玉川な日々

一日の疲れは玉川に流して・・・

年の始めに・・ 歴史について

2014-01-07 19:07:50 | 日本人の悟り
初春七日の句といえば、
 
 七草やあまれどたらぬものも有   - 加賀千代女

昔はスパーマーケットもありませんし、まぁ、人生と同じ、求めても余るものもあれば足りぬもの多かりということでしょうか。

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正月を迎えるにあたり大掃除というもをしますね。

そうしますと、何十年も前の本も埃まみれなので煤払いかたがた読み返したりして、思わぬ再発見をすることもあります。

 ・・ 言語は文明の基礎です。日本人は漢文と日本語と二つ持って、その二つをずっと千余年も比較して来た民族なのです。漢文を利用し、あるいは漢文に抗し、漢字をつかってどうしたら日本文を書くことができるか、この長い苦心は、まったく夢のようなものです。

 そしてその日本文を、一番先につくったのは女です。これはなにも、日本の女が偉かったんでもなんでもない。紫式部は天才にはちがいないけど、日本独特の言語経験がなければ、ああいう女はでてこない。あのころの、日本の女流文学の盛行というものもむろん世界中にはなかったものだ。

 漢文は男がやっていて、絶対、生活の中に入ってこなかったから、女は生活に即した文章を書いた。日本の文章を書いたんです。だけど、あれは漢文というものが一方になければ書けません。紫式部は漢文に堪能だった。「源氏物語」はそういう批判的文章、比較のうえになりたった文章なんですよ。

 そういうふうに、日本は文明自体が批判的な文明なんです。いまだにそれはそうで、日本人は外国語を覚えるのが不得手なのだ。英語でもフランス語でもまだ訓読しているんですよ。決して模倣文明じゃない。自己批判の文明、自省力というふうなものの敏感さでは日本人は世界一じゃないか、僕はそう思う。それは、言語の伝統からして、そうならざるを得なかったんです。

・・ これは昭和46年7月「諸君!」での小林秀雄と江藤淳の対談「歴史について」の中で小林が言ったもの。1)

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今年の一つのキータームとして考えていること、「明治維新は何故失敗したのか?」 - 1867年の大政奉還からわずか78年で太平洋戦争に敗れ日本は米国の属国となった。

その原因の一つは、欧米、列強に対抗するために作った明治政府が、なんの批判もなく西洋文明をとりいれたためであった。

漢字でさえ、日本語にとりいれて自らの内なる表現をできるまで千年以上かかったのだから、まったく異なる文明を基礎としている西洋文明を丸呑みしようとしたら、それは下痢してしまうのも仕方ございません。

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しかし、1945年の敗戦から70年になろうというのに、いまだにその原因さえ分からず目を逸らしつづけ、共産主義という呪いから抜けられない痴識人が大手をふっている日本を、小林さんも江藤さんも歎いていらっしゃることでしょう。

 禅的に見ますと、歴史という見方がそもそも間違っていて、膨張しつづける過去という巨大な球体の表面に貼りつき未来へも過去へもいけずに、もがいているゴキブリのような存在が無知ということかもしれませんね。 


参照
1)歴史について - 小林秀雄対談集  文春文庫








2014年を迎えて

2014-01-03 00:05:30 | 日本人の悟り
新年、明けましておめでとうございます。

わが神奈川はおだやかな気温に恵まれましてとてもいい年始となったようにおもいます。

昨年は夏以降多忙を極めまして更新もままならずながら、多くのアクセスをいただき感謝いたします。

今年は、井筒俊彦の東洋哲学、鈴木大拙の禅、玉城康四郎の悟りをもとに現代仏教の探求を深めてまいります。

皆さまにとりましては、まったく興味無き哲学の世界かもしれません。

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漢字とはおもしろきもので、哲学の哲とは口を折で人が口を噤み言葉無しで何をなせるか?ということとも解釈できます。それは、言葉を超えたところの人間のあるべき姿は何か問うている学門でもあります。それこそが、大乗起信論の示すところかもしれません。

漢字が象形文字である故に、形なき意味をどう表現し形而上学をどう具体化しうるかという難問との戦いでもあります。

2014年末までに、現代仏教と東洋哲学の統合としての物語をいくつか提示できればとかんがえております。

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今年が、皆さまにとりまして良い年となりますことを!