昨日、『小生物語』の数回目の読了に成功した。
おもしろかった。
しかしこの本の筆者である「乙一」という小説家さんはすごい。
ぼくは常日頃から、彼こそが神様なのではないか、と思っていた。
それくらい凄い文章を書く人だった。本当に神様だとしても何ら疑う余地はない。思うに緑色の肌をしたナメクジ星人とかいう生物よりはずっと神様っぽい。
乙一先生は、空気感とでもいうべき雰囲気の演出が抜群に巧い。
あきらかにただのヘンテコなホラ話であるのに、なぜかその物語世界にのめりこんでしまう。頭ではせせら笑っていても心がその物語を求めてやまない。
それは小説の枠に限ったことではなく、日記やあとがきなどでも同様である(日記は幻冬舎から既刊の『小生物語』で堪能できる)。
特に角川(「かくかわ」とは読まないでほしい)スニーカー文庫から出ている『失踪HOLIDAY』のあとがきに顕著である。
あれはまさしく神の所業であった。もう十回近く読んでいるのに、いまだに感動で胃が痛くなる。嘘である。胃は痛まないが、心が癒される。バファリンより優しさで充ちている。
ちなみに今日の日記で自分のことを「ぼく」と呼んでいるのは、そのあとがきで先生がご自分のことを「ぼく」と表記しているからである。だから明日からは何と呼ぶかわからない。「拙者」とかどうですか。
おとといきのうは珍しく勉強していた。
ぼくの尊敬してやまないミュージシャンの「酒井ミキオ」先生の歌をBGMに、ノートを手に取って眺めていた。ときどき「モーニング娘。」とかも聞いた。
ぼくは勉強をするとき、手をあまり動かさない。ただぼうっとノートを眺めるだけである。そうしてぼうっと文字の羅列を眺めていると、頭がぼうっとしてきて、目もぼうっとしてくる。酒井ミキオ先生の歌声が耳に心地よく、余計にぼうっとしてしまう。そして次の瞬間にはベッドの上で目を覚ます。
いつのまにベッドに移動したのだろうかという疑問は湧かない。このようなことは日常茶飯事であるし、おそらく夢遊病者のごとく寝ている間に自分で移動したのである。
勉強中に寝ないようにする方法を、ぼくはひとつだけ知っている。
ゆったりとした耳に心地よいBGMではすぐに睡魔に負けてしまう。だからまず、魂のこもった激しい曲調のものをBGMに選ぶ。無論、酒井ミキオ大先生の曲である。次に、いや、それだけである。
そうするとノートを眺めることより曲を聴くことに集中してたしかに睡魔は襲ってこない。そしていつしかぼくはその歌を口ずさみ、いつしかリズムを刻みはじめる。気分が乗ってくるとイスから立ち上がり、机を離れてベッドに向かう。ベッドの上に立ち、その激しいリズムに乗りまくって歌いまくる。そしていつしか疲れて寝てしまう。
気がつくとベッドの上であり、手にはノートではなくマイクが握られていたりする。
このように、ベッドに移動する方法は二種類ある。
ただし後者はマイクがもれなくついてくるためお得である。
おもしろかった。
しかしこの本の筆者である「乙一」という小説家さんはすごい。
ぼくは常日頃から、彼こそが神様なのではないか、と思っていた。
それくらい凄い文章を書く人だった。本当に神様だとしても何ら疑う余地はない。思うに緑色の肌をしたナメクジ星人とかいう生物よりはずっと神様っぽい。
乙一先生は、空気感とでもいうべき雰囲気の演出が抜群に巧い。
あきらかにただのヘンテコなホラ話であるのに、なぜかその物語世界にのめりこんでしまう。頭ではせせら笑っていても心がその物語を求めてやまない。
それは小説の枠に限ったことではなく、日記やあとがきなどでも同様である(日記は幻冬舎から既刊の『小生物語』で堪能できる)。
特に角川(「かくかわ」とは読まないでほしい)スニーカー文庫から出ている『失踪HOLIDAY』のあとがきに顕著である。
あれはまさしく神の所業であった。もう十回近く読んでいるのに、いまだに感動で胃が痛くなる。嘘である。胃は痛まないが、心が癒される。バファリンより優しさで充ちている。
ちなみに今日の日記で自分のことを「ぼく」と呼んでいるのは、そのあとがきで先生がご自分のことを「ぼく」と表記しているからである。だから明日からは何と呼ぶかわからない。「拙者」とかどうですか。
おとといきのうは珍しく勉強していた。
ぼくの尊敬してやまないミュージシャンの「酒井ミキオ」先生の歌をBGMに、ノートを手に取って眺めていた。ときどき「モーニング娘。」とかも聞いた。
ぼくは勉強をするとき、手をあまり動かさない。ただぼうっとノートを眺めるだけである。そうしてぼうっと文字の羅列を眺めていると、頭がぼうっとしてきて、目もぼうっとしてくる。酒井ミキオ先生の歌声が耳に心地よく、余計にぼうっとしてしまう。そして次の瞬間にはベッドの上で目を覚ます。
