暇人に見て欲しいBLOG

別称(蔑称)、「暇人地獄」。たぶん駄文。フリマ始めました。遊戯王投資額はフルタイム給料の4年分(苦笑)。

【短編小説】「愛せない存在を消す方法」3

2005年08月29日 16時57分03秒 | 小説系
現在4 

 私は予定通りポストに入っていたそれを握り締めて眠った。
 それは紙で包装されており、案外小さかった。
 今夜は熱帯夜らしいが、冷房が効いているから涼しい。
 計画がうまく行きそうだ、という安心感からか、私はすんなり眠りにつくことができた。
 計画の成功を天に祈るまでもなかった。

 私は予定通り、八時に起きた。
 ケンジの部屋を確認すると、彼はいなかった。
 リビングに下りてみるとテーブルの上にメモ用紙があり、
『お母さんへ
 少し出かけてきます。
 12時ごろ帰ります。
 ケンジ』
 と書かれていた。
 よし、あと四時間近く余裕がある。
 リビングの冷房は切るまでもなく、ついていなかった。
 蒸し暑さに苦しみつつ、透明のコップに水を注ぎ、毒を入れる。
 毒は小さなプラスチック容器に入っており、白い、粉末状の薬で、ごく少量だった。
 水は少なめにしておいたが、簡単に溶けきった。
 氷を多く入れて、準備完了。
 カケルをリビングに呼び出すのに、どれくらい時間がかかるか分からない。
 思いのほか時間がかかって、水がぬるくなってしまってはアウトだ。
 だから、水を少なく、氷を多くした。
 これは私の独断だが、計画に不都合ではないだろう。
 急いでカケルの部屋の前まで行き、深呼吸してからドアをたたいた。
 これからが正念場だ。
 私は息を呑んだ。
 胸の鼓動は早くなっているようだった。


現在5

「はーい」
 カケルは驚くほど素っ気なく返事をした。
 兄弟だから当然かもしれないが、ケンジと声が似ていた。
 私はそのことに動揺し、
「お母さん? お母さんでしょう?」
 と声をかけられるまで、思考が停止していたようだった。
「何か用ですか?」
 カケルの言葉遣いは、意外にも丁寧だった。
 顔が見えないからか、まるでケンジと話しているような錯覚をおぼえた。
 私はそんな自分の感覚を否定した。
 そんな馬鹿な。
 ケンジとカケルが似ているわけがない。
 二人は相反する、対極の存在だ。
 きっと緊張で感覚が狂っているのだ。
 私は気をとり直して、
「話があるの。大事な話よ。お願いだからリビングに来てちょうだい」
 と言った。
 大丈夫、声は震えていない。
「……大事な話なら、ぼくの部屋でできますよ」
 意外な反応に、私は驚いた。
 ダメだ。リビングに来てもらわないと。
 私は焦った。やはりここが難関か。
「あなたの部屋を見てしまっては失礼でしょう。いろいろ、プライベートな物もあるだろうし……」
 突然、ドアがガチャリと開いた。
 私は驚きで、後ずさった。
 ドアは完全に開け放され、私の目にカケルと彼の部屋が映った。
 そこにはケンジより少し背の低い、長髪でボサボサ頭の少年が立っていた。
 そして、部屋は意外にも質素だった。
 ――いや、違う。部屋の半分ほどが暗幕で仕切られていて見えないのだ。
「いえいえ、この通り、平気ですよ」
 カケルはケンジの口癖を真似て、そう言った。


