玉川な日々

一日の疲れは玉川に流して・・・

親しだいです

2014-06-26 17:12:56 | 日本人の悟り
最近の脳科学で既知となっていること、

1)人間は生まれたとき、遺伝子情報に係わることを除くと、真っ白で平等である。
2)教育により知識データベース、判断力、道徳・文化的思考が形成される。
3)後天的な知識ベースの構築は、かならずしも判断力を高めることにはならない。
4)人間の行動のほとんどは無意識に行われ意識的な判断で行動が決まるのは重大な問題がふりかかったときしか働かない。

高額な授業料を払って、サル化のための戦後洗脳教育をわれさきに争っていた私たち日本人ですが、

ここは一つ、セキセイインコがサル化した日本人を追い越しているという現実を見ていただきましょう。

セキセイインコのめいこちゃん

大阪大学大学院の藤田先生によりますと、1)

鳥の脳は、小指の先ほどのサイズしかないが、体重比でみると動物のなかでは飛びぬけて脳の比率が大きいそうです。

空を飛んで、その状況変化を瞬時にとらえ、さらに「さえずり」により会話ができるのは、この脳の発達によるとか。

最近、横浜には異常にカラスが増えています。

サルの移民が必要だと、政府が云っているより先に、カラスに生活が脅かされております(笑)。

無駄なIQのために高額な授業料を無駄にはらう親にはなりたくありませんね。

どうでしょうか?



参照
1)「脳の風景」、藤田一郎、筑摩選書
2)「脳はいかにして言語を生みだすか」、武田暁、猪苗代盛、三宅章吾、講談社






河野談話の本質は何か?

2014-06-24 20:35:26 | 日本人の悟り
20日に河野談話のいわゆる政府検証が発表されましたが、本質がゆがめられて報道されていますね。

要約すると、河野談話(河野談合)は、韓国政府と慰安婦問題について最終決着をはかるために

日本国政府が韓国政府と協議の上で、最大限の譲歩をして政治決着を図るという密約の上での政府間談合でした。

その談合の過程が、このたび明らかにされたわですが、外交交渉で行われる密約が、一方的に韓国政府により破棄されたのがこの従軍売春婦問題でした。

今回、本質的な問題が明らかになったのは、どのような密約をしても、仁義のない国とは意味がないということでした。

サルのような信義しかもたない国に譲歩しても、サルが恩義に報いるかはサルまかせということを、学んだ外交だということでしょうか。

サルトル。


バカの検証

2014-06-22 20:21:39 | 社会・政治
河野談話の検証を政府の有識者がおこなった。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140621/plc14062100260005-n1.htm

政府が、歴代政権のアホさを検証した画期的な作業(笑)であった。

当時の状況から、事実はどうあれ南朝鮮の意向に沿った談話を出せば、この外交問題を終わりにしましょうというということだった。

まんまと、一杯食わされた当時の日本政府のバカさ加減を検証することになってしまいました。

精一杯の抵抗は、南朝鮮の常とう手段である、過去をさかのぼって書き換える伝統に、見直さないこと。

笑える抵抗ですが、バカ政府の称号を外すことにはなりません。



商売の基本

2014-06-16 21:55:58 | 笑える・ジョーク
漢字の語源をしらべてみますと、なかなか興味深いものがあります。

商売の「商」の字は、仮借文字で古代中国の王朝、夏、殷、周の三代のなかの殷の国の別称(旧称)だそうだ。

商は、辛と冏(ケイ)が合成されたもので、冏は子を生む尻の穴口の形を表す意符で女性器の意が語源だ(1).

殷の左側は、裏返すと「身」の字で、身の中に一身があるということで妊娠しているということからも、別名の意味になっとくする。

殷の国は、国は滅びた後に、霊魂を祭るために「宋」の国を建てることがゆるされた。しかし亡国の民はもとより生活が苦しく、同族人は中国各地を品物をもって売り歩いた。そこで、「宋(商)の国のやるような行為」で「あきない」の意になったというものだ。

国が貧しいく、売るべき産物がなければ仕入れなければならない。仕入れる金がなければ何を売るか・・

慰安婦を、ユネスコ世界記憶遺産に登録したくなる中国の意は、ここにあるようですね。


参照
1)漢字語源辞典、水上静夫、雄山閣



「知る」を知る

2014-05-31 22:19:49 | 日本人の悟り


「知る」を知るということは、言語とは何か?ということですね。

そして、言語とはその民族の歴史であり文化の集大成ということ。

英語という言語がいかにして生まれ、侵略者の方言から地球を支配する言語になったかをたどるのが「英語の冒険」です。

この本のオビから、

「英語」は、悪魔のようにイングランドに現われた。5世紀に海を越えてやってきたゲルマン人の戦士によってもたらされた。激しい暴力のもと、この地に根づいた言語だったのだ。それは英語にとって、その後1500年続く長い苦闘の始まりだった。・・・ 

・・

略奪と破壊の文明を象徴する「英語」が、いまいきずまって身動きできない状態となった。

切り裂く文明から、生み育てる文明への転換が、今もとめられていて、その中心となるべき哲学が、大戦により失われた日本にあったということです。