いつのまにベッドに移動したのだろうかという疑問は湧かない。このようなことは日常茶飯事であるし、おそらく夢遊病者のごとく寝ている間に自分で移動したのである。
勉強中に寝ないようにする方法を、ぼくはひとつだけ知っている。
ゆったりとした耳に心地よいBGMではすぐに睡魔に負けてしまう。だからまず、魂のこもった激しい曲調のものをBGMに選ぶ。無論、酒井ミキオ大先生の曲である。次に、いや、それだけである。
そうするとノートを眺めることより曲を聴くことに集中してたしかに睡魔は襲ってこない。そしていつしかぼくはその歌を口ずさみ、いつしかリズムを刻みはじめる。気分が乗ってくるとイスから立ち上がり、机を離れてベッドに向かう。ベッドの上に立ち、その激しいリズムに乗りまくって歌いまくる。そしていつしか疲れて寝てしまう。
気がつくとベッドの上であり、手にはノートではなくマイクが握られていたりする。
このように、ベッドに移動する方法は二種類ある。
ただし後者はマイクがもれなくついてくるためお得である。
ちなみに、「酒井ミキオ」さんも聞いたことが無い。俺はエレカシの宮元さんを尊敬している。あの生き様こそが、男だ。
いやー、ほんと、つくづく趣味合わなーなー。
でも、まぁ、おもしろい文章を読むのは好きなので、毎日見てるけど。今日の勉強風景はいいね。「僕は勉強をするとき、手をあまり動かさない」で始まり、まったく勉強していない勉強風景が描かれる。ちょっとマイクとかはやりすぎな感じがするけど、実話なら仕方ない。つまり、君の「勉強」とは酒井ミキオさんを聴く、ということなのだろう。
あと、趣味合わねーなー、です。
失礼。
でも仕方ない気もします。20すぎたオジサンと20未満の青年とではジェネレーションギャップがあって然りでしょう。
ファンタジーというかライトノベルはよく読んでいました。
そもそも読書をするようになったきっかけがライトノベルでしたので。
しかし最近は読んでないですね。どうしてもミステリに手が伸びます。
『キノの旅』は先にアニメを見て、深く感動しました。すごく雰囲気が良かったし、意外性がありましたし、何よりキノの淡々とした様子がいい。
だからアニメがきっかけで小説も読みました。
そうするとこちらもやはり淡々としていて良い味わいを出しているんですね。しかし少し読むのが面倒になります。それさえなければかなり推しますが。
やはり小説で推すなら乙一先生ですよ。
何がいいって、全てなんですが、孤独や人の抱える闇をよくご存知なようで、すごく共感できます。
たまに「これは僕のために書かれた作品ではないか?」と思うことすらあります。
どうやら、波長が酷似しているようです。
「酒井ミキオ」さんは、今のところ音楽業界の神ですね。暫定1位。
ハズレがない。どの曲もアタリです。
そして時に、魂のこもった熱い曲を歌ってくださいます。
ミキオさんの場合、波長が合うというわけではないのですが、聴いていて心地いいですね。
「手を動かさない」というのは、単に書くのが面倒というのと紙がもったないないという二つの理由があります。
勉強していないわけではなく、勉強スタイルがほかの人と違うだけです。見て覚えるんです。
マイクは嘘です。そんな代物ありません。
エレカシって何ですか? と聞きそうになりました。
エレファントカシマシですね。
宮本さんというとどなたでしょう? ボーカルの方ですか。
残念ながら名前とごく一部の曲しか聴いたことないです。
そうだよなぁ、君から見たら十分「オジサン」だよなぁ・・。
くっ・・失礼な。
まぁ、仕方ないけど。その通りです、25のオジサンです。
宮本さんとは、ボーカルの人です。かなり狂ってます。髪を掻き毟りながら煙草を吸い、「ああ、僕には苦しみが足りないんですよ」とか言う人です。昔ヒットして、金があったはずなのに財産を騙し取られて、それでもあまり気にせずに貧乏暮らしをしている人です。「人間には二つの生き方があるんですよね。幸せに生きるか、苦しんで生きるか。でも、幸せに生きるとそれで終わりなんですよ、だから僕は苦しんでいたいんです」とか言う人です。男の人生とは、「死に様こそが生き様だ」「身体の全部使い果たして死にたい やっぱり飽き足らない 死ぬまで俺走るんだ」と叫んで歌う人です。かなり狂ってます。だから大好きです。
機会があれば聴いてみようと思います。
ところで「エレファントカシマシ」って面白い造語ですね。
うるさい象ですか。
あんな大きな動物に騒がしくされたら、たまったもんじゃありません。