現在6

 部屋の見えている側半分は非常によく整理されていて、ベッドとちゃぶ台、そして座布団が一枚あるだけだった。
 奥半分は、やはり暗幕で完全に遮断されている。
 私が仕方なく部屋に入ると、カケルはきちっとドアを閉めた。
 鍵はかけなかったので安堵する。
 カケルは私に座布団にかけるよう、手でうながし、自身はベッドに腰掛けた。
 ちょうど、ちゃぶ台をはさんで向き合うかたちとなる。
「で、大事な話というのは何でしょう?」
 私はあらかじめ用意しておいた話を始めることにした。
 途中で、「やっぱりここじゃ居心地が悪いわ。リビングに行きましょう」と言えばいい。
 そんなことを思いついた自分自身に驚いた。
 私の頭もまだまだ捨てたもんじゃない。
 いくぶん自信を取り戻して、私は話を始めた。
「話というのはね、あなたのことよ」
「ぼくのこと……?」
「そう。まあ、あなたの将来のことね」
「はあ……」
 私は、さてどのタイミングで切り出そうかと考えながら、話を進めた。
「あなたは将来、何をしたいの?」
「いや……う~ん」
 カケルは頭をかかえて悩んでいるようだった。
 よし、会話の主導権は今、私が握っている。
「決まってないのね?」
「いや、そういうわけじゃ……ないんですけどね」
「じゃあ、教えてくれないの?」
「いえいえ、絶対に教えないとは言いません。ただ……」
「ただ?」
「今は……まだ言えないんです」
「そう」
 しばらくの間、沈黙が続いた。
 チャンスだ。
 私は意を決して、切り出した。
「ねえ、ちょっといいかしら」
「何でしょう?」
「失礼なことを言ってしまうんだけど、やっぱりリビングでお話ししましょう。ここじゃ、なんとなく居心地が悪いの。ね、お願い」
 カケルはしばらく押しだまってから、口を開いた。
「でも、リビングだと兄さんに気づかれてしまいますよ。
 いくら兄さんでも、こんな話、聞かれたくありません」
「それなら大丈夫よ。ケンジは出かけているわ。十二時ごろ戻るってメモに書いてあったから、まだ時間はあるわよ」
 そう、まだ時間はある。
 おまえを殺すための時間は……。
「そうですか。兄さんが外出……。昨日も出かけていたのに、二日連続なんて、変じゃないですか?」
 何を言っているんだ、おまえは?
 ケンジはおまえと違って、友達が多いんだ。
 それに、今日は少し出かけるだけだってメモにあったんだぞ。
「そうかしら? 今日は少し出かけるだけだって書いてあったから、変じゃないと思うわよ?」
「そうですか……そうですね。
 あ、ちょっとすみません。友人にメールするのを忘れていました。ちょっと失礼……」
 カケルは自分のケータイをつつき始めた。予想外に、ボタンを押すのが遅い。
 その様子を少しイラつきながら眺めていて、気づいた。
 いつのまにか、リビングへ行こうという私の申し出がはぐらかされている。
 しまった。
 でもなぜ……?
 カケルが意図的にはぐらかしたのだとすると、一体どんな理由で……?
 なぜ、リビングに行こうとしない?
 なぜ、おとなしく死んでくれない?
 ――はっ、まさか。
 気づかれた?
 私が殺そうとしていることが、バレた?
 いや、そんなはずはない。
 そんな素振りは、今まで見せたことがなかったはずだ。
 ただ単に、リビングが嫌なのか?
 それとも、自分の部屋でないと落ち着かないのだろうか。
 いや、それならそうとはっきり言えばいいはずだ。
 他に理由があるはず……。
 いや、こうも考えられる。
 私がこうしてカケルと話すのは数年ぶりだ。
 今になって突然話しかけてきた私を、訝(いぶか)っているのではないだろうか。
 くそっ、このガキが!
 立派に抵抗しやがって!
 早く……早く死んでしまえ!
「あの……お母さん? 大丈夫ですか?」
 カケルがおびえたような声をかけてきて、私は我に返った。
 いけない。
 つい、感情に呑まれてしまった。
 冷静にならなければ。
 まだ時間はあ――

 ぅぃいぇえああ――――――!!

 雷のように大きな叫び声が響いた。
 なんだろう、と思う前に私は悪い予感がして、リビングへ走った。
 階段を転げ落ちそうになりながらも、なんとかリビングにたどりつく。
 そして私は意識を失った。





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