれませんね。
ほとんどが “算数レベルの足し算” の話ですから。


 でも、貴方がオーケストラ、室内楽などで、アンサンブルを
経験しておられるようでしたら、よくお解りいただけるでしょう。
確かに “算数レベル” ですが、それが如何に難しいか…。

 私たち演奏者の目の前にあるのは、通常はパート譜です。
そこに書かれているのは、原則として “自分の楽器の音” 
だけ。 スコアと違って、全体の様子は解りません。


 音符もさることながら、やっかいなのは、むしろ休符です。
オケの管、打楽器では、休みの小節数が “二桁” なんて、
ちっとも珍しくない。 出番が来るまで、根気よく数えながら
待ち、正確なタイミングで音出さねばなりません。 

 ですからリハーサルの際、もし指揮者が止めたりすると…。
それまで数えていた努力は、水の泡。

 「せっかく 189 まで数えたのに…!」 奏者の間からは、
大きな落胆声が漏れます。



 「おう、蕎麦屋! 今、何時(なんどき) だい!?」

 落語の時そばのような笑い話は、実際に珍しくない。
“三桁” どころか、“一桁” の場合でも起こるんですよ?


 「それは、数が大きいからだろう。 一桁の勝負なら、自分
いつでも正確に数える自信があるぞ!」 もし、そうおっしゃる
のでしたら…。

 [そうは問屋が卸さない]だけ、申し上げておきましょう。
いざ演奏の場に置かれると、ほかにも様々な障害物がある
からです。 数えるだけならまだいいが、なかなか集中できる
ものではありません。


 たとえば貴方が数えるのは、“お休みの2小節” だとしましょう。
ただし、小節と、拍と、両方数える必要があります。

 [ 2 3 4、2 2 3 4、…]。 これは4拍子のとき。 6拍子になる
と、 もっと面倒です。 ちょっとの差なんですが。 次の音符が、もし
“5拍目の裏” にあったりすると、事故の確率はさらに大きくなる。
小節の拍数が多いだけでなく、本能的に数えにくい場所なのです。

 その上、先行する楽器のリズムがちょっと狂うだけで、“理性を
失う” 場合さえあります。 おまけに自分のパッセジが技術的に
難しいと、“数えミス” の危険はさらに増える。 もちろん、冷静に
数えていられないからです。

 


 

 アンサンブル仲間のセリフで “飛び出した”…といえば、
[音を出すタイミングが早すぎる]こと。 それに釣られて、
同じミスを直後に犯す者も多い。 これ、伝染します。
もちろん、冷静に数え続ける者もいますが。

 反対に “落っこちた”…は、[聞こえるはずの音が
鳴らない]こと。 こちらのほうが、影響が大きいかも
しれません。



 今でも思い出すのは、ドヴォジャークの交響曲『新世界より』
の第Ⅲ楽章です。 頭から数えて 13小節目で、木管同士の
掛け合いが始まる。 これ、3/4拍子ですが、指揮者は誰でも
[一つに振る]ほど速いテンポです。 [ 2 3 2 3、…]。

 ところが、ある日あるとき、“言いだしっぺ” のフルートと
オーボエが、揃いも揃って二人とも落ちてしまったのです!


 これに驚いたのでしょう。 すぐ応えるはずのクラリネット
まで落ちた。 結局、誰もテーマを吹かない “無音の状態”
が、しばらく続きます。

 背景では弦が鳴っているが、ppp で延ばしているだけ。
リズムを刻むはずの弦パートも仕事を止め、みんな口は
ポカンと開けたままでした

 

 

 もちろん本番中のお話です。 そのうちに、あっちこっちで
“タカタ、トト” テーマが、勝手に始まりました。 弦楽器も
自発的に加わり、“タカタ、トト”。 もう蜂の巣をつついたよう
な騒ぎで、指揮者さえコントロール不能な状態に陥りました。

 曲を知らないお客さんは、一体どう感じたでしょうね…?
「ははぁ、こういう曲なのか…。」…なーんて思ったりして。


 これを救ったのは、35小節目のティンパニです。

 出し抜けに…と思うほど、ff で鳴り響く “ドコドン”! 3小節
空けて、もう一度 “ドコドン”。 でも実は、これが正確だった。
彼だけは、冷静に数えていたのです。 さすが、“副指揮者”
呼ばれるパートですね。


 散り散りバラバラだったオケは、これで何とか一つになった。
直後の繰り返し記号で、楽章の頭に戻り、今度は全員で必死
なって数えました。

 これ、場所は大阪のさるホールで、私が初めてオーケストラと
いうものを経験した、最初の年でした。 Viola を持ってオロオロ
していましたが、あのときは本当にどうなることかと思った



 「おう、蕎麦屋! 今、何処(どこ) だい!?」 

 知るか、俺に訊くなよ。 どこどん!?…の間違いだろ。

 

 齢を取り、図々しく成長した今でも、この “ドコドン” を
耳にすると、あのときの “無音の恐怖” が甦るのです。

 大阪の新世界は、音の無い世界だった…。


 50年近く昔の、真夏のこと。

 私には、いまだに怖~いお話でした。 

 



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                  (第Ⅲ楽章)




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