前回にひきつきまして、1831年5月9日から32年2月20日までのトクヴィル、ボモンがたどったルートを載せました。
フランス人が独立間もないアメリカの旅がどういうものだったのかを見ることで、かつて米国であった民主主義の本質が見えてきます。
その断片を、著書から引用して当時がどうだったのかをみてみましょう。
・ニューヨーク(拝金主義の米国)
ボモンは、ニューヨークで最初の一週間を過ごした後、軽蔑しながらこう解説した。「アメリカ人は貧欲、欺瞞、不誠実といった高貴さとは程遠い多くの情念を伴う、富への渇望に苛まれた商人の国民である。彼らはこの国でただひとつの思想、ただひとつの目的をもっているように見える。それは財をなすことである。」だが、さらにふかく知るようになった後、アメリカ人は富を追求するけれども、少なくとも怠惰な寄生者の階級はいないと理解するようになった。
トクヴィルの思考も同じ道筋をたどるが、もっと深かった。ニューヨークに到着したとき、彼はこう明言した。「アメリカ人の国民性を深く調べれば調べるほど、彼らが地上のすべてのものの価値を唯一の問いに応じて決めていることが分かる。それはどれだけお金を生み出すか、である。」
・ボストン(ヨーロッパ貴族社会的な慣習があった)
少なくともわれわれが招かれた社交界は--もっとも上流のものだと思う--、ヨーロッパの上流階級とほとんど同じである。豪華さと優雅さがいきわたっている。ほぼすべての女性がフランス語を上手に話し、今までのところわれわれが会った男性すべて、これまでヨーロッパに行ったことがあった。彼らの作法には気品があり、会話は知的事象についてめぐる。ニューヨークの社交をあれほど俗っぽくしている商業の習慣と金融の精神から解放される感じがする。ボストンには、仕事をせず精神の快楽を追求する人々がすでに一定数存在するのだ。
・・
良くも悪くもアメリカは、歴史的な権威が喪失し産業革命により個人が分断され奴隷化していく近代化そのもの歴史であったということを、トクヴィルはすでに見通していたようです。
さて、民主主義や自由というものが社会の基本だと小学生のときから洗脳されたきた我々ですが、
19世紀にはあった新天地における民主主義の原型はもはや幻影にしかすぎない。
民主主義に有頂天になってボォーっとしている間に、国は金融し資本家に乗っ取られ、税金を納めるだけの奴隷になってもまだ、増税がステキーなんてマゾヒズムに酔いしれるだけの家畜になり下がってしまったーーその根本的な病気の原因をトクヴィルが教えてくれます。
・・
いわゆる米国式民主主義が、無能な黒人大統領を2回も選んでしまって、それが歴代大統領とたいして差が無いということが分かってしまって、米国の民主主義がいかに底が抜けたお笑い民主主義だったということが証明されてしまった。
西洋がすぐれていると、おもった明治維新がとてつもない、アホな維新だったということに、誰か気がつくときを天が待っている。
そういうことですかね。
引用
・「トクヴィルが見たアメリカ」 レオ・ダムロッシュ著 永井大輔、高山裕二訳 白水社