早朝からテレビを観てもらい泣き。
「小さな旅」
今朝は新潟県阿賀町。大好きな風景だから川と赤い橋を見てすぐそうじゃないかと。
そこで築100年以上たつお殿様も泊まったという由緒ある家にひとり暮らしの97歳の男性。
しゃんしゃんしている。
お掃除からなにからひとりで全部こなしていて。
新潟から長男さんとお孫さん一家が冬支度のお手伝いに来た。
それも終えて囲炉裏端でご苦労さん会、とお孫さんがインタビューに答えて、
「高齢でひとり暮らしだから心配です」と。
その前にもいろいろ話していたのでしょうねえ。おじいさんのお顔が感極まっている、表情が動かない。
と、眼鏡の奥で涙が滲んで零れ落ちて。2度3度手で拭っている。
「言葉が出ないです」って。私も胸の奥がつんとしてくる。
「長く生きているとこんなうれしいことがあるんだね」
一家は車で帰って行った。「忘れ物はないか」と何度も念押し。
階段に座って見送るおじいさんは破顔一笑、これ以上ない笑顔。
車が去って行くと、腰をたたきながらゆっくり階段を上って行った。
つい先週、マサチャンママからオヤジ同級生のお母さんが97歳で亡くなったとの電話があった。
そうかあ、長かったなあ、ご苦労様でしたとの思いが浮かぶ。
母と同じ施設に入所する前からの介護の苦労は彼から山のように聞いていた。
マサチャンママ、
「あのもんのうちの前の『忌』が貼ってあるのんを見て10人が10人、誰が死んだんだや、
えっお母さん?まだ生きとったのんか、って言うんだや。
なあ、施設に入るとみんなに忘れられてしまうっちゃ。存在感0になってしまうや、せつねえがなあ」
と電話の向こうとこちらで笑ったりしんみりしたりして。
奥様を早く亡くしてから襲ってきた彼の心労はひとつなくなった。
ツエコチャンから喪中葉書が届いた。
お母様はさっさとご自分の意思で新潟の温泉付き施設入所して長くそこで暮らしていた。
身体は不自由でも明晰な頭脳で彼女にいろいろ忠告やら指図やら。
「幾つだと思てるのかしら」とこぼしていたけれど。
「母は百歳の天寿を全うしました」とあった。